兄の苦悩
ファティマの兄、デリックお兄様sideです!
ファティマが逃亡し、一人真相もあやふやなまま残されてしまった、お兄様のお話です!
「わたし、逃げることにいたします!」
─────は?
麗らかな午後の陽射しを顔にうけ、イイ顔で微笑む妹のファティマに、私は思わず口をあんぐり開けて絶句した。
「はああぁぁぁあ!?ちょっと待て、ファティマ!お兄ちゃんに理由をいってごらん!あと何から逃げるのかを!!」
─────きっとまた、良からぬことを考えているよね?目が据わっちゃってるし………。
しかも、今の時期に逃げる………と言えば、きっとファティマの婚約者であるルーファスからだ。
内心だらだらと冷や汗を流し、戦々恐々としながら愛らしい妹の顔を伺った。
「勿論、第二宰相でありアークライド侯爵である、わたしの結婚相手───ルーファス様からに決まっています!」
────────やっぱりかっ!!
ファティマが思い詰めたり、こうやって問題を起こすのは決まってルーファス絡みだ。
私自身の友人でもあるルーファスは、何をやらかしたのか………。結婚式の前月に。
「いやいや、決まってないからね!?何で逃げようとしちゃってんの!?我が愛しの妹よっ!お兄ちゃんの友達がきらいかい?」
慌てて問えば、ファティマはゆるゆると首を振った。
──────よし。まだ望みはあるはずさ、ルーファス!!
嫌われてはいないらしい。
しかし、嫌っていないのならばなぜファティマが逃げようとするのかがわからない。
「きらいではありません。むしろ好きです。殺したいくらい愛してます!」
「じゃあ何で!?」
妹の心がわからない……………いや、わかったためしもないのだが。
自分で自覚して、寂しくも切ない気持ちになった。
─────世のお兄ちゃんは、こうした事態にどう対応しているんだいっ!?
天を仰ぎたくなったが、ぐっと我慢してファティマの返答を待った。
「ルーファス様には、心に決めた女性がいらっしゃるのです。あぁ、思い出したら泣けてきました………」
─────ぇ?…………嘘だろ?嘘でしょう?嘘だと言ってくれ、ルーファスよッ!
それはアレカ?嫉妬してほしいという男心か?それとも本気なのか??
私は、少年時代からファティマ一筋な友人の、涼しげな顔を思い浮かべた。
……………どちらもアリエナイ気がする。
なにせ、ルーファスはファティマのことが好きすぎて空回りしてしまったりしている男だ。嫉妬してほしいがために浮気や、他の女性に熱をあげることはないだろう。
『ファティマをもらうことを………了承してくれますよね、デリック?いや、お義兄様と呼びましょうか?』
そう、婚約を交わし私の両親に挨拶をした後に、真っ直ぐ私の所に来た友人の威圧感のある微笑みは、記憶に新しいし、返事をしたときの満面の笑みは忘れられないだろう。
───冷笑以外にも笑えたんだ………ルーファス。
思わずそう口走ってしまうほど幸福そうに笑ったルーファスが、浮気なんてするはずないだろう。
そう思いたい。
しばしその場に静寂が満ち、私はルーファスのことを考えた。
そして…………あることに行き着いてしまった。
─────《愛する女性》って………まさか、ルーファスの部下のメリルじゃないだろうね?
メリルは、女装した美青年として有名だ。だが、その事をファティマは知らないはず。
だから、部下として仕事中は常に一緒にいるメリルとルーファスの仲を誤解したのではないか。
そんな疑問が頭をよぎったその時、ファティマが口を開いた。
「ということで、わたしはほとぼりが覚めるまで地方にいらっしゃる、おば様の元へと参りますので、破談の手配と両親への説明をよろしくお願いします!」
─────え?待って、私は説明とかまだなにもしてもらってないよ、ファティマ!?
聞き間違いでなければ、破談とかいう言葉が聞こえた気がする………。
───両親?もしかして、ルーファスにもお兄ちゃんが説明しないといけないのかな?待って、その前に何を説明したらいいのかなっ!?
「ということでって!なにもまだ説明聞いてないよっ。その思い込みの激しさと、自己完結っぷりは誰に似たのかな!?」
取り敢えず、ファティマに向かって私は叫んだ。
やはり、妹の心がわからない………。
「あぁ、お兄様。ルーファス様になにか言われたら『浮気は見えないところで』と『愛人は寛容できません』とお伝え下さいませ」
動揺していると、そう言ったファティマがどこからか旅行カバンを出し、執事のセバスティアンに馬車をまわすようにお願いしているのが聞こえた。
─────マズイ。非常にマズイよ、これ。
慌てて止めようとしたが、時は既に遅し。
ファティマは既に馬車に乗り込み、そしてその馬車はもうカラカラと車輪の音をたてて出発していた。
────我が妹ながらに、なんて思い込みが激しいんだッ!そしてなんて行動力!!!
「最悪だ…………セバスティアン、すぐさまルーファスに手紙を!」
私は不足な事態に、取り敢えずルーファス本人と連絡することにしたのだった……………。