謁見
《働く妖精》によってヴァンパイアの半魔たちは牢屋へと運ばれた後、私たちは城へと戻りいつもの広間で話し合いを始めていた。
「彼らは本当に何をしに来たのでしょうね?」
「そ、その……やっぱりエリスリーゼ様を倒しにでしょうか?」
おずおずとリジュが手を上げながらそう発言する。
「それはないでしょう。あのレベルでは私に対してダメージなどほとんど通りません。それに彼らの反応からすると、目撃者は殺すといった感じでしたので、私ではなくても同じように攻撃をしてきたのではないでしょうか」
「そもそも~お姉さんたちがこっちに来てから全然日が経ってないしね~」
私とミリーゼは今回の黒ずくめにとって、別の目的を遂行する際の想定外の事態だったのではないかと考えていた。
そもそも私がやったことなど、ダークエルフの村を襲撃していた人間を蛙に変えたことくらいだ。その上、あの時の人間は光の陣営だと名乗っていた。
それに対して今回の半魔たちは間違いなく闇の陣営の者たちだろう。魔王の身であるせいか、彼らが闇の陣営であると私には根拠もなく確信があった
。
(この二つが結びつくことがない以上は、今回のことは偶然と考えていいはずです)
「彼らに関してなのですが、おそらくはヴァンパイアの王が治める国の者ではないかと思います」
「……《ナハティア》?」
「なにそれ~? お姉さん知らないな~?」
聞き覚えのない国の名前に私たちは首を傾げた。
そもそもゲーム時代に有った国というのは闇陣営の住む《夜の大陸》に4つ、北の《ウィンティア》、東の《スプリティア》、南の《サマティア》、西の《オーティア》。
光陣営の住む《朝の大陸》に4つ、北の《ジュイエラ》、東の《アグリア》、南の《フェブール》、西の《オクトール》。
大規模戦の舞台となった夜の大陸の《サマティア》と朝の大陸の《ジュイエラ》を繋ぐ形で存在する《黄昏の大陸》の《アルモ》。
そして例外的に私たちのような魔王や英雄が治めていた国が5つで、合計で14だけだった。そのなかに《ナハティア》などという国はなかった。
「姫様方が知らないのも無理はないかと。《ナハティア》は姫様たちがおられなかった1000年の間にできた国の一つです」
「その言い方ですと他にも新しくできた国はあるのですね?」
「はい。私もすべては把握してはおりませんが、近隣の国については昔の伝手で多少の情報を持っております」
ロンダルが言うには私の治めている《アライラ》は、現在ヴァンパイアの収めている国に覆われるような形になっているという。
ただしこの大陸には魔王の伝説やそれを語る人物が未だに生きていることから、かつて魔王の治めていた土地は聖域のような扱いとなっており、無暗に足を踏み入れる者はなく、侵略を試みる者もいなかったらしい。
「なるほど。私が城下町を最初に見たときに人が入った形跡がなかったのはそのせいですか」
「あれ~? でもそれだとあの半魔の人たちはどうしてここまで来たのかな~?」
「わかりません。ひょっとしたらヴァンパイアの国で何か起きているのかもしれませんが……」
結局はそこで話は切れてしまった。
ギギィィイイ
「ただいまっと」
そのとき突然広間の扉が開き、べんけいがやって来た。
広間の窓から外を見ると、すでに夕陽がかなり低い位置へとやって来ていた。どうやら話し合いに夢中になり、だいぶ時間が経過していたようだ。
「おかえりなさい」
「おかえり~」
私とミリーゼが挨拶を返すと、それに習ってロンダルとリジュは深く頭を下げた。
「なんだ? 全員揃ってどうかしたのか? まあ、手間は省けたな」
べんけいは主要メンバーがここに集まっていることに驚きはしたが、それ以上に何やら困ったような表情をしていた。
「その様子ですと、そちらもトラブルですか?」
「あ~……トラブルっていうよりも荷物?かな? それよりも……もってことは」
「こっちもちょっとね~」
「こちらの話はあとでしますので、まずは報告をお願いします」
「了解」
べんけいは城を出てからの経緯を話し始めた。
・
・
・
「さてと……今日は昨日よりも遠出するかな」
「遠出ってどこ行く気だよ……ですか」
べんけいの言葉に隣を歩いていたレドルがそう尋ねた。
