到着
街灯など存在しないこの世界では、夜の帳が下りると周囲を照らす光は月光のみとなる。
そんな中を移動していく、私が目指していた場所が見えてきた。
「あれが《ナハティア》の王都ですか」
私たちは《ナハティア》へと行くことを決めた翌日には《人形の庭》を後にし、王城のある王都へと向かっていた。
ローレの話によれば私の《人形の庭》から《ナーハリア》までは、馬車での移動で3日ほどかかる距離らしいが、私たちは出発したその日の夜には《ナーハリア》に到着した。
「予想以上に大きな都ですね。私の《人形の庭》よりも大きいですね」
私は見つめる先にある王都を眺めて、そんな感想を漏らした。
まあ元々《人形の庭》は私の趣味で作られた場所なので、その半数がプレイヤーだったためそこまで大きくないというのが理由なのだが。
「……本当に攻め込む?」
そんな私の様子を隣で不安そうに見てくる存在がいた。
あの場所から逃げてきたヴァンパイアの姫であるローレだ。
「ええ。それよりも付いてきて大丈夫なのですか? 下手をするとあなたは売国の汚名を被りますよ?」
「いい。覚悟……できてる」
旅の道中でそれなりに話して打ち解けてからは、ローレは無理な敬語を使うのを止め素の口調である淡白で抑揚のない口調での会話をするようになった。
「大丈夫だよ~。お姉さんの作った変装アイテムで、ダークエルフの姿になってるから誰も気が付かないよ~」
ミリーゼはそう言ってローレの被っているフードを捲り取った。
そこには元の金色の髪や真紅の瞳、青白い肌はなく、髪と瞳は青色で肌の色も褐色へと変化していた。
顔立ちは元のままだがこの姿を見て、ヴァンパイアの姫であるローレだと気付ける者はまずいないだろう。
「それでは作戦を説明します。私たちはこれから正門から堂々と入り、買い物をしながら城の方へと向かい城へと攻め込みます」
「……ん」
「は~い! 買い物楽しみだね~。べんけい、急げ~! 急げ~!」
買い物と聞いてミリーゼは本当に楽しそうにしていた。
買い物をするのは生活に必要な物を揃えることと、今の世界で作られている武器や道具などからどの程度の生産能力を調べるためなのだが、ミリーゼと同様に私もかなり楽しみにしていた。
「えぇい、やかましいから黙って乗ってろ!」
べんけいが珍しく怒鳴り声を上げた。
私たちが本来馬車で3日掛かる距離を1日かからずに到着した理由が、今のべんけいが不機嫌な理由だった。
《人形の庭》にも一応は馬車はある。それこそ性能で見たのならかなりの物だと思う。だが今の《人形の庭》には肝心の馬車を引く馬がいないのだ。
今から適当にモンスターを捕まえようかという案も出たが、生憎私たちには飼育のスキルを持っている者がいないためその案は却下された。
そこで出た代案が俊敏と力、タフネスが高い、べんけいが馬車を引くという案だ。
ゲーム時代はそんな無茶なことはできなかったが、今のこの世界ならできるのではないかと言う意見もあったため、物は試しにと試したところ予想通りできることが判明した。
「帰りは絶対引かないぞ」
そしてそのことが分かった私とミリーゼは、嫌そうな顔をするべんけいを説得しこの《ナーハリア》まで馬車を全速で引いてもらった。
その結果、レベル290のべんけいに引かれた私たちの乗る馬車は、馬以上に早く《ナーハリア》へと辿り着いたのだ。
「帰りはこの国の馬を奪いますから大丈夫ですよ」
「馬より早い……非常識」
「え~。帰りもべんけいの方が早いよ~」
「俺は馬じゃない」
そんなことを話しながら私たちは何食わぬ顔で正門へと向かっていった。
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《ナーハリア》中央に位置する王城のとある一室で、一人のヴァンパイアの男はそのずんぐりとした体で部屋の中を苛立たしげにうろうろと歩き回っていた。
ヴァンパイアの男は贅を尽くしたような宝石を散りばめた煌びやかな装飾に、部屋には高級なワインのボトルが無数に開けられていることから、かなりの地位を持っていることがわかる。
「ええい! 密偵からの報告はまだないのか!?」
「申し訳ありません。閣下。手練れの半魔を多数放ったのですが、帰還した者は未だに一人も……」
閣下と呼ばれた男はこの《ナハティア》の貴族にして、三公爵の内の一人であるガラード家の当主であるヘルマン・ガラード。
ガラード家は《ナハティア》の初代国王の妹が嫁いだ家として、代々王家との繋がりが強く、また現国王からの信頼も厚い家だった。
だがガラード家の先代当主が病に伏せると、長男であるヘルマンが先代の意向を無視し、自らがガラード家の当主の座に着いてから状況が一変した。
ヘルマンはお世辞にも出来がいいとは言えず、さらには年若いころからその横柄な態度で周囲の者たちには煙たがられていた。
