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人形姫魔王物語  作者: ムロヤ
一章 魔王誕生?
14/37

侵略(上)

「エリスリーゼ~。これなんか可愛いよ!」


「私としてはこちらのブローチも良いと思いますよ」


 私とエリスリーゼは先ほど目についた宝石店に入り、展示されている装飾品を眺めながらいろいろな意見交換をしていた。


「……ローレは行かないのか?」


 べんけいはやや不機嫌にローレへと問いかけた。


「……妾はああいうの苦手」


「そうか」


 べんけいが不機嫌なのは私たちがこの店に入った時、またしても奴隷と勘違いされ、店主に「当店は奴隷の入店はお断りしております」と言われたせいだ。

 どうにもこのヴァンパイアの国では獣人を連れ歩いていると、門での出来事もそうだが獣人=奴隷という方程式が成立してしまっているようだ。 

 事前にローレから少しは聞いていたが、私たちのような奴隷という物が縁遠いところから来ると、その価値観が今一つ理解が及ばない。

 そのせいで機嫌の悪くなったべんけいは遠巻きにこちらを眺めてはいるが、ヴァンパイアの店員がいる方には近づかないようにして、べんけいとローレは店の壁際に設けられたテーブルに腰掛けたまま疲れたような溜息を吐いていた。


「そちらもお似合いですよ! それとお嬢様のような方にはこちらもとてもお似合いですよ。はい」

 

 店主の方もそんなべんけいや、一緒に入ってきた私たちには触れないようにしていた。

 だが店主は商人としての眼力なのか、私たちの身に着けている物が尋常ではない品質の物と見抜くと宝石や装飾品を眺めていた私とミリーゼに近づいてきて、にこやかな笑みを浮かべた。

 そして次々と新しい装飾品を取り出してくるため、私たちの買い物はなかなか終わりを見せないでいた。


「う~ん、これも捨てがたいな~」


「これなどリジュにも似合うのではないですか?」


 私の手に握られているのは、ホワイトストーンという純白の鉱石を楕円に削り、赤みを帯びた金の台座に備え付けられたブローチだった。


「あ! いいかも! リジュの褐色の肌に映えそう!」


「……いつ出発するの?」


「はぁ~、知らん。女の買い物はどこに行っても長いな。しかたない」

 

 私たちがそうしてあれこれと装飾品を手に取りながら姦しく騒いでいると、前触れもなく突然体が宙に浮いた。


「店主。これとそれとそれ三つだけ買う。いくらだ?」


「え、ええと、それでしたら2万3千カロです」

 

 べんけいは私たちが最後に手に取っていた装飾品を店主に見せ値段を聞く。

 突然のことに店主は少し困惑気味だったが、そこはプロと言ったところですぐに商品の値段を口にした。

 べんけいは提示された金額通り大金貨2枚と金貨3枚を渡し、商品を受け取ると私たちを持ち上げたまま店を後にした。

 その様子をお金を受け取った店主は呆然と見送っていた。


「お~ろ~し~て~よ~」


「あの……できれば降ろしてほしいのですが」


「却下だ。お前ら二人を自由にさせてると、城に着く前に夜が明ける。このまま城に直行する」


 べんけいはそう宣言すると、私たちのことをまるで猫の首を持つように服の襟を掴み宙にぶら下げたまま持ち運び始めた。

 ミリーゼは何とか降りようとじたばたと手足を暴れさせているが、残念なことに私たちのリーチでは届くことはなかった。例え届いたとしても完全な前衛職であるべんけいの力に勝てるわけもない。


