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バッカナーレ  作者: 1さん
一人目
6/33

06 グリレ3

 「それでどちらへ行かれるおつもりですか?」

 詰め所を出て、ふと立ち止まり団長が尋ねてくる。

 「どちらへ行かれたいですか?」

 合わせるようにメリーが私に問いかけてくる。


 「あれ? メリーが行く場所決めてると思ってたのだけど。団長まで連れ出すくらいだから。」

 急にメリーから行き先を振られ、戸惑ってしまった。

 「…………お嬢様の行かれたい場所をお申し付けください。本日は、どちらへも行けるように団長様に付いていただきましたので。」

 少し逡巡しゅんじゅんしたようにメリーは言葉を選んで言った。確かに、王都タディスにて知らぬ者などいないカプラ団のディートル団長が護衛についているのを見て、不届きを働こうなどという者はいないと思う。


 「う~ん……。」

 またとないこの機会、どこに行くべきなのだろうか。普段近寄れない場所、ただしスラムなどの明らかに変な場所以外……。

 「南街に、行きたい。」

 私の答えに驚いたようにメリーと団長が眼を見開く。流石に拙かっただろうか? 東街の交易商店も捨てがたかったけれど、やはり一番面白そうなのは露天商が軒を連ねる南街だ。冒険者が根城にする宿屋も近く、掘り出し物が出ることもしばしばある、らしい。そのぶん治安も悪いとのことだけれど、団長がいるなら大丈夫だろう。

 「傭兵街ですか。少し心配ですが……、団長様、よろしいですか?」

 「私はどちらでも構いませんよ。ただし、私からあまり離れないようお願いします。」

 「わかりました。お嬢様もよろしいですね?」

 「はい!」

 元気よく返事を返す。それを見て団長がかすかに笑みを浮かべ、私たちは歩き出した。



 南街に行くのに、メリーは最初は馬車を使おうとした。しかしそれは団長によって制止される。

 「お二方のような女性の方が傭兵街に行くことは、ごく稀にありますが、やはり珍しいことです。それだけでも注目されますのに、貴族の家紋入りの馬車で乗り付けるとよりいっそう目立ちます。乗り合い馬車ならば問題ありませんが、お嬢様のような方が使われるのは、……あまりよろしくないでしょう。」

 うん、非常に納得できる話だ。

 団長は王城を取り囲んでいる堀、の脇の道を指し示した。

 「歩かれませんか? 堀の外周を回れば各方面の大通りは意外と近いですよ。王城前から南大門に向けて歩き、帰りに馬車を呼びましょう。」

 団長の説明にメリーも納得したようだ。

 「お嬢様、多少歩きになりますが、よろしいですか?」

 「いいよ。」

 歩きか。屋敷内引きこもりにはちょっと辛いけれど、いい運動だと思おう。



 歩いて15分ほど、私たちは南街の大通りの入口に着いていた。


 大通りには露店が立ち並んでいる。直射日光から商品を守るため、日よけやパラソルがずらりと並んでいる様はなかなか迫力がある。

 しかし、

 「思ったより、人が少ないね。」

 ぽつりと心で考えていたことが声に出てしまう。


 そう、もっと人ごみの激しい、金属鎧に身を固めた筋骨隆々な男たちが、剣や斧を担いで闊歩している、怒号の絶えないスラムのような風景を想像していた。しかし現実は大分違う。行き交う人々はまばらで、多くも、少なくもない。武装をしている人もいるが、多くはゆったりとした服装で町人となんら変わることない。むしろ武装している人のほうが浮いてしまっているくらいだ。


 露天商と仲良く談笑している人々を見ると、大きかった期待に対してがっかり感すら覚えてくる。勝手に期待していた私が悪いのだけれど。


 「時間が少し悪いですね。お嬢様が期待されているような光景は、日の出前に見ることができますよ。」

 「そうなの?」

 私の意図をくみ取ってくれたのか、団長が教えてくれる。


 「はい。基本的に冒険者、あるいは傭兵は日の出と共に街を出て、日が沈む前に帰ってきます。必然的に、前段階の準備のための露店の賑わいが最盛況となるのは、日の出前です。」

