「終わりの始まり」
「おはようございます、お父さん」
休日の朝、起きてみると何時ものように朝食の準備をしている咲耶の姿があった。
「……んっ、おはよう」
目を擦りながら起き上がる。
視界がはっきりとして目が覚めれば、私服を着た咲耶がいた。
ピンクをくすめた色、確かグレイッシュピンクという色のワンピース。
胸の部分には大きいながらも目立ちすぎないリボンが実に咲耶の清楚さを押し出している。
記憶が正しければ去年の売れ残りのバーゲン品で980円の品らしいが、咲耶が着ると高級ブランドの服に見えてしまうのは親の欲目という物なのだろうか。
そんな服の上に何時ものエプロン纏い、手にはフライパンを持っていてふんわりとした卵焼きの匂いが漂ってくる辺り朝食の準備中だったらしい。
寝過ごしたのかと思って、時計を見れば七時。
何時もよりかは遅いが休日の朝にしては早い。
「まだ、眠いのなら寝てても大丈夫ですよ?」
「いや、もう起きるよ。
しかし、咲耶は早いな。
休日の朝なんだから、もう少し遅く起きてもいいんじゃないか?」
髪が少し濡れている辺り、お風呂にも入ったのだろう。
長いし乾いた時間も考えれば、たぶん何時もと同じ時間に起きている。
「慣れなんでしょうね、何時もと同じ時間に目が覚めてしまうんです。
だけど、早起きは三文の徳ですよ。
お陰でお父さんは起きてすぐに暖かい朝ごはんを食べられるじゃないですか?」
卵焼きが焼きあがったのか、盛り付けに入っている。
「それは俺の徳であって、咲耶には徳が起きていないと思うのだけどな」
お据え膳だが、用意された方の椅子に座った。
そもそも狭いアパート、変に動いて何か打つかって失敗するよりかは任せておいた方が良い。
「料理を振舞う立場としては、出来立てに食べて貰うのが最高の幸せなんです。
その出来た丁度にお父さんが起きてくれたというのは、十分な徳だと思いませんか?」
笑ってそう言う咲耶。
本当に良い子だ。
「じゃあ、その早起きの徳を頂くとしようか」
「はいっ」
そう言って、自分の分も持ってきて座った咲耶と共に朝ごはんを食べた。
心無しか何時もより美味しい気がする。
山下の奴が愛情が一番の調味料と言って新婚当初の焦げた物でも美味しそうに食べていた辺り、愛情じゃない「徳」にも物を美味しくする効果があるのかもしれない。
さて、今日はその貰った「徳」の分を返せればいいのだが。
禁忌のナルコティック 第0段階 「終わりの始まり」
食事を食べ終え、着替え終わり準備も済むと俺達は外に出る。
駅まで歩いていると、一歩を離れて隣を歩く咲耶が俺に喋りかけてきた。
「こうやって、お父さんと出掛けるのは久しぶりですね」
「そうだったか?」
「そうですよ、前にした買い物は二月の時じゃないですか。
覚えていませんか?」
……確かにそうかもしれない。
今は五月、約二~三ヶ月ぶりの一緒の買い物だ。
昔は灯油のストーブを使っていたから冬は毎週のように出掛けていたが、電気に買い換えてからは減ったので余計にそう感じるのだろう。
「あぁ、そうだったな。
しかしそうなると、どれだけ俺は引きこもりだったのやら」
この年代になって、友達と遊びにいくなんて事は滅多にしない。
つまり、家で趣味の読書を永遠としていた訳だ。
我ながら、なんて不健康。
咲耶を引き取っていなければそんな生活を俺は永遠と続けていたのかもしれない。
一人だけで暮らすならば、適当にネットスーパーで取り寄せていただろうし。
「でも、こうやって出かける時に言うべき言葉ではないですけど、やっぱり家が一番だと思いますよ。
私も一緒に引きこもっていた訳ですし」
そういえば、咲耶もよく考えれば俺と出掛ける時以外は殆ど外に出ない気がする。
休日は大抵、二人揃って書斎(本の倉庫と化した元俺の部屋)で寝転びながら一日中読書に耽っているのだ。
確か、咲耶が休日に出掛けたのは一月前のクラスのお別れパーティとかだけだった気がする。