「ん? 昨日でお前らの戦い方は大体分かったから、今日はそれに合わせてもっと戦い難い敵のいるところに行こうと思ってな。それより俺には敬語はいらないぞ」
べんけいはレドルだけでなく、後ろを歩いているダークエルフたちにもそう言った。
「……ふん。あんたがそれでいいならそうするさ」
レドルはべんけいに言われたと通り敬語を止めて話しかけた。もともと彼は突然現れたエリスリーゼを始め、べんけいやミリーゼにあまりいい感情を持っていなかったため、敬語をいらないと言われればすぐにでも素の口調に戻した。
ただ他のダークエルフたちはそうもいかないようで、どうしたものかと困惑のざわめきが広がっていった。
「それよりもなんで戦い難い敵なんだよ。普通は逆じゃないのか?」
「いやこれでいい。レベルが上がって強くなると、なまじ強いせいで自分の苦手な戦い方が分からなくなる。だから今のうちに苦手な戦い方と対処法に自分で気が付いたほうがいい」
そう説明しながらべんけいはゲーム時代のことを思い出しながら苦笑を浮かべていた。
彼は根がお人好しのせいでよく初心者を見つけて手助けをしていたが、彼を知っている友人たちはよく彼にこう言っていた。
『お人好しがすぎないか? なんの得もないだろ?』
そう言われてパーティーや国からの勧誘を受けていた。
彼自身もこれがお節介や自己満足であることはわかっていたが、どうしても放置しておくのは気が引けてかなりの長い間そうした初心者の世話をしていた。
結果、彼は一部では教官などと呼ばれていた。
(まさかその時の経験がこうして役に立つとはな。人生何があるかわからないな)
「なに笑ってんだよ」
「すまんすまん。それより着いたぞ。あれが今日の獲物だ」
べんけいはそう言って先にいるモンスターを指差した。
「……ウィスプ?」
そこには人魂のようにゆらゆらと不規則に揺らめく光の球体があった。
「ただのウィスプじゃない。エレメントウィスプだ。姿形も色も同じだが、個体によって属性が違う。その上完全に霊体だから普通の物理攻撃ほとんど効かない」
目の前にいるモンスターについてべんけいが説明を始めた。
この場所にいるエレメントウィスプ自体レベルが15~35程度のモンスターで、属性の方も火、水、風の三種類。その上使ってくる魔法もそこまで強くないので、元の魔法防御が高いダークエルフならば大怪我をする心配もないだろうと語る。
「ただし今回は前回の時とは違って、三人ずつ行ってもらう」
「ちょっと待てよ。それじゃあ人数が足りないぞ?」
べんけいの言葉にレドルがそう言うと、周囲のダークエルフたちもうんうん頷いて同意した。
「あ~言い方が悪かったか? そうだな……まずは一列に並べ。それでまずは先頭の三人が戦って、勝ったら一番前の奴は列の一番後ろへ。それで一人抜けたところにまた列の先頭が加わる。それをひたすら繰り返す。幸いここのエレメントウィスプはかなりの速さで復活したはずだから、待ち時間はそんなに長くないはずだ」
ダークエルフたちは言われた通り一列に並び、それぞれの武器を構えた。
「それじゃあ最初の三人行って来い」
べんけいはそう言ってレドルと他二名を最初に送り出す。
「ハァアア!!」
最初に先陣を切ったのはレドルだった。
気合を力に変えるように、叫びながらエレメントウィスプへと突撃していく。
なんの合図も無しにいきなり突撃をしたレドルに、他の二名はやや出遅れる形での突撃となった。
「あ~あ。あんなに大声出して」
声に気が付いた5体のエレメントウィスプたち詠唱を始めぼんやりと淡い光を放ち始めた。
この距離ではモンスターが詠唱を終える前に攻撃を加え、詠唱を遅延させたりすることはできないだろうとべんけいは思った。
レドルたちもモンスターが詠唱を開始し始めたことを確認すると、焦ったせいか3人は何とかしようとして走る速度を速めた。
だが案の定と言うべきか、レドルたちがエレメントウィスプまで残り4mほどの距離に差し掛かったところで詠唱は完了し、エレメントウィスプから赤い光の塊が2つ、青い光の塊が1つ、緑の光の塊が2つレドルたち目がけて飛んできた。
「うぐぅっ!!」
3人は短い呻き声を上げながらその場に膝をついた。