 築地の朝市みたいなものかな。

 「逆に日没前、冒険者たちが帰ってくるころに活気づくのが買取市です。一日の成果をお金に変えたい冒険者たちと、良い素材等を手に入れようと買取商たちが火花を散らします。良いものが出れば、即席のオークションとなることもしばしばありますよ。」

 「と言うことは、今の時間はあまり見るものが無いの?」

 「いえいえ。」

 団長は大げさに首を振る。

 「昼前の今の時間は、確かに人気ひとけは少なくなります。……しかし、その人気を好まない者にとっては有意義な時間となるのです。」

 「どういうこと?」

 「先ほど日没前に買取市が盛況になるとお教えしましたが、それに伴って買取商に買い叩きをされることがしばしばあります。一時的に物資が飽和するためですが、当然それを避けようとする者が何グループか出てきます。

 それらに該当する者とは、懐に余裕があり、かつそれを成せる腕前のある冒険者です。そうした冒険者は幾日いくにちか休養をとり、買取商の手が空き存分に価格交渉の出来る、丁度この時間に来ることが多いのです。」


 ほっほ~。すごく面白そうな話になってきた。そして話の大筋も見えてくる。

 「はい!」

 話を続けようとする団長に、手を挙げ発言の許可を求めた。

 「……どうぞ、お嬢様。」

 「質問です! 買取商は、買取ったものをどこに持っていくの?」

 「すばらしい!」

 私の質問を、団長はいたく気に入ったようだ。満面の笑みを浮かべている。

 「良い質問です。質問の意図から、ほぼ答えがわかっておられるようですね。御想像の通り、買取商は西街、つまりは交易街からやってきます。当然、買取ったものもそちらへ移されます。そして移されるタイミングは日没前の買取市が終わってからとなります。もうお分かりですね。」

 「腕の立つ冒険者が、良い物を売りに来るのがこの時間。それから交易街に移すまではここにあるから、一番掘り出し物が出やすいのもこの時間ってわけね。」

 「その通りです。さらに付け加えるなら、交易街に移された時点ですべての物は一度鑑定されます。鑑定前の買取商品をこの場で売るというのは、買取商にとって自分の鑑定眼を披露するのと同義になるわけです。ここで適正な価格で販売するというのが鑑定商にとっての名誉となるのです。」


 「へー。団長は物知りなのね。それに教えるのが上手だし。」

 私の言葉に団長はうやうやしくお辞儀をする。

 「お褒めにあずかり恐悦至極です。」


 団長のおかげで、好奇心がまたむくむくとわいてくるのを感じる。

 「早く行きましょう!」

 私と団長が話している間、ぽやーとして口を挟まなかったメリーの手を引っ張る。

 「……、は、はい。まいりましょう。」


 そうして私たちは露店の建ち並ぶ雑踏に踏みこんでいった。




 「そこのお嬢さん、見て行かないかね!」


 ここ一月ほど前から露店を連ねるようになった、駆け出しの商人のサントは、王城から近づいてくる身なりのいい3人に声をかけた。主に消耗品や小物の武具を扱っているサントは、日の出前の混雑が終わってしまうととたんに暇になってしまう。買取にはまだ手を広げていないため、本日の業務を終えて店を畳もうとしていたところだった。

 しかし、王城から歩いてくる三人組を見て、急遽それを取りやめる。体格のいい騎士に、落ち着いた雰囲気の女性、それに金髪のやけに目を引く女の子の三人組。ぱっとみると親子のような組み合わせだが、主導権を真ん中の女の子がもっているように見える。


 どこかの貴族のお嬢様か。

 またとない商機ににまりと心の中で笑った。つい数日前に伝手つてで入手した陶器の置物を良く見える位置に移動させ、そうして声をかけたのである。


 彼が周りの商売仲間、あるいは商売敵をよく観察していれば、あるいは何か気がつけたのかもしれない。


 ディートル団長の名は南街にもとどろいている。その団長がたった二人の女性と女の子と一緒に歩いているのだ。恋人や子供という風には見えないし、立ち振る舞いから護衛をしているように見える。しかし、あの団長が直々に護衛についているというのは尋常ではない。とくれば二人のどちらか、明らかに一番身なりのいい女の子が、よほど高位の貴族、あるいは王族に連なるもの、と推測できる。

