あのクッション自室に欲しいと思った
目の前にドドンッと大きく建つ、赤煉瓦色の壁をした建物。
真っ赤に塗られた屋根、繊細な模様が彫られた柱、淀みのない水を噴き上げる真っ白な噴水。儚げな薄紅色の桜が舞い散り、気持ちの良い青空によく映えている。
聞けば東京ドーム三個分もあるというこの建物は、まるで御伽話のお城のような美しさと壮麗さだ。
しかしこれが現役高校生が通う百年の歴史を持つ由緒正しき学校……というか学園だというのだから驚きである。
「無駄にお金かかりすぎじゃンね」
ぽつりと零しながら、無駄に凝った装飾の黒い校門を潜る。
そう、前述のやたらキラキラしい描写は全てこの学園のもの。そう学園。お城ではなく、若者が通う学び舎。
(いやマジで豪華だなァ!?)
しかし真に驚くべきはそこではない。
私と同じく昇降口を目指して歩いている生徒たちが、誰一人としてこの空間に圧倒されていないことだ。
こんなに豪華なのに。こんなに学校っぽくないのに!!
まあ原因というか理由はわかる。この学園に通う生徒のほとんどが、飛び抜けた資産家の令息令嬢だからだろう。
つまりこのくらいのキラキラは日常茶飯事だと。お金持ちって怖いね。
一方の私は由緒正しき庶民の出。
このヒシヒシと感じる場違い感よ。アレ私本当にここ受験したっけ? と言いたくなる。
もう立ち振る舞いからして違う。朝日を浴びて優雅に闊歩している彼らは、高級感溢れる白と黒の流麗な制服を当然のように軽く着こなしている。
私は未だに服に着られている感が否めないのに……。
「まぁ、わかっちゃいたけど……流石は、白薔薇学園。名門の肩書きは伊達じゃないねェ」
超名門校として知られている、私立白薔薇学園。それがこの学園の正体だ。
数々の芸能人や政治家、資産家、スポーツマンなどを輩出してきた日本最高峰の学び舎。偏差値は七十五を軽く超え、この学園に通うことそのものが大きなステータスになる程に有名。
そのため必然的に生徒は資産家の出が多く、私のような庶民なんて本当に稀だろう。
もしかしたら、どこぞの漫画よろしく“まあ、学園一の貧乏人なのね。じゃあトイレ掃除でもしてなさいな、きっとお似合いよ?”なんていびられて、白い目で見られるかも。
いや、流石に被害妄想か。真に育ちのいい人はそんなことしないだろうし。
でも立場が一番下になることは確定だろうね。わかってたけど。
……でも、それでも。
どうしてもこの学園に入らなければいけない理由が、私にはあったのだ。
無事に合格できたと知った時は、心底ホッとしたよ。本当に。
でも親に内緒で受けてたから、バレた時は本当にやばかったなぁ……。
「ンま、いっか。もう終わったことだし」
白薔薇学園は全寮制だから、上手くやればもう親と関わることもなくなるだろう。
気分良く昇降口まで闊歩して、クラス分けを見る。
私は名前順では最後の方だが、一応最初から名前を見ていく。A組から順に名前を探す。
「お、あったあった。和野玻璃、っと」
ようやく見つけたのは、一番最後のクラスの一番最後。E組の二十番だ。
周りを見ると、「同じクラスだね!」と仲良友人と手を取り合っている者もいれば、「一緒が良かった……」「俺のこと、忘れるなよ……」と悲壮感をバリバリ出している男子もいる。
どうやらクラス分けの結果に一喜一憂しているらしい。
ちなみに私にそういった相手はいない。うん、仕方ないよね。だってここ、普通なら一般庶民は簡単に入れないような名門校だし……。
ま、まあ、ボッチなのも最初だけだから!