「自覚しているのなら外に遊びにいってこい、引きこもり娘。
子供は風の子、若い内しか出来ないんだぞ、友達と遊ぶっていう事は」
俺も咲耶の本当の父に連れられて、夜に施設を抜け出して遊びに(無理矢理)連れていかれた事がある。
あいつの嫁さんには聞かせる事が出来ない、やんちゃも結構していた。
今、考えるとアホな事をしたもんだと思うが、色々と経験にはなったのだ。
そんな俺の笑いながらの忠告に咲耶は苦笑しながら、返してくれる。
「フォローをしたつもりだったんですけどね。
相変わらず、お父さんはその話題が好きで困ります」
「まぁ、経験があるからな。
子供に自分がした後悔をさせたくはないという老婆心という奴だ」
そんな他愛も無い話をしながら、俺達は駅につき電車に乗った。
乗った駅から、二駅ほど離れた駅に着く。
この路線では珍しい二つの鉄道が通る大きな駅だ。
駅前には誘致した市長自慢の物凄い大きなショッピングモールがある。
鉄道圏内の人だったら、休日に遊びに行くといったら、誰でもここだと分かる有名な場所。
休日らしく、何時もよりかなり多い人を感じながら咲耶と共に歩く。
「今日の買う物はこれで全部か?」
渡されたメモに書かれていた物を確認して、問いかけた。
「そうですけど。もしかして多かったですか?」
「いや、むしろ少ないと思うぐらいだから気にするな。
じゃあ、終わったら何時もの場所で」
「はい、では」
そう言った咲耶は俺から離れて、別の所に向かっていく。
買い物なんだから、二手に分かれて買っていった方が効率が良い。
今更迷子になるなんて事はありえない。
それに女性しか入れない店での買い物が咲耶にはあるのだ。
さて、俺もとっとと買いにいくとしよう。
◆
「大体、これで全部か?」
両手に抱えた荷物をずっしりとした重さを感じながら、ベンチに座りメモを見て呟く。
いやはや、咲耶の下調べは本当に凄い。
まさか、金物フェアだとあんなに鍋やフライパンが安くなるとは知らなかった。
最初にフライパンとか鍋やらの品目を見た時は、こんなモールで買うよりかは地元の方が安いと思って疑問に思ったが、総計で定価の70%offという価格崩壊。
正直、もう一セット買ってもいいぐらいだと思える程に良い買い物だ。
「…………」
財布に入れておいたメモとレシートを確認していく。
金物セットにガスボンベ、得々詰め替え調味料……。
……よし、買い忘れは無いようだ。
後でレシートは渡すのでメモと一緒に財布の中に突っ込むと、そのままベンチにもたれかかる。
「…………ふぅ」
重い荷物を持っていた所為で張っていた筋肉が緩んでいく。
さすがに年を取ったな、俺も。
昔なら、こんな休憩をしなくて済んだのだが。
まぁ、後二年で俺も四十。
最近はお腹周りもちょっと気になっていたし衰えてきたのだろう。
ぼんやりと身体を休めながら、時計を見る。
十一時半、実に中途半端な時間だ。
いつもは十二時に集合して、お昼を買うか食べるかして帰るのだが三十分という時間はぼーっとするには長いが、何かをする、俺の場合だと本屋で立ち読みをするには短すぎる。
悩んでいる所でどうしようも無く、息を整えながら適当に行きかう人々を眺めていると、一つ物に意識を引っ張られた。
『第三問、ワシントン条約(CITES)が採択されたのは何年?
一、1971年 二、1972年
三、1973年 四、1974年 』
「ねー、タク?ワシントン条約って何か分かる?」
「分かるわけねーじゃん。んー、1じゃね?」
目が付いたのはゲームセンターの中にあったクイズゲームの筐体。
三台ぐらいが横並びになっており、俺が見えるのはその最前列に座る若いカップルの姿だった。
……いや、馬鹿なのか、こいつら?
ワシントン条約を知らないって。
しかも正解は一じゃなくて三だ、馬鹿野郎。
当然の如くブザーのような音が鳴って、間違いだと知らされる。
勿論、それで終わりという訳ではなく、次の問題が出される。
『日本標準時子午線があるのは東経何度?