 なにかしらのチャンスではありそうだが、下手に動くとピンチにもなりうる。特に、貴族の子供と言うのは手がかかる。触らぬ神になんとやらだ。

 周りの露天商はそうした考察から、各々極めて消極的になる。呼び込みの声は意図的に三人から外し、それでいて動向に気を配る。組みやすし、と見れば一挙に動けるよう、注意し、他の店に牽制の視線を送る。そんな一見して穏やかな印象をもちながら、ピリピリとした緊張感が周囲を包んでいたのである。


 そんな空気をものともせず、新入りのサントが3人に声をかけたのである。

 隣の店のプロシモはサントに対し、よほどの度胸を持った大器か、ただのバカか、あるいは何も知らないアホかと、密かに悪態をついた。しかしこれはチャンスだ。サントが自主的に生贄となってくれたのだ。さらに隣と言う情報収集にもってこいの位置である。何も興味ありません、という表情を浮かべながら、しっかりと聞き耳を始めた。




 団長の講義を受けたあと、私はついに露店街に足を踏み入れた。品物を見るために歩みは遅くなり、ゆっくりと前に進んでいく。武器、服、薬、アクセサリー、布、鋼材、食料。あらゆるものがごった煮で陳列され、統一性のかけらもない。でも、面白い。冒険者は何を、どんな基準でこれらを購入していくのか。ここにいるといっぱしの冒険者になったような気さえしてくる。

 左を見上げると、メリーはアクセサリーを中心に見ていっているようだ。私にあまり気を向けないのは、好きに見ていいという事だろうか。右の若干後ろ、団長を見上げると特に何も見ておらず、道をまっすぐ見ている。私の視線に気がついて、ニコニコと笑顔を向けてくれた。団長から視線を外し、考える。


 これは、本格的に好きにしてもよさそうだ。二人とも私にあまり注目していない。

 これ幸いと、武器ばっかりを選り好みして見て行く。店の人も特に何も言わず、見てもいない。


 微妙に話しかけ辛いなー。


 まごまご。


 ……結局、手も伸ばせずに露店を離れる。

 どこかに愛想のいい店員はいないものか……。


 「そこのお嬢さん、見て行かないかね!」

 そんな私に救いの手が伸ばされた。左の少し奥から、人のよさそうな太目ふとめの商人が話しかけてきた。

 ここなら、品物がじっくり見えそうだ。呼び声に素直に従い、その商人の品物が並べられている前に移動する。その商人が持っているスペースはたいして広くないようだ。他の商人が両手を広げても収まりきらないのに対し、その商人が持つスペースは両手を少し広げたくらいしかない。しかし、その分密度は濃かった。


 「さわってもいい?」

 先ほど言えなかった言葉だけれど、この商人の雰囲気が空気を和らげてくれるようで難なく言うことが出来た。

 「どうぞどうぞ! 壊さないでいただければ、多少は傷がついても構いませんよ。」

 その言葉に頷いて、私はしゃがみ込んで物色を始める。

 「お嬢様には……、こんなものいかがですかね?」

 そういって商人は、青と白が混じったマーブル模様の石がついたネックレスを渡してくる。

 「悪くない。」

 悪くない、けれど、あまり興味がない。まだ身を飾るのには早いだろう。そういうのはもう少し大人になってからでいいんじゃないかな?

 そっけなさを無理やり正当そうな理由で塗りつぶし、ネックレスを商人に返した。

 「でも、今はいらない。」

 「そうですか。」

 商人は残念そうな表情を浮かべ、ネックレスを元に戻す。


 「……では、こちらはいかがですか?」

 手元に置いてあった白い彫像を引き寄せ、私の前に差し出した。

 「なにこれ?」

 白い彫像は、台座から伸びる2つの人物で構成されていた。片方は皮鎧を着た男性、もう片方は……

 「魔族?」

 人の形こそ取っているが、大きく開いた口から覗く犬歯、間接が逆になっているような指行性を持った足。本で見たことのある魔族そのものだ。しかし魔族がかたどられている彫像というのは珍しい。ウチの屋敷の中にもいくつか彫像はあるけれど、魔族をかたどったものは存在していない。