「ローレ。城はここを直進でいいのか?」


「ん。少し歩けば着く」


「あの……この格好だとすごく注目を集めてしまうのですが」


 私はべんけいに持ち運ばれていることで、周囲から向けられる視線に落ち着かない気持ちになっていた。


「城に着いたら下ろしてやるよ」


 だがべんけいは私の意見も、ミリーゼの苦情も聞く耳を持たない。

 私とミリーゼは、べんけいが絶対に城に着くまで降ろしてくれないことを悟り、諦めてべんけいに首根っこを掴まれたまま持ち運ばれていった。



 べんけいに運ばれながら移動すること十数分、私たちは目的地へと到着した。


「そこの獣人、動くな! そんな幼い子供に何て扱いを!」


「は?」


 門の前まで来た私たち、というよりもべんけいに対して門番の兵士が持っていた槍を突出してすごい剣幕で怒鳴りつけてきた。

 突然の予想外の事態に、べんけいは困惑の表情を浮かべていた。

 そんなべんけいにローレが今の状況を、客観的に分析した結果を告げる。


「……子供を両手に抱えた男。誘拐犯」


「……俺が!?」


「貴様以外に誰がいる!」


 奴隷の次は誘拐犯に間違えられたべんけい。


「ぷぷぷっ! 奴隷の次は誘拐犯って」


「何と言いますか……べんけいはひょっとして運と言いますか、間が悪いと言いますか」


 さすがに誘拐犯にまで間違えられたべんけいのテンションは目に見えて下がり獣耳はペタンとなり尻尾もダラリと垂れ下がり、私たちを掴んでいた手からも力が抜けていった。


「降りられた~」


「べんけい……大丈夫ですか?」


「……誘拐犯奴隷?」


 ミリーゼはようやく解放されたことを体全体を使って喜び、私は落ち込んでいるべんけいに声を掛けた。だがそれを見ていたローレがものすごく不名誉な名称を口にした。


「君たち! 大丈夫かい!? 怖かったろ? もう大丈夫だ。この男は私たちが責任を持って捕獲するよ」


 門番をしている兵隊は善人なのだろう。

 私たちのことを気遣い、優しい声でそう言ってきた。

 そして私たちを解放したと思い込んでいる兵隊は、持っていた槍をべんけいに向けて「立て!」と命令していた。だがその声も今のべんけいには火に油、どころか火に火薬を放りこむようなものだった。


「……」


 べんけいは無言のままゆらりと幽鬼を思わせるような動きで立ち上がると、アイテムボックスから武器の鉄槌ハンマーを取り出した。


「き、貴様、今どこから取り出した!? それで抵抗するつもりか?」


 兵隊はべんけいの手に突然現れた鉄槌ハンマーに警戒しながら、油断なくべんけいに槍の穂先を向け警戒を怠らなかった。


「(ねね、エリスリーゼ。あの兵隊さん、アイテムボックスで驚いてたよ?)」


「(そうですね。よくよく考えてみると、ダークエルフたちもロンダル以外はアイテムボックスを使った所をみたことがありません)」


 私とミリーゼはこそこそと話しながら、兵隊の一言に注目した。

 兵隊の彼の言葉や、ダークエルフたちが使ったことがないことを考えると、今の世界の住人は能力が低いだけでなく、アイテムボックスなどのシステム的な能力も失っているのかもしれない。


「(でもダークエルフたちの前で私たちアイテムボックス使ったけどさ~。驚いてなかったよね?)」


「(そうですね。……ですが1000年の間、ロンダルが面倒を見ていたのですから、彼が使っているのを見たことがあるのではないでしょうか?)」


 ゲーム時代に私たちが作ったNPCであるロンダルには、当時は確かにアイテムボックスがあった。そしてその彼がダークエルフたちの前でそれを使い、説明をしていたのなら私たちがダークエルフの前でアイテムボックスからアイテムを取り出したとしても驚かないのも納得ができる。


「……二人とも何してるの?」


「あはは~内緒~」


「秘密です。それよりもべんけいが動くようですよ」


 不思議そうに聞いてきたローレにはそう告げ、私たちは動き出したべんけいに視線を向けた。


「……」


「う、動くな!」


「止まれ!」


 いつの間にか詰所から応援が来ており、べんけいを取り囲むようにして兵隊が列を作っていた。だがそんな兵隊たちには目もくれず、べんけいは鉄槌ハンマーを持ったまま城門の方へと歩みを進めていく。


