01 獣3
一筋の流れ落ちる雫のように、ただひたすらまっすぐな道。舗装はされていないが、しっとりと朝露に濡れた路面は赤子の肌のように滑らかで、踏みしめるものを優しく受け止める。
行き交うものへの慈しみが溢れている、そんな道なのに、頭上を覆う枝葉の影により空間は黒く染め上げられ、どこか冷たく誤解されてしまこともままある。あるいはこれに些少の木漏れ日があったのならばだいぶ印象も変わったのだろうが、あいにく空は分厚い雲に覆われているせいで、もともと暗い道が今はなお黒い。
左右に広がる鬱蒼とした樹木の隙間からは、得体の知れない闇が穴をあけて見るもの怪しく手招きしている。そんな樹木が左右から圧迫感を持って迫ってくるため、大の大人が両の手を広げて二人並んでもなお余裕あるはずの道が今は狭く息苦しい。
ここはどこだろう。
森林街道は日本にもある。だが日本のそれは山脈を縫うように右へ左へと道が曲がりくねっている。それに比べればこの道は果てしなく直線で、平坦だ。北の大地ならばこういった道もあるのだろうか? そんな疑問を確かめるすべはもう無い。
はるか遠くまで見通せそうなのに、前も後ろも薄暗いせいで何も見えない。出口の無いトンネルにただ一人、
俺は突っ立っていた。
光からも拒絶されたような空間に、ぽつんと漂っていた。
静かだ。
いつからか風が凪いでいるため、木々がざわめく音も静まりかえり、蟲たちは息を潜めているのか鳴く声もまったく聞こえない、まさに無音。時間からも拒絶されたような――――いや、何か聞こえてくる。
……ハッ……ハッ……
獣の呼吸音が一つ、どこからか窺うように遠くから聞こえてくる。聞こえてしまえば、他に音のしないこの場において、いやでも意識はそこへ注目してしまう。呼吸音は荒く、近付いて来るように音は高まっていく。
……ハッ、ハッ、……ハッ、ハッ、……
たまらず周囲を見渡すが、獣の姿は見えない。じりじりと音はさらに近づいてくる。獣の姿は、まだ見えない。足音は聞こえないのに、呼吸音だけがはっきりと聞こえる。気のせいだろうか、獣の生臭さが鼻につく。
ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、
音が近づいて、近づいて、耳元に囁くように聞こえて、やっと獣の正体に気がついた。獣は最初からすぐ近くにいた。
いまそこに横たわる、一人の男をナイフで刺し殺した、生存本能を燃え上がらせた、俺と言う獣が。
ああ、そうか。思い出した。ここは日本などではなく、俺も今は日本人では無かった。世界から取り残された気分になっていたが、それはとんだ勘違いだ。むしろそうであれば、どんなに良かったことか。
取り残されるなどと、そんな生易しいものではない。なぜなら、世界は異分子たる俺を排除しようとしているのだから。