魔法の詠唱を何とかしようとして、無理に距離を詰めたのがよくなかった。下手に距離を詰めてしまったせいで、レドルたちは至近距離から魔法の直撃を受けてしまっていた。
「お~い。早く立たないと、また魔法がくるぞ」
べんけいがそう叫ぶと、レドルたちははっとした表情で前を見た。
目の前ではレドルたちが膝をついている間に、いつの間にかクールタイムを終えたエレメントウィスプたちが再び魔法の詠唱を始めていた。
それを見たレドルたちは慌てて立ち上がり、残りの距離を詰めると手に持っていた武器で切りかかった。
「くそっ! 全然手応えがない!」
「止まれ! 止まれ!!」
「えい! えい! もう止まってよ!」
3人は無我夢中でエレメントウィスプを武器で攻撃するが、その武器はエレメントウィスプの体を素通りしているかのように何の手応えも伝わってこない。
「混乱してるな」
そんな様子を眺めながらべんけいはゲーム時代との違いはないかと、冷静に観察をしていた。
(今のところは大きな違いはないな。しいて言うなら、この世界の住民は必死ということか……まあ本当に命が掛かってるなら当然か)
ゲーム時代は死んだとしても多少のペナルティーがあるだけだったが、今のこの世界での死は現実での死と同じだろうとべんけいは思っていた。
別に誰かに教えられたわけでもないが、この世界に呼ばれて初めて戦闘を経験した時に自然とそう理解できたのだ。これはエリスリーゼもミリーゼも同じだった。
そのためべんけいは今回の戦闘訓練を強くなるための訓練から、死ににくくなれる訓練へと切り替え、今この場所に来ていた。
(多少効率が悪くなるけど……仕方ないな)
そんなことを考えながら、べんけいは未だに戦いを続けている3人へと目を向ける。
「リャアア!!」
「また詠唱が始まった!」
「喰らえ! 【砂鉄剣】! やった! 倒した!」
3人は5体のエレメントウィスプに苦戦を強いられていた。そんな中、一人が武器スキル【砂鉄剣】
を使った。
【砂鉄剣】は剣の武器スキルでかなり初期のものだが、物理攻撃に地属性を付与する属性攻撃の一つだ。使うと剣に砂鉄の粒が纏わりつき、剣を振るとそれが鞭のように撓って敵へと向かっていき、やや射程も伸びる。
「ようやく使ったか」
べんけいはその様子をしっかりと見ていた。
エレメントウィスプのような霊体系モンスターには通常の物理攻撃ではほとんどダメージがないが、武器スキルの中にある属性付与のスキルなどを使えばかなりのダメージを与えることができる。
べんけいは前回の戦いで、ダークエルフたちが誰も弱点属性や弱点狙おうとしなかったことを見て、今回の相手を選んでいた。
「今の見てたな? モンスターってのはこういう感じで効きやすい攻撃と効きにくい攻撃がある。戦闘ではそれを見極めると、より効率的に敵を倒すことができる。覚えておけよ」
べんけいの言葉にこれから戦う予定のダークエルフたちは真剣にうなずいていた。
その後はコツを掴んだのか徐々に倒すスピードは上がっていったが、ここでもう一つの初心者が陥りやすい罠に掛かる者が続出し始めていた。
それはMP切れだ。
属性攻撃が効くと知るや否や、ダークエルフたちは属性付与のスキルを連発するようになっていった。
だが属性付与のスキルは同じレベルのスキルに比べて、消費するMPが多くなっている。
その結果、自分が交代できるタイミングまでMPが持たずに、攻撃手段を失うものが多かった。
「こんなもんかな?」
そして全員に順番が回り、列が一蹴するころには全員が地面に座り込んでいた。
(ゲームではへとへとになるなんてことはなかったな。どうやらMPがなくなると疲れるらしいな。その辺はゲームと現実の違いか)
べんけいはMP切れでへばっているダークエルフたちを見ながら、冷静に今の現象について考察を続けていた。
「こ、これで……お、終わりか?」
「ん? まあ、この様子だと今日は無理だな。今日のでわかったと思うが、MP切れには気を付けろ。あと、何人かはエレメントウィスプに同属性の属性攻撃で回復させてた奴らもいたから、今後はそういった無駄にも気を付けろよ」
ダークエルフたちは返事をする元気もないのか、弱弱しく首を縦に振るだけだった。
(この様子だと、少し休まないと移動は無理だな。……ん?)