「ところで、ミリーゼ。べんけいの持っている鉄槌ハンマーはどういった武器ですか? ゲーム中でも見かけた記憶がないのですが……」


鉄槌あれ? まあ普通はあんまり使わないかな。 スキルは私もよくわからないけど、普通に使う分には使い勝手悪いからな~」


 ミリーゼはゲーム時代の鉄槌ハンマーの特徴を教えてくれた。

 鉄槌ハンマーは付属効果で破壊が起こるらしく、普通に武器として使うと狩りの獲物から取れる素材や人の装備している武器も壊れてしまい、倒した相手からほとんど何も得ることができなくなってしまうらしい。

 その上、攻撃力は高いが移動速度や回避にもそれなりのマイナス補正が付く。

 それらの理由から使い手がほとんどいないが、ある機会にだけはかなり活躍するらしい。


「それで~、その活躍の機会が今かな~」


「今ですか?」


「……あ」


 ミリーゼがべんけいの方へ意味ありげに視線を向けたため、私とローレもつられてそちらに視線を向けた。

 視線を向けた先のべんけいは群がる兵隊たちを無視したまま、城門へ向けてスキルを使用した。そしてべんけいは視線を城門に向けまま、体を捻じり鉄槌ハンマーの先を後へと回し鉄槌ハンマーを持つ手にグッと力を入れ、凄まじい勢いで振り抜いた。


「【突貫撃ブレイクスマッシュ】!」


 ドゴオオォォォオオオ!!


 べんけいがスキルを叫んびながら振った鉄槌ハンマーの先は光に包まれ城門へ衝突した。

 その瞬間、至近距離で爆弾が爆発したのかと思えるほどの轟音と共に周囲に爆風が吹き荒れた。不幸なことにべんけいを止めようとして、彼を取り囲んでいた兵隊たちは一人残らず余波で吹き飛ばされていった。


「よし!」


「なるほど、城攻め(こういう機会)ですか」


「そ~。鉄槌ハンマーの付属効果の破壊は、建造物に大ダメージなんだ~」


「……門が」


 私は今の結果からミリーゼが言う機会が城攻めでの城門や城壁の破壊のことだということを理解し納得の表情で頷いていた。

 それに対してローレの方は、たったの一撃で城門と兵隊たちが吹き飛んだ光景に呆然としていた。


「エリスリーゼ、ミリーゼ。早く行こう。今ので気づかれたみたいだ。城の中が騒がしい」

 

「まあ~あれだけ派手にやればね~」


「ですが、魔王復活を告げるのでしたらこれくらい派手な方がいいと思います」


 折角ここまで来たのにこっそりと城に忍び込んで、城を占拠ではおもしろくない。

 それならばこれくらい派手に侵入し、城を占領するくらいの方がデモンストレーションとしてはちょうどいいと言える。


「べんけいは前衛を、ミリーゼは中衛でローレの護衛、私は一番後ろで後衛を務めます。それでは……行きましょう」


 私たちはフォーメーションを組むと、堂々と城へと入っていった。



 城内の最上階にある会議室では、貴族たちが会議を行っていた。


「ローレは……まだ見つからないのか?」


 会議の席で本来ならば王が座るべき席には、この会議室にいるヴァンパイアの中ではかなり若い部類に入る男性が座っていた。

 男性の名はクライス・ラ・ナハティア。

 現国王の嫡子にして王位継承権第一位。

 クライスは一見すると女性と見紛う中性的な美貌に、その瞳は確たる意思を宿し鋭くなっているため相手に冷たい印象を与え、相対した者の目を釘付けにする妖しげな魅力を放っている。

 