一、120度 二、125度
三、130度 四、135度 』
「「?」」
相変わらず、間違いを続けるそのカップル。
実に見てて歯がゆい。
ちなみに正解は四だ。
何と言うか他人が出来なくて自分に出来る物があると我慢が出来ないのだ、特にこういうクイズ形式なんて物は。
自分ならこんな間違いはしないという意識がどうしても出てしまう。
以前にそれで咲耶が解いていたクロスワードを後ろから覗き込んで、答えを言ってしまったが故にちょっと不機嫌にさせてしまった事があるのだ。
見ていると、当然のように予選とやらで敗退をしてしまったカップル。
色々と二人で話ながら、彼らは立ち上がり筐体が空く。
「…………」
時計を見れば、三十分は集合時間まである。
いざとなれば、途中で切り上げればいいだけの話か。
荷物を持ってそのクイズの筐体の座り、筐体に財布から取り出した三百円入れる。
すると、現われる色々な設定画面。
適当に全てを決めて待っていると、準備が終わったらしく画面が代わりゲームが始まる。
対戦ゲームらしく、他の対戦者の名前が出ていく。
俺の場合は専用のカードとかは買っていないのでゲストとだけ表示されたキャラクターがそうらしい。
周りは名前付きばっかりで寂しく思うが、まぁ一回きりなので別に構わない。
「…………」
まず最初に出てきたのは○×問題。
正直、学問はどれも高校教養レベルに留まっているので間違いは一つも無いのだが、なんだこのエンターテイメントとかいう問題は。
映画の主演の名前はこれで正しい?とか言われても分からない。
他にアニメやスポーツ、生活(家庭)問題も壊滅。
マイナースポーツ選手の名前や、まして外国のサッカーチームの選手なんて分かる筈が無いだろう。
「…………」
とりあえず、取れる問題だけは確実に拾っていく。
分からなかったら、適当に。
「…………」
「…………」
よし、何とか予選一回戦は突破。
しかしギリギリだ。
読書が趣味なだけあって雑学系も取れていたお陰だろう。
予選二回戦目の勝ち残りは少し厳しいかも知れない。
さて、数人の脱落者が決まってからの最初の一問目。
「…………」
「…………」
……これは終わったかもしれない。
生活分野で家庭用洗剤の値段の安い順とか分かる筈が無いだろう。
諦めて、手を膝に置いてしまう。
「この順ですよ」
聞きなれた声が後ろから聞こえる同時に白いほっそりとした手が伸びる。
その手は四個ある選択肢を素早く選んでいき、回答ボタンを押した。
制限時間ギリギリであまり点数は入らなかったが、正解のマークが出る。
「さ、咲耶!?どうしてここにっ!」
後ろを振り向くと笑みを浮かべていた人物に思わず声が裏返る。
「それは後で説明します。
それと、ほらお父さん。次の問題がもう出ていますよ?」
そこには俺の得意そうな次の問題が既に表示されていた。
状況は分からないが折角、咲耶が正解させてくれたのだ、これも正解させなくては。
『世界で初めて宇宙飛行を成功させた人物は、ソビエト連邦の 』
「ユーリ・ガガーリン?」
後ろから咲耶の声が聞こえる。
確かにそうだが、このゲームはひっかけが結構あるのだ。
『ガガーリンですが、初めて地球軌道を周回した犬の名前はなんでしょう?』
案の定、ひっかけだった。
すぐさまにパネルでライカと打つ。
なんとなく、名前を予想して準備をしていたので一番最初に答えを出す事が出来た。
まだ、次の問題が出題されるまでは時間があるので、後ろ振り向いて問う。
「で、何でお前がここに?」
「早めに買い物が終わったので集合場所で休んでいようかと思ったら、お父さんの姿を見つけてしまって」
地図を思い浮かべれば確かにおかしくは無い。
集合場所であるフードコートに近いからこそ、俺が休んでいたのだ。
あそこは物を買わなくては、座っていられない。
だから、咲耶も俺と同じで近くのベンチで休むつもりだったらしい。