その時、べんけいの耳が音を聞き取った。
その音はここからそう遠くない場所で、何かが爆発するような音だった。
「なんだ? 徐々にこっちに来てる」
「おい? どうしたんだよ?」
べんけいの独り言にレドルが首を傾げる。
「わからない。……何かがこちらに向かってきているみたいだな。それもかなり早いな」
目を閉じて耳に神経を集中して、べんけいはこちらに向かってくる者の正体を探ろうとしていた。
バァーーン
今度はさらに近くで破裂音が聞こえた。
その音はダークエルフたちにも聞こえたようで、不測の事態に全員が不安そうな表情でべんけいを見やった。
「……早いな。来たぞ。全員伏せろ」
べんけいそういうと、全員がその場に伏せた。
「女?」
最初に姿を現したのは一目で高級とわかるドレスを身に纏った美しい女性だった。
そしてその後ろからは彼女を何かから守るように、剣や槍といった武器を構えた数人の男女だった。
「あれってヴァンパイアか?」
「なんでヴァンパイアがここに?」
様子を見ていたダークエルフの数人が疑問を口にするが、この場には答えられる者などいなかった。
「あれは?」
そしてヴァンパイアの女性を追うように、次は黒ずくめの集団が現れた。
その数はざっと数えても50人はいそうな集団だった。
「ど、どうするんだよ!」
「ん~……ここってたしかエリスリーゼの領地だよな?」
べんけいは突然そんなことをレドルに聞いてきた。
「そ、そうだけど……」
「なら勝手に入ってきたんだ。ちょっと事情聴取でもしてくるかな。お前たちはここで隠れてろ。あの集団は全員かなりの強さだ。レベルも技術も今のお前たちじゃ勝てないからな」
言われるまでもなくダークエルフたちにもレベルの違いが分かった。自分たちを村の自衛団だとするなら、あれは完全にプロの動きだ。
べんけいはそう言ってダークエルフたちに釘を刺して侵入者の前へと出て行った。
「そこのお前ら! なんの用でここに来た? ここは俺の主人、魔王エリスリーゼの領地だ。理由なき場合はすぐに立ち去れ」
突然の乱入者にヴァンパイアたちも黒ずくめたちも大いに驚いていた。
「に、逃げ……」
ヴァンパイアの女性が声を上げるも、それを合図にしたかのように動きがあった。
「……疾っ!」
先に動いたのは黒ずくめの方だった。
黒ずくめの集団から数名が飛び出し、それぞれの持った武器を掲げてべんけいへと襲い掛かった。
ヴァンパイアの集団や黒ずくめの集団からすれば、突然乱入してきた獣人の男がこの状況でなぜ出てきたという疑問があった。
だが黒ずくめにしてみれば目撃者を始末するのに躊躇う理由もない。
「……ふぅ」
彼らにしてみればべんけいが溜息をついたのは、自分の終わりを悟ったかのように見えた。
だが次の瞬間、彼らは我が目を疑った。
「出て行く気はないと……面倒だな」
べんけいはそう呟くと、アイテムボックスから一本の槍を取り出し襲いかかって来た黒ずくめたちに、文字通り目にも止まらぬ速さで突きを繰り出した。
ドサァ
「……え?」
誰が漏らしたのか分からない困惑の声が辺りに響いた。
彼らの目の前には自分たちの考えとはまるで違う現実が広がっていた。
死んだと思っていたべんけいはいつの間にか手に槍を持ち、殺す側だと思っていた襲い掛かった黒ずくめ達は、全員が同じように胸の中央にぽっかりと穴を空けて倒れたのだ。
「とりあえず黒い方は一人残しとけばいいか」
べんけいの呟きが聞こえたのか、黒ずくめ達の体が強張った。
そしてヴァンパイアの方は自分たちも下手に動けば、そこに転がっている死体と同じになると悟り一歩も動くことができずにいた。
「散れ!!」
黒ずくめの集団のリーダー格が、声を張り上げてそう命じた。
ただその命令を受けた全員が動くよりも先に、べんけいの方が先に動いた。
「ガッアアアアアアアアアアアア――――――――――――!!!!」
辺りの空気がべんけいの【咆哮】によって、ビリビリと震える。
そして動こうとしていた黒ずくめ達は、体が硬直してしまい動けずにいた。
そこからヴァンパイアたちが見たのは戦いにすらないらないただ虐殺だった。
ヴァンパイアたちはあの黒ずくめが自分の国の暗部を任されている精鋭達だということを、嫌というほど知っている。
今でこそ襲われていたが、ヴァンパイアの女性はそれを知ることができる立場で、さらには今の今まで自分が襲われていたのだ。
黒ずくめに襲われたせいで、彼女が最初に連れてきていた護衛も今では半分以下になってしまった。
そんな強力な集団が、今は目の前で一人の獣人のなす術もなく蹂躙されている。
「……」
その光景に彼女らはただ茫然と見ていることしかできなかった。