そのうち親友とかできるだろう。多分。
そんなことを思っていると、突然『ピンポンパンポーン♪』と陽気な校内放送が入った。
上を見上げると当時に、柔らかな声色の男性の声が降ってくる。
『新入生の皆さん、おはようございます。生徒会長の荒木翡翠です。あと二十分で入学式が始まりますので、新入生の皆さんは、案内に沿って講堂へ移動してください』
なるほど、入学式の案内か。
でも少し意外に思った。こういうのって、生徒会長がやるものなの? てっきり教師がやるものだとばかり。
……いや、この学園は普通じゃないから、常識の物差しで測ろうとしたのが間違いだったかな。
そんなことを思いつつ、私は人の流れに沿って講堂を目指した。
☆★☆★☆★☆★
案内された講堂は、なんともまあ煌びやかなところでございました。
なんでしょうねあれ、天使の彫刻かな? 一介の学び舎にはおおよそないようなものですよ? あれ、ここって宗教系でしたっけな。
あと正面、あのでっかいステンドグラスは一体なんでしょうね。春の陽の光を取り入れてキラキラと美しく輝く様は実に幻想的で、異界に迷い込んでしまったかのよう。
描かれているのは花と蝶だね。うっとりするくらい綺麗で、見惚れてしまいそうだ。
講堂の建物自体も質の良い木で作られていて、所々に彫られた薔薇の紋様がとってもオシャレ。写メ撮りたいと思った女子は私だけではないはず。
新入生たちはクラスごとに名前の順に席に着く。私は一番後ろの端っこだ。
なにやら異様にフカフカした椅子にちょこんと腰掛ける。おおぅ、これは高級品だな。マシュマロのような滑らかさと弾力性を持ち合わせた、落ち着く色合いの木でできた背もたれによく映える真紅のクッション。
試しに背もたれに体重をかけるが、僅かたりとも軋まない。しなやかだが頑丈な素材だ。
こんなところにまでこんなにお金を使うとは。底なしの資金力に玻璃さんは戦慄だよ。
(白薔薇学園、こわぁ……)
ついでにそこに疑問を抱かないお金持ちも。
内心プルプル震えつつ大人しくしていると、不意に隣から声がかかった。
「やあやあやあねぇねぇねぇ、そこの隣のきみキミ君キミっ」
なんかやたらと自己主張の強い呼びかけだった。
左隣に座った男子生徒が、上体を傾けるようにして私を見ていた。猛禽類のような鋭い目付きだが、柔らかなブラウンの髪と弧を描く琥珀色の瞳のおかげで強面という印象はない。
だが足をブラブラさせながら目を爛々と輝かせている姿に思わず気圧される。
「あぇ、っとぉ……?」
「あああ、ゴメンね名乗ってなかったね思わず先に声かけっちゃったよぉゴメンねっ」
(なんかキャラが濃いな、この人)
繰り返すのが口癖なのだろうか。面白い人だな。
「キミとっても可愛いね綺麗だね美人だね。あぁ、俺は瀬川琥珀っ。琥珀でいいよぉよろしくね」
「あは、ありがとう。私は和野玻璃だよ。苗字嫌いだから玻璃って呼んで。よろしく〜」
「玻璃、硝子の古称だね。キミの瞳が、透明感の高い綺麗な水色だからかなっ?」
「実際の硝子は無色透明だけどね〜」
でも硝子って絵とかにすると水色のイメージだもんね。わかる。
……いや、それにしても。
やばい。すごい楽しい。
考えてみれば、中学時代も知り合いの店でのバイトもどきに明け暮れてて友達と呼べる存在はいなかった。
人と話すのってこんなに楽しいんだ……!
しばらく和気藹々と談笑していると、琥珀は「ところで……」とどこか気まずそうに言う。
「その目は、どうしたの?」
目、といわれて、そういえばと思い出す。
私はある事情から、左眼に光沢のある黒い布を斜めに巻き付けるような形で目隠しをしている。もちろんそれだけでは可愛くないので、雫型の水晶が三つ付いた飾りを耳の辺りにぶら下げている。
初対面の人には必ず訊かれるものだ。しばらく人と話してなかったから忘れてた。
あんまり重くしてほしくなくて、笑いながらひらりと手を振った。
「これはちょっと事情があってね。病気とか事故で見えないわけでも、生まれつきないわけでもないから。あ、厨二病でもないよ。強いて言うなら家庭の事情ってやつ? かな」
「……大丈夫なんだね?」
「ウン。別に外してもいいよ」
ぴっと飾りの水晶の一つを指で弾いて、冗談めかして舌を出す。琥珀も弾けたように笑って、空気が緩んだ。
よしよし、シリアスにならなかった。グッジョブ私。
それからまた話していると、ふっと講堂の明かりが消えた。
代わりとばかりにパ、とステージの上だけが明るく照らされる。
どうやら入学式の始まりみたいだ。
ステージの横から、身長の高い制服姿の男子が歩いてくる。
彼はマイクの前に立つと、余裕のある笑みを浮かべて言う。
「新入生の皆さん、入学おめでとうございます。入学式の進行を務める、生徒会長の荒木翡翠です」
さっきの放送の時と同じ、やわらかな声色。
入学式の進行役も生徒がやるんだ。白薔薇学園は変わってるな。
「ここ白薔薇学園は、生徒一人一人の知性と人間性を育み、技術や知識を未来へ繋ぐことのできる人間を育成する場です。主体性や積極性も評価され、学校イベントのほとんどは生徒のみで行います」
え、今思考読まれた……?
そう思うくらい完璧なタイミングだった。生徒会長って……すごいんだね……。
「また白薔薇学園では、他校にはないとある制度を導入しており、それによって生徒たちの実力を伸ばしています」
……とある制度、ね。
彼の言う制度とやらは、ここにいる新入生は全員勘付いただろう。
この白薔薇学園が名門と称される所以の制度。それ目当てでここへ来る生徒も多い。
私は別にそういうんじゃないけど、あまりにも有名かつ異色の制度なため、あらかた耳には入っている。
(ウーン、きな臭いなぁ。なァんか起こりそうっていうか……)
「―――それでは、理事長の挨拶です」
そうして入学式はつつがなく進み、生徒会長のお言葉をもってして終わった。
なお一時間ほど座りっぱなしだったのだが、庶民の中学校の入学式と違って腰も背中も痛くなかった。お金持ちって以下略。