その場所を探していたら俺を見つけてしまったという感じなのだろう。
「分かったが、何時から見ていたんだ?」
「予選突破という画面でお父さんが嬉しそうにガッツポーズをしていた時でしょうか」
少し微笑んだ感じで告げてきた咲耶。
あぁ、一番見られたくない恥ずかしい姿を見られてしまった。
年甲斐もなくゲームで勝って露骨に喜びを露わにした姿を見られるのはさすがに恥ずかしい。
「あぁ、分かった、分かった。
出来れば、今日の内に忘れてくれると嬉しいよ。
っと、もうそろそろ次か。
で、どうする?お前も参加するか?」
大きめの椅子を半分程空けて、そう問う。
まだ予選二回戦、長く続くだろうし立って見ているよりかは座っていた方が楽だろう。
「では、お言葉に甘えて」
隣に座って来る彼女。
二人で協力して問題を解いていく。
教養系ならば俺が、生活や芸能系ならば咲耶という形で。
『スウェーデン王国の君主、「北方の獅子王」 ことグスタフ・アドルフの宰相はアクセル・○○○○○○○○?』
前までの食事に関しての問題を答えていた咲耶が手を離し、俺が答えていく。
オクセンシュルナ。
数秒の後に全員回答が出揃うと、正解の音が鳴り、トップでは無いが二位で予選二回戦を通過した事を結果を示していた。
うし、これで準決勝進出だ!
「やったぞ、咲耶!準決勝だ!」
「はいっ!」
隣で笑顔を浮かべる咲耶とハイタッチして、喜びを分かち合う。
正直、一人ではここまで来るのは不可能だった。
精々頑張れたとしても予選二回戦で落ちていたに違いない。
咲耶と共同したからこその結果。
もしかして、これなら優勝出来るかもしれない。
そんな期待に溢れた準決勝が始まった。
「…………」
「…………」
――――その三分後には、俺達はものの見事に敗退していたが。
丁度、ドベから二番目なのでブービー賞と残念そうに俺達のキャラクターは言っている。
さすがに芸能、アニメ、スポーツという俺達親子の苦手分野を連続で出されては無理だった。
幾ら、芸能が「常識」程度に出来る咲耶とはいえ、最近のアニメは分からないし、ましてやスポーツはな。
「……もう一回しますか?」
タイトル画面に戻った状態で咲耶が俺の方を向いて言う。
「……やめておこう。
また同じ終わり方をしたら笑うに笑えない」
「……そうですね」
そう言うと、俺達は荷物を持って外に出た。
……家に帰ったら、このゲームの問題の分からなかった所を調べておこうと誓って。
◆
「しかし、惜しかったな。
あそこで自然科学の問題になっていれば俺達が勝ち残れたのに」
「ですね、学問分野だったら、お父さんの一人勝ちだったようですし」
「そういう咲耶だって、文学分野は一人勝ちだったじゃないか」
センターの外に出て、昼食を食べた後の帰り道。
ふと、話題の中でクイズゲームの話が出て互いの健闘を称えあっていた。
実際に得意分野では敵無しだったのだ。
「まぁ、終わった事を何時までも言うのは男らしくないし、ここまでしとくか」
「その場合だと、私は何時までも終わった事を言わなくてはいけないんですか?」
笑っている辺り、そこまで深い意味は無いのだろう。
そんな咲耶に俺は少しだけ真面目な顔になって言う。
「んー、言い続けるというよりかは覚えていてくれると嬉しいよ」
「?」
疑問の表情を投げかけてくる咲耶。
そんな彼女の頭を空いている手でワシャワシャと撫でながら説明をする。
「咲耶のお父さんになってから色々と迷惑をかけてきたからな。
大人になっても思い出せるような楽しい思い出を一つぐらいあればと思うんだ」
死ぬまで悩み続ける事と諦めているが、彼女の笑顔を見る度に思う問いがある。
俺が咲耶を引き取った事は本当に正しかった?という問い。
実際に俺の教育と環境で小学生にして主婦になってしまうという「歪み」を作ってしまったのだ。
その「歪み」が俺以外の誰か、出来る事ならば未来の夫の手で解消された時、彼女はきっと自分の若い十年の時を後悔するだろう。