そして彼女たちを追ってきた黒ずくめの集団はあっという間に、リーダー格一人を残して全滅してしまった。
「バカな!?」
冷静で冷徹であれ。
そう教えられて育ったはずの黒ずくめですらも、激しい動揺を隠せないでいた。
「片付いたか……さてと、次はそっちの番だな。何しにここに来たんだ?」
べんけいは黒ずくめがリーダー格を残して片付いたことを確認すると、槍の穂先を最後の黒ずくめに突き付けた。
「……」
「だんまりか。はぁ……とりあえずは縛っとくかな」
黒ずくめが喋る気がないと悟ったべんけいは、逃げられないようにアイテムボックスから鎖を取り出して黒ずくめを簀巻きにした。
そして次のターゲットの方へと足を向ける。
「あんたたちはヴァンパイアだな? 何しにここに来た?」
べんけいが一番身なりのいい女性に話しかけると、護衛のヴァンパイアたちが震える手で武器を構えて女性を庇うように前へと出た。
「下がって……話をする」
「で、ですが相手は獣人! 話が通じるわけが!」
「いい。下がって」
何やら獣人というだけで敵視されたべんけいはどうしたものかと頭を掻いた。
「別に何もしないよ」
「わかってる。もしあなたにその気があるなら、妾達はとっくに死んでる」
べんけいがそういうと、ヴァンパイアの女性は護衛を押しのけて前へと進み出た。
「助けてくれてありがとう」
「別に助けたわけじゃない。場合によっては黒ずくめと同じにする」
「わかった。妾の知っていることは全部話す」
「じゃあとりあえず何者だ?」
べんけいの質問に護衛たちが悔しそうに表情を歪める。
「妾は《ナハティア》の第二王女ローレ・ル・ナハティア。それと妾の護衛たち。《ナハティア》は王である父が病に伏せたために、貴族派と王権派の2つで権勢争いが起きてる。でも……私はそのことで重大な秘密を知った。だから殺されそうに……」
「はぁ、権勢争いかテンプレな。それにしても……《ナハティア》? 知らない名前だな」
べんけいはいくら記憶を漁ってもそんな名前の国は記憶になかった。
同じころエリスリーゼたちも《ナハティア》という名の国に首を傾げていた。
「貴様!」
護衛の一人が自国を馬鹿にされたと思い、怒りを露わにした。
「止めて……こっちも聞きたいことがある」
そんな護衛を片手で制し、ローレはべんけいの方を見つめた。
「なんだ?」
「あなたはなに? 獣人の国の者じゃないの?」
「獣人の国がなんなのかは知らないが、違う。俺は一応はエリスリーゼの仲間だ。そしてここはエリスリーゼの国だ。だからお前らやこの黒ずくめに出て行くように言ったんだ」
最初はヴァンパイアたちは、べんけいが何を言っているのか理解できなかった。
それもそのはずだ。
エリスリーゼの名は1000年前のもので、知っているとしても今の若い者たちはお伽噺でしか知らない。
「聞いたことがある。たしか《呪いの大地》を作った魔王」
「そうそう」
あまりにもあっさりとべんけいが頷いたせいで、ヴァンパイアたちだけでなく、縛られている黒ずくめまでもが呆然としていた。
「ば、馬鹿な! 魔王は1000年前に消えたんだぞ!」
ヴァンパイアの一人がそう叫んだ。
「いやでも、普通に《人形の庭》に今いるぞ」
「……本当に?」
「嘘ついたってしょうがないだろ。まあ、お前らは追われてるだけだったみたいだから見逃してやるよ。そっちの黒ずくめはとりあえず連れてくけどな」
「……私も連れてって」
べんけいが黒ずくめを抱え上げてこの場を去ろうとすると、ローレがべんけいの服を掴んだ。
「なんで?」
「魔王に会ってお願いする。国を……私の家族を助けてほしい。対価なら何でも払う」
ローレの言葉に護衛が驚きの表情で固まる。
「ん~……まあ、いいか。判断はエリスリーゼに任せるか。どんな結果でも文句は受け付けないからな」
「かまわない。このままだとどうせすぐに殺される」
強い意思を瞳に宿したローレはそう言い切った。
・
・
・
「そんなわけで連れてきた」
べんけいの話を聞いた私たちは何とも言えない表情だった。
あれだけ頭を悩ませていた答えを、目の前の男は直接持ってきたと言った。
ならば私たちの考えていた時間はなんだったのだろうか。
「それではこちらに来た黒ずくめは……」
「たぶんローレ姫を先回りしようとして、たまたまここに来ちゃったんだろうな」
「そうですか……とりあえず本人にお会いします」
私がそういうと、べんけいは閉めた扉を再び開いた。
「……初めまして。《ナハティア》の第二王女ローレ・ル・ナハティア」
部屋へと入ったローレは優雅にスカートの端を摘まみ、綺麗にお辞儀をした。
「初めまして。私がこの城の主、魔王エリスリーゼです」
私は玉座に座ったままそう告げた。