戦前
私が魔王であると告げた時、ローレの瞳には困惑の色が見て取れた。
(まあ当然ですか)
1000年も前に消えたと伝えられている魔王の容姿など、この時代のヒトが知っているとも思えない。
かといって証明するようなものなど思いつかない。
「……魔王という存在はもっと恐ろしい姿だと思ってた。それに想像していたよりもずっと若い」
「否定はしません。かつていた私以外の魔王は竜と狼の姿でしたから」
私はゲーム時代に交流があった残りの魔王について思い出した。
一人は竜型のアバターで《竜王》を名乗り、もう一人は狼型のアバターで《狼王》と名乗っていた。
なのでこの世界に伝承が残っていたとすれば、見た目のインパクトが強い《竜王》か《狼王》のどちらかか、あるいは混ざったような姿で伝わっているのかもしれない。
「それと私は死霊系のモンスターです。年齢と姿形は関係ありません」
「ん……失礼しました」
そういってローレは頭を下げた。
「怒ってはいません。それよりもべんけいに聞きましたが、私に何か頼みごとがあるようですね」
「……はい。その前に魔王様は今の世界がどういった情勢か分かる?」
この世界の情勢と言われて私たちは全員が顔を見合わせた。
私たちプレイヤー組はこちらに来たばかりで知らない国まで出来ていた。
ロンダルにしても昔の伝手があるにしても、隠れ里のように隠れ住んでいたため詳しい情報は知らないようだ。
「いいえ。私が……復活したのはつい先日のことです。今の世界がどういった状況なのかは全く分かりません」
こちらに来たのは、と言おうとしたがならばどこにいたのかと聞かれると面倒なので、復活したと伝えた。
「それでは妾の願いをお伝えする前に、今の世界の情勢について語る」
ローレは元々が淡白な口調なのか、丁寧に喋ろうとしていても所々で素の言葉遣いが出てしまっているようだったが、今は特に気にする必要も感じない私は気にしないことにした。
「いいでしょう」
私たちからすれば願ってもない申し入れに、私はすぐに許可を出した。
「ありがとう。それでは……」
ローレは今の世界について語り出した。
1000年前に世界から魔王と英雄が消えたとき、光と闇の陣営は大きく動揺したらしい。
当然だ。
今までの主力が突然消えてしまったら、誰だって動揺するだろう。
ただその動揺は数年で、さらに大きな波紋を世界に起こした。
なんと光の陣営に英雄の能力を受け継いだ存在が誕生した。それは闇の陣営からすれば死刑宣告にも思えるほどの情報で、当時の闇陣営は混乱の極みだったと伝えられているという。
闇の陣営はもう滅びるしかないと玉砕覚悟で光の陣営の暮らす《朝の大陸》に突撃をしようとしていた。
だがそれはできなかった。
そして闇の陣営の心配も起こることはなかった。なぜなら《夜の大陸》と《朝の大陸》を結んでいた《黄昏の大陸》が突然消えてしまったのだ。
最初は船を出そうともしたが《黄昏の大陸》跡地は常に渦が巻き、並みの船ではすぐに飲み込まれてしまうため、船を出すことも不可能だった。
それからしばらくは闇も光もお互いに手を出すことができず、両大陸に平和な月日が流れて行った。ただそんな平和も長くは続かなかった。
光の陣営の脅威がなくなり魔王という御旗を失った《夜の大陸》の住人は、自分の種族こそが大陸の覇者だと主張しだし、それぞれが国を作り出した。
そしてかつて栄華を極めた東西南北の四国は滅び、その滅びを起こした住人達がそれぞれ力のある種族のもとに集い、新たな国を立ち上げていった。
その結果、《夜の大陸》には大小様々な国が増えていき、その中の一つがローレ生まれた国《ナハティア》だという。
(所謂戦国時代でしょうか?)