十代という人生の中で最も楽しい薔薇色の時期を家事だけして、父に奉仕し続けた記憶が殆ど。
幾ら「歪み」を抱えながらも良い子に育った咲耶とはいえ、心の何処かではきっと後悔する。
だから彼女が死ぬ前の一瞬でもいい。あぁ、こんな楽しい事もあったなと自分の人生を肯定出来る思い出を俺は咲耶に覚えていて欲しいのだ。
撫でられていて頭を上げ、咲耶は喋る。
「……そんな事を言わないで下さい、お父さん。
迷惑なんて一度も思った事はありませんよ。
お父さんと過ごした思い出は皆、楽しい思い出です。
……私の一生の宝物ですから」
最後に儚げな、少しだけ違う感情が込められた笑顔を浮かべる。
それは記憶に焼きついた物で、俺には向けられなかった表情で、アイツに向けていた顔。
――でも違う。全然に違うのだ、俺だけは絶対に分かる。
だって、それは俺の娘の西條咲耶の物だから。
気がつけば何もかも全てを奪われていた。
さっきまで抱いていた親としての考えなんて、もう脳の何処にも残っていない。
抱きしめたいッ!そんな衝動が身体を瞬く間に支配していこうとする。
「……お父さん?」
「っ!?」
しかし、その衝動は寸前で彼女の声によって止められる。
お、俺は今、何をしようとしていたのだ!?
見れば片手をもう片方の手が押さえつけている。
思わずその手で思いっきり自分を殴りたくなったが抑え、笑みを浮かべて咲耶の頭を小突いて言う。
「痛ッ!」
「アホ、そういう言葉は未来の為に取っておけ」
顔は何時もの笑みを浮かべているが、その裏では動揺が続いている。
未だに心臓がバクバクと高鳴っているのが分かるのだ。
それを誤魔化すように喋り続ける。
「今、こんな場所で言うより、結婚式とかで言ってくれ
たぶん、ボロ泣きするだろうしな」
願望でもある。
咲耶が結婚する時には、こうやって見る事もない筈だ。
素直な意味で泣けるだろう。
「…………結婚式ですか。
生憎とそういう事が出来る相手が今の所、まったく思いつかないんですけど」
少し沈みこんだ顔をして答える咲耶。
「何、心配するな。いずれお前にも出来るさ。
とんでもない美人で、しかも性格も良いんだ。
きっと、幸せにしてくれる奴が現われるよ」
ポンポンと落ち着けるように、頭を撫でて言う。
今、言った言葉は自分への戒めでもある。
そう、俺は父親。こいつを「歪み」から解き放って本当の意味で幸せにする男が世界の何処かにいるのだ。
「…………」
無言のままの咲耶。
理由はわからないが、落ち込んでいるのは分かる。
まったく、本当に俺は駄目な奴だ。
折角、楽しい思い出で終わる日だったのにこんな風にさせてしまうなんて。
「っと、湿っぽい話はここまでしておこうか。
まぁ若いんだ、ゆっくりと考えればいい。
それにお前の結婚式より、俺の結婚式の方が早いかもしれないしな、ははっ!」
「え?……お父さん、結婚……えっ?」
驚愕した顔で見てくる咲耶。
そんなに、驚かれるとは。
「別に今すぐって訳じゃないから、そんなに驚かないでくれ。
そもそも、俺に恋人がいないのは知ってるだろう?
咲耶が独り立ちしてからの話だから、心配しなくていいさ。
……っと着いたな、商店街で買っていく物は」
俺は咲耶から視線を外してメモを見る。
そこには帰りの商店街で買う物が書かれていた。
「ん?どうした咲耶。荷物が重いのか?」
メモを見終わった後に、なぜか後ろに立ち止まっていた咲耶に声をかける。
「……大丈夫です、ちょっと靴が脱げかけていただけですから」
「変わらない」笑顔を見せる咲耶。
笑顔で走りよってきた彼女の事を心配しながら、再び共に歩き始める。
――その距離が一歩、近くなっていた事に俺は気づかなかった。
友人に聞かれた質問シリーズ
Q,ヤンデレとメンヘラの違いは?
A、愛
一ヶ月後ぐらいに第1段階をまた纏めて投稿します。
全部五話を予定。