「くそっ! なぜローレ姫は僕の誘いを断る! 僕はもうすぐこの国の王様になるんだぞ! なのになぜ!」
「閣下、落ち着いてください。外に聞こえてしまいます。それにもうすぐ半魔どもが、ローレ姫の屍を持ってまいります。そうすれば閣下の望む通りに従順な人形に仕立てることができますよ」
ヘルマンに一見恭しい態度で接する男は、そう言ってヘルマンを宥めていく。
「あ、ああ。そうだな。僕としたことが取り乱した。カレルの言う通りだ。お前の言うことに従ったから、僕は今の地位を手に入れられたんだ。でも……本当に大丈夫なんだよな? あのことが他に知られたら」
「大丈夫です、閣下。何も心配いりません。すべては計画通りです。閣下が我らの陣営と和平を結べば、皆が閣下が正しいとわかるでしょう」
カレルと呼ばれた男は、甘い言葉を毒のようにヘルマンの耳へと流し込む。
「はは、そうだよな。父上も弟なんかじゃなくて、最初から僕を選べばよかったんだ。そうすれば弟も死ぬことはなかったんだ」
ヘルマンは暗い笑みを浮かべながらそう言った。
本来ならばガラード家はヘルマンが当主を継ぐことはなく、先代の意向で弟であるキルト・ガラードが継ぐ筈だった。
そしてキルトはヘルマンと違い、勤勉で明るく、周囲の人に好かれる者だった。だがガラード家を継ぐのは長男である自分だと信じ切っていたヘルマンが、先代のその考えを知った時、彼は暴挙に出た。
彼は自分の弟を自ら殺し、父親を毒で病に見せかけ屋敷で監禁し外部への接触を断ち、自らガラード家の当主を名乗り出たのだ。
ヘルマン自身にはこれらのことを計画し、実行するだけの能力もなかったがいつの頃からかヘルマンに影のように付き従うカレルが力を貸すことで今の状態が成り立ってしまった。
そのためヘルマンはカレルへ依存し、今では完全にカレルの傀儡と化している。少しでも現状を正しく認識できるんのがいれば、その状態がどれだけ異常なのか一目でわかるが、カレルはそのわかる者がいる前では決してその姿を現すことはなかった。
「その通りです。閣下こそ、この大陸を統べるに相応しいお方です」
そしてこうして今日もカレルはヘルマンが欲しがる言葉を与え、さらに自分の意のままにしていく。
「(ええ、本当に。あなたのような愚者こそが相応しい)」
「ん? 何か言ったか?」
「いいえ。それではこれから始まる会議についての予習をしておきましょう」
「ああ! そうだな! この会議がうまくいけば、もう少しで僕が王様になるんだ」
互いの笑みが全く異質なものだと気が付いている者と、気が付かない者の二人は笑みを浮かべながら話し合った。
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「……奴隷って」
「あはははは!! 奴隷だって! お姉さんお腹痛い~!」
私たちは門番のチェックを何の問題もなく通過し、今は街の中を観光と買い物をしながら城の方へと向かっていた。
そんな中、べんけいは酷く落ち込み、その様子を見ていたミリーゼがお腹を押さえながら大笑いしている。その理由は私たちが街へと入る時のことだった。
私たちの乗る馬車を引っ張っていたべんけいを見た門番が、「奴隷一匹、従者二人(ローレ、ミリーゼ)、おそらく貴族の姫君(私)が一人です」と詰所の中にいる仲間に報告しているのを聞いたためだ。
「……どんまい。この国は獣人嫌いが多い」
「だ、そうですよ? 気を直してください。しっかりと訂正もしたのですから」
何とかべんけいの機嫌を直そうとしているのだが、奴隷扱いがよほど答えたのか頭上の耳と尻尾も元気なく垂れてしまっている。
「分かってはいるんだがな……奴隷扱いは意外と堪えた」
「相変わらず変なところを気にするのね~」
ミリーゼはそんなべんけいの気にした風もなく、散々笑っていた。
彼女曰く、べんけいは変なところに拘ることがあって、そのせいでテンションが下がる時があるそうだ。ただ放って置くか、暴れればすぐに立ち直るので、そのままでもいいとも言っていた。
「……城に攻める時は俺が一番に突撃する」
「わかりました。先陣はお任せします。存分に暴れてください」
べんけいの希望に私は二つ返事で了承すると、彼の機嫌も多少は治ったようだ。
「あれ~?」
そんな中でもミリーゼはマイペースに、小人族特有の小さな体でいろいろな店の前を行ったり来たりを繰り返しては商品を眺めていた。
けれども何かに気が付いたのか首を傾げている。
「どうしました?」
「エリスリーゼ! 大変大変~! お金の単位が違うよ」
「え?」
ミリーゼはそう言って店先に並べられている値札のような物を指差した。
そこにはゲーム時代の《コル》という単位ではなく、《カロ》と書かれていた。