「ああ、ローレ。どうか無事でいてください」


 そしてその隣にはローレによく似た女性が、祈るように手を合わせながら座っている。その姿から、彼女が本当にローレの身を案じていることがわかる。

 女性の名はルナリア・リ・ナハティア。

 第一王女にして王位継承権第二位。

 ルナリアはクライスのような冷たい印象はなく、対照的にその優しげな眼差しからは陽だまりのような柔らかく包みこむような印象を他者に与える。

 その容姿はローレに似ているが、ローレよりも女性的な身体つきに加え、その美貌と豊かな表情から国内外で《夜の宝石》と呼ばれている。


「申し訳ありません。殿下。現在総力を挙げて捜索しているのですが、一向に手掛かりすら掴めておりません。この身の怠慢への処罰は、姫が見つかった後にいかようにでも……」


 騎士の鎧を身に纏ったヴァンパイアが申し訳なさそうに頭を下げた。

 彼は《ナハティア》の騎士団を束ねる、騎士団長ガルド・リージュ。

 長くこの国に忠誠を誓い、それに恥じることの無い様に努めてきた。

 だがそんな彼は今、第二王女であるローレを見つけられないことに多大な責任を感じ、ローレが見つかった後ならこの命をもって今回の失態を償おうと考えていた。


「よい。ローレが居なくなったとき、お前には別件を頼んでいたのは私だ。お前に責任はない。もしもローレに何かあっても、それはローレ自身の責任だ。ローレも王族であるなら、それくらいの覚悟はできているだろう。お前は今の状態で、引き続き捜索を行ってくれ」


「しかし……いえ、殿下の仰せのままに」


 ガルドは何かを言おうとしたが、それを飲み込みクライスの言葉に頷いた。

 彼もクライスがローレを心配していない訳がないことくらいわかっている。だが今のこの場所ではどこに穏健派の者たちの目や耳があるか分からない。

 そのためクライスがこういう言い方をして、ローレが彼の弱みにはならないと示す必要があったのだ。


「それでは……これより会議を行う。まずは例の穏健派の動きについてだ」


「それでしたら、やはりヘルマンが黒だと思います。穏健派が力を付け始めたのは、あ奴の所にあの男が出入りし始めてからですから」

 

 クライスの言葉に一人の男性がそう言った。

 男性はクライスの強硬派に身を置く貴族の一人で、男爵でありながらもその能力の高さから一目置かれていた。


「その男は一体何者なんじゃ? 名前すら判明せんとは……騎士団の方も何もわかっとらんのか?」


「残念ですが……放った密偵は全て帰ってきませんでした」


 老人やガルドだけでなく、この会議室にいる者たち全員がその存在がいるという情報までは掴んでいる。だがそこから先、その存在を見た者や、名を聞いた者が一人もいなく、本当に実在しているのかも分からないという相手に、全員が頭を悩ませている。


「……そろそろ本当に獣人たちとの同盟も視野に入れなければならないな」


 クライスは苦い顔でそう言った。

 獣人の国と彼らの国は遥か昔から仲が悪く、こちらから同盟を持ちかけた場合、どんな要求をされるのか考えただけでも頭が痛いと言いたけだった。


「クライス兄様……」


「言うな、ルナリア。だがこのまま穏健派の力が強まれば、我らはいずれ光に呑まれてしまう。和平を結び平等な権利を得るには、我らは光の陣営に対して無力すぎる。だからこそ、それだけは避けなければならない」


 クライスが覚悟を込めてそう言うと、全員が悔しそうにしながらも誰からも反論は上がることはなかった。


 ドゴオオォォォオオオ!!