(まあ千年もトップがいないならそうだろうな)
(お姉さんは歴史は嫌いかな~)
「でもそれが妾たちの過ち……」
さらにローレの語りは続いた。
大小様々な国は自分の国こそが上に立つべきだと互いに主張し、今度は《夜の大陸》内部での戦を繰り広げていった。
もともと魔王という別格の存在を除けば種族ごとに得意分野が違うというだけで、それほど差がない種族では戦は長きに渡り続き、それにより多くの種族や国が疲弊し始めていた。
そしてそれは突然にやって来た。
なんと光の陣営は《黄昏の大地》の無くなった海を越える船を造り、戦で疲弊している《夜の大陸》に攻め込んできたのだ。
その船には英雄の子孫も乗っていて、唯でさえ疲弊していた闇の陣営にはそれを押し返すだけ力がなく、《闇の大陸》の南の大地をあっさりと奪われてしまった。
そこでようやく自分たちの危機に気が付いた《夜の大陸》の住人は力を合わせて、それ以上の光の陣営の侵攻を阻止することに成功した。
「でも……手遅れだった」
「手遅れですか?」
「ん……あちらには英雄の子孫が今も増えてるけど、こちらには英雄に比肩するものはいない。妾たちには光の陣営に和平を求める穏健派と、徹底抗戦を唱える強硬派が生まれた」
「あ~それが権勢争いの大元か~」
「ん……それに妾は聞いた。穏健派の一部に光の者が紛れてる。そいつらが影から穏健派を操って、《夜の大陸》の住人を奴隷にするって」
それを聞いた私たちは納得した。
ようは《夜の大陸》は光の陣営の侵入を許した時点で、内側からじわじわと侵されていたのだ。
「なるほど~。それを聞いたローレちゃんは命からがら逃げてきたと」
「ん。獣人の王は妾のことを気に入っている。だから妾の体で家族と国を助けてもらう」
それは自分の身を対価にするということだろう。
同じ女としてはかなり不愉快な内容に、私とミリーゼは眉を顰めた。
「でも魔王様が本物なら、獣人の王よりも確実。だからお願いします」
「……なんでも対価を支払うのですね?」
その時、私の頭にはいい考えが思い浮かんだ。
「払えるなら……なんでも」
「うふふ。良いでしょう! では私が力を貸して差し上げます。ただし……国を取り戻した暁には、あなたの国《ナハティア》は私が貰い受けます」
「……え?」
「当然です。魔王への依頼料はとても高いのですよ?」
私の要求にローレは何を言われたのか理解できないといった表情で、呆然としていた。だがそんなローレに構うことなく、私は玉座の両脇に控えていた二人に宣言した。
「さあミリーゼ、べんけい。戦です。この戦いをもって、魔王の復活を《夜の大陸》と《朝の大陸》に知らしめて上げましょう!」
そう宣言した私は玉座を降りると、ミリーゼとべんけいを引き連れ広間を後にした。
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「エリスリーゼ~何考えてるの? お姉さんに教えてよ~」
広間を出てすぐにミリーゼがすり寄ってきた。
「さすがに戦争するには理由も戦力も足りなくないか?」
「戦力も理由もいりません。これは私たち3人の戦いです」
べんけいの戦争と言う言葉を私は否定した。
私の言葉に、さすがのミリーゼもべんけいも驚愕の表情を浮かべた。
「3人?」
「お姉さんの聞き間違いかな~?」
「いいえ、聞き間違いではありません。これから私たち3人で《ナハティア》を攻め落とします」
「いや~……お姉さんさすがに無理だと思うな~」
ミリーゼが若干引きつった表情でそう言った。
「そうでもないと思いますよ? べんけい、あなたは黒ずくめと戦いましたよね? なにか思うところはありませんか?」
「ん? んん? なんかレベルの割に弱かった気がするな」
べんけいのその言葉に私は笑顔で答えた。
「ええ。私も戦いましたが同意見です。そして私の中に一つの仮説が生まれました。ひょっとして今この世界に住んでいる人は私たちよりも遥かに弱いのでは?と」
「なにを根拠に……いや、待て……そうか! あいつらはNPCが元か!」
「正解です。私も同じ考えに至りました」
「お姉さんわかんない~!」
私とべんけいが同じ結論へと到達する中、ミリーゼは一人蚊帳の外となって拗ねていた。
「すいません。要は彼らの祖はNPCで、プレイヤーより成長率やステータスの補正が遥かに低いのではないかと思ったのです。けれども私は魔王なのでレベル差によるものが理由で、気のせいかとも思いましたが初心者を多く見ていたべんけいが弱いと感じたなら、おそらく私たちの考えが当たっている可能性が高いのです」
「まあ、ゲーム時代の名残が多いことから考えても十分有りえるな。プレイヤーよりもNPCが優秀だとゲームとしてバランスがおかしいからな。それならあの黒ずくめ達がレベルの割に弱いことが説明が付く」
「あ~! なるほど。……あ! それなら黒いの達の装備も説明が付くのかな?」
私とべんけいの説明を受けて、ミリーゼも気が付いたことがあるようだ。
「何か気になることでも?」
「お姉さんの所に来たあの装備なんだけど、素材の割にあんまりいい装備じゃないんだよね~。勿体ないな~って思ってたんだけど、ひょっとしたら生産系も同じ理由で弱いのかな~って」
「……ありえますね。べんけいはどう思います?」
「可能性としてはかなり高いな」
べんけいもこの可能性は高いと判断した。
「ですが……これで私の作戦は十分通用すると思います」
「いや、作戦でもなんでもないだろ? それ」
「う~ん……お姉さんもさすがに作戦とは言えないと思うな~」
「何を言いますか! たった3人で国に喧嘩を売る存在など、あちらは予想すらしていません。なら城のある街に普通に入り、城の正門から堂々と奇襲をかける。それによって必要以上の被害もなく、国を丸ごと手に入れられる予定です。これなら十分に作戦です」
私の力説に二人はいまいち納得出来ないといった表情だったが、あまりに自信たっぷりに語る私の考えにとりあえずは納得してくれたようだ。
「ふぅ……了解。まあ、やるだけやるか」
「あれ~? でもお姉さん戦闘職じゃないんだけど? か弱いよ?」
ミリーゼは惚けた様子でそう言った。
私とべんけいはそんなミリーゼに冷たい視線を送った。
「戦闘が苦手な奴はレベル250にはならん!」
「か弱い人は戦争で味方ごと敵を倒したりしませんよ?」
私たちのツッコミにミリーゼは「えぇ~!」とと不満そうな声を上げていたが、もちろんそんな声は聞こえないふりをして無視することにした。
「それにしても……よくこんな無茶を思いついたな?」
「うふふ。実は私、無双系のゲームも嫌いではないんですよ?」
私は微笑みを浮かべたまま、呆れ顔のべんけいに向き直って悪戯をした子供のように人差し指を唇に当ててそう言った。