 それにしても、精巧なつくりだ。写実的に作られた彫像は、筋肉の筋が読み取れるほどで、毛の1本1本も波立っている。今にも動きそうな、そんな印象を受ける。

 「建国の父、フィアンマ様と、相対する魔王ナイルです。これだけのものはそうありませんよ。」

 「なんで魔族も作ってあるの?」

 「ええとですね、これは魔族領域で制作されたものです。」

 その言葉は私にとっても相当衝撃的なものだった。

 「製作者も魔族ということ?」

 「そうです。……今でこそ魔族の脅威が減って、相手を侮る風潮すら生まれていますが、奴隷時代には魔族が人族を統治していました。わりと効率的な統治システムだったこともあり、後に人族国家が生まれた際も相当参考にされたと言います。帝国なんかでは今でもその名残が残っていますね。えー、つまりですね、魔族は文化的にも大変進んでいるものを持っているのです。魔族領域を探索する冒険者、あるいは戦争の戦利品などで時折こういったものが手に入る、といった次第であります。」

 「へー。」

 まじまじと彫像を観察する。長剣を振りかぶっているフィアンマの姿は凛々しい。


 「ん?」

 よくみると長剣の柄に何か刻まれている。小さすぎてよく見えない。こっそりと体内で魔力を練り、魔眼を発動する。この程度なら地脈のアシストが無くても大丈夫だ。


 あれ? この道にも地脈が通っているのか。案外どこでもあるものなんだな。


 それよりも、ズーム、ズーム。どうやら文字が書いてあるようだ。

 「ええと、”我が、友に、……これを、贈る”か。」

 「おお、お嬢さんはそれが見えますか。目が良いですなぁ。」

 「ずいぶん細かいのね。それにしても、製作者が魔族なら、なんで人族も一緒にかたどったのかしら。」

 「うーむ、それはいまだにはっきりとした理由が判明していません……。確かなことは、強者の最後の戦いを象ったものが多いということです。それこそ人族・魔族を問わずにです。」

 「なるほど。」


 これはなかなか良いものだ。フィギュアを集める趣味はなかったのだけれど、つい欲しくなってくる。

 「この手の魔族製作品を好んで収集する方もおられます。いかがですかな?」

 「それで、お値段は?」

 もったいぶった言い方をして、なかなか値段を言わないのは高くふっかけるためだろうか。

 「そうですね……、十万リラでいかがでしょうか?」

 十万リラ……っていくらくらいなんだろう。実はまだ金銭感覚がわかっていない。


 「メリー、どうなの?」

 そばにいたメリーを見上げて、尋ねてみる。適正な価格なのか、またそもそも買ってもいいような裁量が自分にあるのか。

 「値段はわたくしには分かりかねます。……お嬢様が欲しければ、購入してもかまいません。」

 へー、買ってもいいんだ。十万リラって聞く限りそんなに安いお金じゃないと思うんだけど。なら、少し交渉してみようか。


 「そう、でも買うのは止めとくわ。」

 「おや、気に入っていただけたと思っていましたが、高すぎましたかな? ある程度は勉強させて頂きますよ。」

 「そうね、十万は高すぎるわ。せいぜい一万がいいところでしょ。」

 売買がうまくいきそうだった予感を持っていた商人は、いきなりの価格交渉に戸惑う。しかしそれ以上に、小娘に鑑定眼を疑われるような言動をされて憤ったようだ。

 「馬鹿言っちゃいけません。こいつは西街に出してもこのくらいの値段は付きます。甘く見てもらっては困りますよ。」

 商人の言動を十分に吟味する。最初に怒らせるのは想定どおり、この怒りようなら原価ニ分の一はありえない。6……7……8……。


 「そうね、失礼したわ。6万ってところかしら。」

 この言葉に今度は商人が驚いたようだ。……何故か隣の商人も驚いている。

 「そ、それは……、」

 どうやら運よく一発成功したらしい。これでも多少下回っていると思っていたのだけれど、どうやら見くびって吹っかけていたらしい。

 ここは畳みかけるように追撃をするべきだ。

 「7万で手を打たない? 嫌なら、やめるわ。」

 これで駄目なら諦めよう。別に必要な物ではないし、交渉がまとまればめっけものだ。


 「…………わかりました。7万で手を打ちましょう。……失礼ですが、お名前を聞かせて頂いてよろしいですか? 私はサントと申します。」

 少し悩んでいたようだけれど、交渉は纏まったようだ。

 「グリレよ。グリレ・ビレ・エレアオーレ。」

 別段隠す必要もないのでサントさんに名を名乗る。身分をひけらかすようなのは好みではないのだけれど、果たしてサントさんはどんなリアクションをするだろうか?