 そのとき突然爆音が城中に響き渡った。


「何事だ!」

 

 ガルドがすぐに会議室から飛び出した

 そこへ慌ただしく走ってくる一人の兵士がガルドの姿を確認すると、急いで駆け寄ってきた。


「た、大変です! 城門が破られました! 現在賊は城内に侵入し、どんどん進んできます!」


「城門が破られただと!? 門番は何をしていた! 賊は何人だ? それと急いで兵隊と騎士を集めて迎撃に当たれ! 儂もすぐに向かう!」 


「門番は侵入者の一撃で、城門ごと吹き飛ばされ重傷です! 賊の数は4人ですが、戦っているのは一人の獣人です。迎撃に関してはすでに行っていますが、賊はあり得ない強さで騎士も兵士も一撃で吹き飛ばされ、足止めにもなりません!」


 兵士の答えに全員が愕然とした。

 兵士も騎士も一撃で吹き飛ばすなど、どんな化け物だと言いたかった。

 騎士たちの中にはかつて英雄の子孫を名乗る者たちと戦ったことがある者すらいる。それなのに現在城に侵入してきた賊は、それらでも足止めすらできないという。


「……私も行こう」


「!? で、殿下! なりません! 賊の狙いは殿下の命かもしれないのですぞ!」


わたくしも行きます。クライス兄様」


「姫様まで!?」


 ガルドは悲鳴を上げた。

 まさかもっとも逃がさなくてはいけない二人が、まさか賊の前に行くと言い出すとは思わなかったのだ。


「かもしれない。だが、今ここで敗れる訳にはいかない。そうなってしまえば、この国の民たちはどうなる?」


「それは……」


「それに、もう逃げている時間もなさそうだ」


 耳を澄ませてみると、兵たちの悲鳴や物が壊れる音が凄まじい速度でこちらに迫ってくるのがわかる。それを耳にした全員が、今から逃げることは不可能だと悟り、自らの武器に手を当て来たるべき侵入者を待ち構えた。



「おらぁあ!」


 べんけいは城門を破壊した後、鉄槌ハンマーをアイテムボックスに仕舞うと、今度は剣を取り出し迫ってくる兵や騎士たちを切り倒して言っている。


「……」


「辛いですか?」


 初めの内はフォーメーションを気にしていた私だが、前衛のべんけいが強すぎるあまりフォーメーションの無意味さを悟った私はローレの隣に移動していた。

 そして自国の兵士たちがバタバタと倒されていく様子を見るローレは、とても辛そうな表情をしていたため聞いてみた。


「……ん。変装を解いて説得したい」


「それはダメです。ローレの目的が穏健派の排除なのに対して、私たちの目的はあくまでこの国の支配です。あなたの願いはあくまでついでなのですから」


 私は突き放すようにそう言った。

 たしかに今ローレが変装を解き、兵たちを説得すればあっさりと話し合いの席を作ることができるかもしれないが、それでは支配ではなく同盟に近い形になってしまう。

 別にそのあとでもう一度攻めればいいのかも知れないが、そうなってしまうと今度はこちらの存在がばれてしまう。そして警戒されてしまうと、次に攻め込んだ時にこの国はしっかりと戦の準備をしているだろう。

 そうなると被害ばかりが大きくなり、当初の目的でもあるこの国の兵たちを吸収するという目的が達成できなくなってしまう。なのでローレの願いは却下で、私たちは力ずくで城の中をどんどん進んで行っている。


「邪魔! 【烈風突き】!」


 ゴウッ


 べんけいが何もない空中に向かって剣を突き出すと、剣を起点に風が渦巻き前方にあるものを吹き飛ばしながら渦が進んで行った。


「お姉さんも~! それ!」


 ヒョイ


 べんけいが派手に暴れていると、それにつられたように今まで大人しかったミリーゼが私たちよりも少し前に出た。

 そしてアイテムボックスからクラッカーボムという爆発系のアイテムを取り出すと、前方にある十字路に向かって放り投げた。


 ボガァアアアン!!


