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バッカナーレ  作者: 1さん
一人目
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02 世界

 雲ひとつない満天の夜空。数え切れないほどの星々が小さいながらも自己主張しようと懸命に光っている。まばたきをせず、じっくりと夜空を眺めれていれば、星々が寄り添いあうように密集し、またそれを包み込むように薄く淡いガスのようなものが存在しているのに気がつくことが出来るだろう。そうした光の粒とガスが、西の地平から東の地平まで、天に橋を架けるように線を結んでいる。ミルキーウェイ、日本名で呼ぶならば天の川。


 しかし、星座に詳しい者がいれば星の配置が全く違う、いや見覚えのない星ばかりに戸惑うに違いない。地球ではない、魔の法と怪物の闊歩する世界、マージアの大地と空。世界は変われど、星空は地球のものと同じように美しい。星々の美しさを応援するかのように、空間を満たす気紛れな大気が身ぶるいを起こし、空気の揺らぎとなって星々を瞬かせている。



 眼下に広がる、人族の都。石と木を積み上げて造られた、荘厳な白く輝く王城。王城を取り囲むかのように広がっている城下町からは、夜警のための僅かな篝火かがりびが立ち上っている。城門から中央広場の噴水に繋がる大通り、その道に面しているいくつかの家から、照明の光がこぼれている。中からは時折喧騒の声が聞こえ、静寂な夜の闇に掻き消えていく。

 決して安くはない照明をふんだんに使い、部屋を照らしてやっていることが何と言うと、ただの酒盛りである。酒を飲む人々の口から、景気の良い話と笑い声がこぼれるのは、この都がいまなお繁栄していることを証明していると言えよう。


 城下町をさらに取り囲んでいる城壁は、分厚く、また高い。王城と同じ白に染め上げられている城壁からは、一見すると儀礼的なものを感じる。しかし、城壁の上で歩哨ほしょうにあたっている兵士からは、ひとりひとりから熟達をおもわせるほどに統制がとれ、隙が見当たらな。また見るものが見れば、この城壁がたんなる飾りでなく、実戦を経ている獰猛さと圧力を感じ取れるだろう。東南にソルータ帝国、北に大森林、そして西に魔族領域を接している武威の国。これが、エレアオーレ王国が誇る王都、タディスの夜の顔である。



 王城の西門から下ってすぐの場所、放射状に分かれる道の分岐点手前に、ひときわ大きい屋敷が目を引く。周りは単なる箱型の屋敷なのに対して、その屋敷だけロ型で中庭を有している。通りに面していない四角の頂点には、他の屋敷の屋根までの高さ、ゆうにその倍はある尖塔がそびえ立っている。分かれた道のどこからでも見ることのできる特徴的な尖塔は、この都に害をなそうとする不埒者から見れば、ひどく攻撃的に思えるだろう。

 そんな街中にある砦の機能を持った屋敷も、今は灯りを持たず、眠りについている。



 その屋敷の部屋の一室、普段は暗闇に満たされているはずだが、今夜は星明かりに照らされてうっすらと光が透っている。ゴソリ、と布ずれの音が、ほんの少し響いて消えていく。正門大通りの酒場の喧騒も、ここまでは届いてこない。自らの鼓動の音すら聞こえそうなほど、静かな空間だった。


 天蓋付きのベッド。薄くカーテンがかかっているベッドの中に近づけば、規則正しい寝息が聞こえてくる。時折身じろぎして、布ずれの音が部屋に僅かにひびかせている。ベッドのカーテンを空けて覗いてみれば、そこには一人の幼い女の子が眠っていた。

 ふっくらとした頬は血色よく、滑るようにつややかだ。頬へとつながる唇は、濡れたように淡い光を湛えている。大きな瞼は眠りに閉じられているが、夢を見ているのか時折ピクリと動く。10人、ひとがいれば、9人は見惚れるであろう、可愛らしい女の子がそこにいた。そしてなにより、その女の子が湛えている母親譲りの艶のある金髪は、モノクロの夜の世界で燦然さんぜんと輝いている。背中の中頃まで伸びている金髪は、女の子に神秘性すら与えていると言っても過言ではない。


 「う~ん……。」

 女の子が右手側、部屋の奥に向かって寝返りをうつ。肩口から溢れた髪が、重力に従ってさらさらと流れていく。寝返りをうったせいで、背中側の掛け布団がめくりあがってしまい、ネグリジェを纏った、肩口からヒップまでのラインが露わになってしまう。

 未だ幼児といって差し支えない女の子は、寸胴型で細く小さい。肩幅はほとんど頭の幅と変わらないようにすら思える。肩口からは、ぷにぷにとした肉付きのいい腕がくっついていて、両の手は握手をすると潰れそうなほど小さくて儚い。


 女の子は眠り続け、やがて夜が明ける。

 空はゆっくりと白んでいく。天で輝いていた星々は、白く染まりつつある天に塗りつぶされ、その姿を消していく。朝の訪れに小鳥がさえずり始めた、その声が部屋の中へと届きだす。やがて地平の向こう、といっても部屋から見えるのは城壁だが、の奥が一段と白くなった。世界が一瞬白に満ちたと思った瞬間、城壁と天の境目から太陽がゆっくりと姿を現した。



 「失礼します。」

 扉をノックして、メリーが部屋へ入ってきた。手には洗顔のための手桶を持っている。それをベッドの脇にゆっくりと下ろし、未だ眠りから覚めない女の子を眺める。ぼうっと1分以上女の子の後姿を眺め続け、いつの間にか伸びた手が女の子の頬に触りそうになり、そこでやっと我に返ったようでビクリと手が止まった。

 恐る恐る、伸ばした手を元に戻し、仕事を思い出し未だ閉じたままの窓へと歩む。留め金を外し、はめ込み式の窓を力良く空ける。その瞬間、幾分冷やかな外気が部屋に流れ込み、女の子の背中に到達したのかわずかに震えた。大きく開いた窓から朝日が差し込み、ごそり、と後ろのベッドから音がして、メリーは女の子が目を覚めたことを知る。


 「おはようございます。グリレお嬢様。」

 メリーは振り返り、礼を正していつもの朝の挨拶をする。

 女の子は寝ぼけ眼をこすり、小さく欠伸をして挨拶を返す。

 「おはよう、メリー。」


 私の、6歳の誕生日の朝だった。


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