 「………………」

 絶句しているようだ。へりくだられるよりはましだと思おう。

 サントさんが呆けている隙に、他の品物に眼を通す。ふと、眼に引っかかるものがあった。


 手を伸ばして取りかけて、なんだか後ろから視線を感じたので振り返る。

 「団長、あれ取って。」

 「はい、こちらですか?」

 雑用を言われても嫌な顔一つせず団長はソレを取ってくれる。

 「抜いてみて。」

 団長はその言葉を聞いて、柄に手を掛け、鞘から刃を抜く。


 ナイフ。それもサバイバルナイフと言ったものだろうか。20cmほどの刃はまっすぐと伸びた直刀で、先端部分は僅かに反っている。柄は木製で、持ちやすいように僅かに反っている。その上で握った時に指が吸いつくよう、3つの波が削り込まれている。


 かっこい~。いいわ~、コレ。


 「こちらをどうなさいますか?」

 団長からの言葉によりトリップしていた意識が戻ってくる。


 「ええと、」

 まずい、何も考えていなかった。と、そこで今朝のあの若い騎士の顔が浮かび上がってくる。

 「それ、ウィルにあげたらどう?」

 「ウィルにですか。……理由を窺っても?」

 「え。え~と、今朝頑張ってたし、少し意地悪しちゃったからそのお詫びに。」

 「そういうことですか。そうですね、割と良いものですし、ナイフは正式装備に3本含まれています。……既にナイフを持っていたかは知りませんが、少なくともこれより良い物を3本以上所持しているとは思いません。贈り物とするには最適でしょう。」

 「なら、サントさん。このナイフもおまけで付けてよ。」

 これ以上はぼろが出そうだ。早めにカタを付けてしまおう。


 「そうですな。そのナイフは3千リラほどするのですが……、よろしいでしょう。おまけします。」

 3千もするのか。ほいほい付けてもいいのかな?

 「御挨拶代わりとさせてください。今後、御贔屓にしていただければ幸いです。」

 どうやら本調子を取り戻したらしいサントさんは、笑顔を浮かべて買った物を包装してくれる。


 「ナイフは団長からウィルに渡してくれない? 私の名前は伏せて。」

 「お嬢様。お嬢様はウィルさんに好意をお持ちなのですか?」

 横からメリーが衝撃的な発言を投げかけてくる。

 「なんで? そんなこと一切ないよ。」

 多少は思うところはあるけれど、それは年下の後輩に対する応援程度のものでしかない。メリーはどうしてそう思ったのだろうか。

 「女性から男性に、名を隠して送り物をするのは好意を表すことになります。男性側はそれを受けて送り主を探し、突き止めると言うのが一般的なお付き合いとなります。」


 どこの風習だよ。知らないっての。


 「それは困るな。単なる送り物はどうしたらいいの?」

 「お嬢様の場合ですと、名を表明して褒美、あるいは下賜かしといってお渡しするのがよろしいかと。」

 「え~。なんだか面倒だね。……なら、団長からの贈り物って事にしてくれない?」

 面倒なことはなるべくパスしたい。頼りきりになってしまうが、団長に任せてしまおう。


 「お願い!」

 せめてもの、精一杯団長にお願いする。団長はそれを見て、しょうがない、といった苦笑を浮かべてナイフを受け取った。

 「わかりました。そういうことにしておきましょう。」

 メリーがサントに代金……ではなく小切手のような物を渡している。

 「まいどありがとうございました。またお願いします。」



 「お嬢様、今度はこちらの商品を見ていかれませんか!」

 商談が終わるのを待っていたのか、今度は隣の商人から声がかかった。それを合図にしたかのように、周囲の露天商が一斉に呼び込みを始める。


 「お嬢さん、こっちには綺麗な物がいっぱいありますよ!」

 「うちには魔族産の珍しい小物がいっぱいありますぜ!」

 「いや、うちが!」

 「うちにも!」


 「なんでいっぺんにこんな風になったの?」

 「お嬢様が良いお客様だと周囲に認識されたようですね。私も安心して見ていられますので、お好きなようにされて下さい。」

 メリーのお墨付きを得て、安心した。周囲の一変した形相に若干引きつつ、隣のお店の商品を覗いて行った。


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