 クラッカーボムは爆発系のアイテムの中でも初歩的なもので、相手を爆風で吹き飛ばす物だ。そのため炎によるダメージなどはないが、こういった屋内などの狭い場所では無暗に周囲を破壊することがない。


「うがっ!」


「あ、ごめんね~」


 ミリーゼが投げたクラッカーボムが爆発すると、べんけいが戦っていたため十字路の手前にいた騎士たちが後ろからの爆風で吹き飛ばされ、べんけいに衝突した。


「おまえな~! なんで爆弾投げんだよ!? もっといろいろあるだろ?」


「あるけど~お姉さんは爆弾系アイテムがラブなんだ~」


 べんけいの苦情もなんのそのと言った感じで、ミリーゼは両手に爆弾系のアイテムを取り出した。

 これこそがミリーゼが戦争時に味方ごと敵を葬り、戦闘系のスキルを持っていないにも関わらずレベル250まで行った理由だった。

 

「はぁ~……もういい。せめて何を投げるか宣言しろ。いいな!」


「は~い、それクラッカーボム!」


「うおっ! 俺に当てる気か!?」


 返事をしながら流れるような動作で放たれたクラッカーボムを、顔を横にずれして躱したべんけいがまた怒鳴り声を上げた。


「私も少しはお手伝いしますね。【憂鬱な檻ディプレッション・ゲージ】」


 私がそう唱えると、周囲の壁や床に黒い線が大量に現れた。


「うぅぅ……助けてくれぇえ! 死にたくない」


「いやだぁあ!! 痛いよぉ」


「もう終わりだ。俺たち死ぬんだ」


 黒い線が描かれたエリアに入ってきた兵士たちは、急に動かなくなり口々に「もうだめだ」などと言い始めた。


「なにこれ?」


「【憂鬱な檻ディプレッション・ゲージ】です。本来ならMPやSPを減少させるフィールドエフェクトを作るのですが……ゲームの時と若干効果に違いがありますね」


 私が使った【憂鬱な檻ディプレッション・ゲージ】の効果範囲に入ってきた者たちは、ゲームの時のように、ただMPやSPが減るだけではなく酷い鬱病患者のように動くこともできなくなっていた。


「まあ、いいでしょう。戦えなくなったなら好都合です。兵士を悪戯に倒しては、国を手に入れたときに困ってしまいます」


「あ、そっか~。お姉さん忘れてた」


「忘れるなよ」


「え~! べんけいだっていっぱい倒してたじゃない!」


「俺の装備をよく見ろ。手加減の腕輪をちゃんと嵌めてる」


 そういってべんけいは腕に嵌めている腕輪を見せた。

 

「たしか……武器での攻撃に限って、敵のHPを1残す効果でしたよね?」


「そうだ。まあ、何人かはぶつかったりとかの二次被害で死んでるだろうけど、普通に戦うよりは生きてる奴多いはずだ」


 城門を破壊した時はかなり怒っているように見えたが、べんけいは私が思っているよりも冷静に行動できる人のようだ。

 仲間の新たな一面を知ることができた私は、何とも嬉しい気持ちになっていた。


「あれ~? それじゃあひょっとして撃墜数って私がトップ?」


「ああ」「そうですね」


 なんとなくローレがミリーゼを見る目が険しくなった気がした。


「ま、悪ふざけはこれくらいかな? そこに隠れてる人も出てこい」


 べんけいが突然誰もいないはずの廊下にそう言った。


「よくぞ気が付いたな。それにしても……子供ばかりではないか」


 すると何もないと思っていた場所から、大柄な男性が現れた。

 見るからに今までの騎士たちとはレベルが違うことがわかる。それほどまでに体から発している気配が違った。

 男は私たちを見ると、何とも言えない表情になった。おそらくは見た目が子供の私やミリーゼ、そしてローレの姿を見て、私たちにここまで攻め込まれたことが気にくわないのだろう。

 