「《カロ》? 聞いたことがないですね。 ローレ、今の時代はお金は《コル》ではないのですか?」
「《コル》金貨は希少」
ローレはそう言った。
「《コル》金貨? べんけい、ミリーゼ……とりあえずお金を取り出せるのか試しましょう」
ゲーム時代ではお金の表示はただの数字で表示されているだけであった。だが周囲を見回すと、この世界で実物の硬貨が使用されている。
メニューを開くとゲーム時代の所持金が表示されてはいるが、ゲームではここからお金を取り出すなどという機能はなかった。
そのためどうすればいいのか分からない私たちは、メニュー画面を見つめたまま各々が思い思いの方法を試してみた。
チリン
「お! なんか出た」
「どうやったの~?」
「本当に金貨ですね」
べんけいが何をしたのかは知らないが、突然コインを弾くような音と共に、べんけいの手の平に一枚の黄金の硬貨が出現した。
「びっくり。本物のコル金貨」
そして突然現れた金貨に、ローレも薄いながらも驚きの表情を浮かべていた。
「それでどうやったのですか?」
「ああ。所持金の項目に触ったまま1コル出ろって、考えてたら出てきた」
チリンチリン
「ほんとだ!」
「本当ですね」
それを聞いた私とミリーゼは早速言われたことを実行に移した。すると私たち二人の手の平にも、べんけいの時と同様に、どこからともなく黄金の硬貨が出現した。
「でもこれって今の通貨に換算すると、どれくらいの価値なんだ?」
「……1カロで銅貨1枚。10カロで大銅貨1枚。100カロで銀貨1枚。500カロで大銀貨1枚。1000カロで金貨1枚。1万カロで大金貨1枚。10万カロで白金貨1枚。50万カロで黒金貨1枚。最後に100万カロでコル金貨1枚」
「驚きました」
「お姉さん大金持ち!?」
ローレが現在存在する硬貨とその価値について語ってくれ、それにより私たちは今自分たちの手元にあるコル金貨がどれほどの価値があるのかを知り、驚愕した。
「でもなんでそんなに価値があるんだ?」
「コル金貨は貴重。1000年前の遺物で、その硬貨でしか道具を買えない不思議な箱ある。そこで買える武器とか道具はすごく高い能力があるから。あとコル金貨を溶かして作る装備も性能がいい。強い冒険者とか騎士とかは憧れてる」
その説明を聞いた私たちはゲーム時代にダンジョンなどにあった無人店の四角い箱を思い出した。
本来はただ単純に、町や村から離れた場所で狩りをする際に、いちいち戻らなくてもいいようにと運営が設置したもので、町や村にある店と売っている物に差はない。
極たまにランダムでレアアイテムが入っていることがあるが、自分で武器や防具、道具などを生産できるようになると、それもあまり意味がなくなっていた。
だが生産能力自体がプレイヤーよりも低い、今の時代のヒトにとってはとても貴重な物なのだろう。そのたまその無人店を使用できるコル金貨は非常に価値が高いということだろう。
「店の経営はNPCですから、この1000年で全員死んだのでしょうか?」
「かもな。それ以前に普通の店は運営の管轄だから、運営のいないこの世界だと補充が効かないんじゃないのか?」
「あれ? それじゃあ無人店は?」
「あれはなんか設定があったはずだ。なんか古代の遺産で、自動でアイテムを生成するとかなんとか……」
「そういえばそんな設定もありましたね」
「それよりも俺としてはお金が素材になるのが驚きだ」
「そっちはお姉さん知ってる~。たしかお金の元になる金属も、普通に素材で採取できたよ。まあ、ゲーム時代はさすがにそれからお金自体を作るのは無理だったけどね~」
私たちはローレに聞こえないようにこそこそと思い当たることを話し合った。
「?」
そんな私たちに、ローレは首を傾げてこちらを見ていた。
「ですが、それだけ大きな額ですとコル金貨は使うのは難しそうですね」
私の意見に二人も同意を示す。
「ちなみに~二人はいくら持ってる?」
「私は領地の運営でそれなりに貯まっていますが、大部分は城にあります。今の手持ちは1000万コルくらいです」
「俺はここ最近使う機会がないまま、レベル上げしてたから結構あるな。9500万コルだな」
「ふっふっふ。お姉さんなんか作った武器とかアイテム売りまくってたから、所持金カンストしてるよ~」
どうやら私たちは資金においては何の問題もないようだ。
「大金があるのは良いのですが……実感がわきませんね」
「「確かに」」
ゲーム時代のお金が現実の物となったが、どうにも実感が湧かない私たちだった。
「……とりあえずは適当なお店で、素材や塩などを丸ごと買いましょう。アイテムボックスに入れておけば嵩張ることもありませんし。買い物が済んだら早速城へと向かいましょう」
「そうだな」
「は~い」
一人状況を正確に把握しきれていないローレは、その光景をただ眺めているだけだった。
誤字脱字の修正をしました。