03 嗅覚
たぶんR15くらいだと思います。
荒い吐息に混じって姉ちゃん、姉ちゃん、とうわ言のように繰り返しながら、しつこいくらいねちっこく責められた。
帰ってきたばかりで今は汗臭いからやめろと怒った言葉は当然スルーされ、それどころかわざと嗅いで回って鼻を擦りつけては悦んでいた。
コイツに変な嫉妬をさせてはいけないと身に沁みてわかった出来事だった。
そして、わたしは学校を休むはめになった。
朝起きてわたしがうまく立てなかったのをヤツが見ていたのだ。
階下での、体調が悪いみたいとか心配そうな声が聞こえて、どの口がそんなことを白々しく言ってるのかと怒りが湧いた。
昨日のねちっこいのに加えてヤツに早朝から1回襲われたせいでこうなっているのに。
まぁ、薄くなったとはいえ痣のこともあるから微妙なところだけど・・・
ベッドに寝転んだまま左腕を見てため息を吐いた。
そのとき、コンコンとノックの音がして少しだけ扉が開く。
「すぐ帰ってくるから・・・」
扉の隙間から少しだけ顔を覗かせ、心配げにこちらを窺っていたがふと逡巡するように視線を下げた。
時間にしてわずか一秒、いや一瞬。
すぐに廊下の左右を見回して部屋に入ってくると扉を閉めた。
数歩でベッドに近寄ってきて膝をついて覗き込み・・・
あ、やばい。これは、と思ったところで簡単に捕まってキスされた。
開けまいと思っていても軽く鼻を摘まれ、息苦しさに開いた隙間に舌が捻じ込まれる。
またこれー!?
いってきますのキスならもっと可愛くやりなさいよー!!
息も絶え絶えの中、最後に思いっきり舐め上げて微笑むとヤツはやっと登校して行った。
はらはらと散りゆく桜が綺麗だった。
「あの、これから姉さんって、呼んでいい?」
じっと見つめてくる黒い瞳に、気づけば囚われたように頷いていた。
あの日の、まるで犬ころが慕うような素直な眼差しが可愛かった・・・
ピンポーン、と鳴ってぼやあっと目が覚めた。
あーあ、あの頃はヤツも可愛かったな・・・
そんなことを思いながら二階用のインターホンで応答する。
「・・・は、い・・?」
扇風機をつけて寝てたからか、のどがいがいがして上手く喋れなかった。
『あ、悪い。寝てたか?俺草川だけどプリント持ってきたんだ。今大丈夫か?』
「うん。ちょっと待ってて・・・」
自分の格好を見下ろして短パンの上にスカートをはく。
Tシャツの下のブラを直しながら階段を下り、いがいがするのどにお茶を流し込んでから玄関へ向かった。
玄関のドアを開けるとスポーツバッグを肩からかけた草川改め爽川君が立っていた。
「わざわざごめんね?」
「あ、いや、俺も昨日のこと、ちょっと謝りたくて・・・」
昨日?
何か爽川君に謝られるようなことあったっけ?
「ほら、俺、昨日体調悪そうだったの気づいてたのに、あのとき保健室までちゃんと連れて行っとけば今日は休むこともなかったんじゃないかと・・・」
爽川君は爽やかで優しかった。
これなら学校での人気ぶりも頷けるというものだ。
「あの、これは昨日のとは全然関係ないから気にしないで?」
根源は昨日のと繋がってるけど、そのことを爽川君に言っても仕方ないし。
それよりできれば忘れてほしかった。
「そか?なら・・・あ、これプリント。進路についての。」
バッグの外ポケットから出されたプリントを受け取り流し読む。
「うん、ありがとう。あ、ここまで遠かったんじゃない?ごめんね。」
爽川君の家は知らないけど、たしかこっちと反対だったと・・・以前爽川君のことを根堀り葉掘り調べてたクラスメイトがそう言ってたような気がする。
「いや、ついでの用事があったから遠回りじゃないよ。じゃ、また学校で。」
「うん、ほんとにありがとう。また学校で。」
爽やかに去って行く背中を見送り、玄関のドアと鍵を閉める。
プリントを持って部屋に戻るとプリントを机の上に置いてスカートを脱いでから再びベッドに寝転んだ。
ふとのどが渇いて目が覚めた。
ぺったらぺったらと一階に下り、冷蔵庫から缶ジュースを取り出す。
冷えた缶ジュースを飲み干して分別ゴミ箱に空き缶を捨てていると玄関の鍵を開ける音が聞こえた。
時計を見ればまだ4時前だった。
今日はやけに早い。
部活はどうした。
そう思って廊下に顔だけ出して玄関を見る。
ドアを開けて入ってきたヤツは、靴も脱がずに顔を顰めてあたりを見回した。
「誰か来た・・・?」
玄関でくんくんと鼻を動かしあたりを見回してる姿は犬みたいだ。
特に何もなかったし爽川君が来たことくらい言わなくてもいいでしょ。
「別に誰も・・・」
「この匂い、近所の人じゃない・・・誰が来た?」
“誰か来た”から“誰が来た”になってる・・・
でも爽川君、そんなに残るほどの匂いとかしてなかったと思うんだけど。
「30分くらい前にそぅ・・・クラスメイトがプリントを届けに来てくれただけよ。」
爽川君と言いかけてやめた。
昨日を思い返せばろくなことがなかったから。
「姉ちゃんのクラス、この匂い・・・・・あいつか。」
えー!断定された!?
爽川君、断定されたよー!
まったく、アンタの嗅覚はどうなってるのよ?
呆れてため息を一つ吐き、玄関にヤツを残したまま自分の部屋に戻った。