「どちら様ですか?」


 私がそう尋ねると、男は目を見開いた。


「それを貴様らが尋ねるか! 我が国の象徴たるこの場所へ踏み込み、これだけの同胞を倒しておきながら!」


「(……ガルド騎士団長)」


 そんなとき私の耳元でローレがそう言った。


「あら、騎士団長さんでしたか。それは失礼をしました」


「……いかにも。我が名はガルド・リージュ。この国の騎士団長だ。貴様らはいったい何の目的でここまで来た。それにその尋常ではない強さ。一体何者だ!」


「そうですね。そちらも名乗ってくださいましたし、こちらも名乗るのが礼儀でしょうか? それでは……初めまして皆様。私の名はエリスリーゼ。1000年の昔、《人形の庭(ドールガーデン)》に住んでいた魔王の一人です」


 私は高らかにそう名乗った。


「………………」


 それを聞いた者たちは全員が呆然自失となっていた。

 騎士団長のガルドも例外ではなく、驚きの表情のまま動けなくなっている。


「まさか……魔王を名乗る者が現れるとはな」


 だが一人だけ私の名乗りを聞いても動ける者がいたようだ。

 その男は先ほどガルドが突然現れた場所の壁をすり抜けて現れた。


「わ~! ちょ~イケメンだ!」


 ミリーゼだけは平常運転のままのようだ。


「あなたは?」


「初めまして、魔王を名乗る少女よ。私はこの国の後継者、クライス・ラ・ナハティアだ」


 どうやら彼がこの国のトップのようだ。


「これはご丁寧に」


「それで? 魔王を名乗る少女よ。お前は何が目的だ?」


 クライスは真剣な表情で私に問いかけてきた。

 別段隠す必要もない私は素直をに答えることにした。


「そうですね……まずは、この国を支配下に置くことです」


「ほう? たったの四人でか?」


「ええ。ですが一つ訂正します。私の仲間はこちらのミリーゼとべんけいの二人です」


 そう言って私はミリーゼとべんけいに視線を向けた。


「ではそちらのダークエルフはなんだ?」


「この子が二つ目の目的です。もういいですよ。外しても」


 ローレは私が許可を出すと、変装用のアイテムを取り外し元のヴァンパイアの姿へと戻っていった。


「ローレ!? なぜおまえが!?」


 さすがに予想外だったせいだろう。

 クライスだけでなくこの場にいるすべてのヴァンパイアが二度目の驚愕の表情を浮かべていた。


「……妾がお願いした」


「何をだ?」


「聞いたの……ヘルマンがカレルっていう男と話してるの。カレルは光の者で、父様や、ガラードの叔父様に毒を盛って殺したって。それで……穏健派が勝ったらヘルマンが次の王様になるって言ってた」


 ぽつぽつとローレが語り出したことに、その場にいる全員が静かに耳を傾けた。


「妾はそれを聞いたから殺され掛けて、この方たちに助けられた。それで穏健派を倒すのを手伝ってくださいってお願いした」


「そうか。だが……それならば、なぜ攻めてくる必要があるのです?」


「ああ、それは簡単ですよ。要は私たちの我がままで、私の魔王復活を大きく宣伝したかっただけです」


 私がこともなげに言うと、周囲からギリッと歯を食いしばる音が聞こえた。


「それだけの理由ですか?」


 こんな話を聞かされたせいか、クライスの反応は氷のように冷たい声だった。


「それだけというわけではありません。ローレに話を聞いて、今の《夜の大陸》は敵に対しての抑止力が足りないと思いまして、折角この地に光の陣営の者がいるのですから私の復活の情報も持って帰ってもらおうと考えたんですよ」


 

「……なるほど。理解しました。確かにその方法は理に適っています。国を預かる者としては、あなたの考えに賛同しましょう。ですが……個人の感情ではそれを許せない者が多いのですよ」


「そうですか。ですが私は許し欲しいなどと思っていませんし、謝る気もありません。どうしても謝罪が欲しいのでしたら、力ずくでどうぞ?」


 私は挑発的な微笑みをヴァンパイアたちに向けた。


 


 

 

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