01 崩壊
うららかな春のある日。
わたしに高1の弟ができた。
母親が再婚してできた弟は、こっちが落ち込むほど―――美麗だった。
すらっとした体つきに長い足。
明るい栗色の髪はツーヤツヤのサーラサラで、ちょっぴり目尻が上がったぱっちり二重の黒い瞳はキラキラしてた。
まだ成長途中なのか少し背が低かったけど、平凡なわたしとは違うそのあまりに整いすぎた顔立ちに、これからの未来を想像して泣きそうになったのを覚えてる。
あれから三ヶ月。
想像通りの未来にわたしはげっそりしていた。
高校からの帰り道に唐突に呼び止められるのなんて日常茶飯事。
「先輩!これ、弥生くんに渡してくださいね!絶対ですよ!」
可愛く脅しておいて、笑顔で走り去る年下らしき他校の女子高生を見送る。
押し付けられた手の中のクッキーらしき包みを見て小さくため息が出た。
左手の紙袋にはもう入りそうにない。
仕方なくコンビニの袋に放り込んで手首にかける。
もうすぐ夏休みだからか今日は収穫が多いなー、そんなことを考えながら暑い日差しの中、ふと傷みやすいものがないことを願った。
誰もいない家に入ると手洗いとうがいをしてから冷蔵庫を開ける。
紙袋とコンビニの袋から食べ物らしきものを選って突っ込み、ついでに出した麦茶をコップに注いでから麦茶を戻して冷蔵庫を閉めた。
ごっくごっくと飲み干してぷはーっと一息つく。
コップを軽く濯いでテーブルの上に置くと、のろのろと二階に上がって自分の部屋を開ける。
むわっとした熱気に顔を顰めながら、机の横に鞄を置いてカーテンを閉めると高校の制服を脱ぐ。
制服はくしゃくしゃにならないようにハンガーにかけてから着替えを持って、またのろのろと洗面所に向かう。
シャワーで汗を洗い流し、雑に拭いてからパンツとTシャツだけ身につけてさっさとリビングに入ると扇風機をつけてTシャツの裾から風が入るようにちょっと持ち上げた。
あ゛ー、きぼぢいーーー・・・
ほべべべべと風を受けて5分くらいそうしてたと思う。
あ、と思い出して自分の部屋に上がって鞄を開けた。
―――これ、あなたの弟さんに渡してくれる?
クラスのアイドル的存在の彼女から受け取ったブツを見る。
食べ物だろうか?食べ物だった場合、この室温は危険だった。
コンコンと小さくノックしてからそっと扉を開く。
北側だからか、わたしの部屋のようにむわっとした熱気はあまりなくてちょっと羨ましくなった。
「おじゃましまーす・・・」
小さく呟きながら恐る恐る侵入する。
下の冷蔵庫はもう一杯だったがヤツの部屋にも小さな冷蔵庫がある。
これが助かるにはそこに入れておくしか道は無いのだ。
決死の覚悟で綺麗に整頓された無機質な部屋の奥まで進む。
容量の小さな黒い冷蔵庫の前にしゃがみこみ、そっと冷蔵庫を開けた。
ん?なんだあれ。
手前にあるスポーツドリンクに隠れるように、薄めのお菓子の箱のようなものが1箱すみっこに入ってた。
少し覗き込んでチョコレートだと確信した。
なーんだ、じゃあこれもここに入れとけばいいや。
クラスメイトからのプレゼントをその箱の手前に置いて冷蔵庫を閉めた。
作戦の完了に、やり遂げた感一杯で一つ頷く。
立ち上がろうとして膝に手をかけたところで。
「見たのか?」
予想もしてなかった事態に肩が思いっきりびくついた。
黒い冷蔵庫の表面を見ればわたしの後ろにいる人影がぼんやりと映っている。
朝の話では今日は部活で遅くなるんじゃなかったのか。
驚きすぎてしゃがみこんだままの右肩に、そっと手が置かれた。
「見た、よな?」
そろそろとヤツの手が肩から首をなぞり、首を半周するように手の平を添えてうなじを親指の腹が上下する。
くすぐったくて身を捩ると、すぐ背後でヤツもしゃがんだようだった。
「もう限界なんだ・・・」
わかってよ、姉ちゃん。そう囁いてTシャツの上から触れる手にわたしは激しく動揺していた。