第一章 赤い月の下で君は微笑んだ
赤い月が空を染める夜。
私は生まれ変わった。
前世の記憶はまるで映画のワンシーンのように鮮明だった。
OLとして働き詰めの毎日。
過労で倒れ、病院のベッドで息を引き取った。
それなのに目覚めた先は、貴族令嬢の豪奢な寝室。
私は布団から飛び起きて、鏡台の前へ駆け寄った。
鏡に映った顔は、私がよくプレイしていた乙女ゲーム『薔薇と王冠の国』の悪役令嬢セルフォーヌ・オーブリー・シャトレその人だった。
「……まさか転生?」
そして直ぐに気がくつ。
この世界の運命はすでに決まっていた。
セルフォーヌは主人公のルイーザ姫を陥れ、王太子アーロンと婚約を結ぶも、裏切りが発覚して処刑される。
そして、その数年後──この国は突如現れた「黒の災厄」によって滅亡する。
ふと私はとある事を思い出し、記憶を遡った。
ゲームのエンディングムービーで黒い影が都を飲み込む中、一人の女性が剣を掲げて立ち向かうシーンがあった。
顔は見えなかった。
だがあの背中──
あの戦い方──
「もしかして……セルフォーヌ?」
その疑問を胸に私は屋敷の庭へと足を運んだ。
夜の空気は冷たく、薔薇の香りが鼻をつく。
そして、そこで私は彼女に出会った。
セルフォーヌ・オーブリー・シャトレ──この体の元の持ち主。
しかし、彼女は死んでいない。
目の前には、黒いローブを翻す生身の令嬢が立っていた。
「やっと会えたわね、転生者」
彼女は微笑んだ。
その笑みはどこか寂しげで、どこか優しくて──
「私は未来から来たの。貴方の五十年後から」
「未来? でもゲームでは──」
「ゲームでは私が悪役で国は滅びる。でも、それじゃダメだった。何度でも試した。何度でも敗北した。だから……今ここに来た」
彼女の瞳は星のように輝いていた。
「私は貴方に頼みたい事があるの。私に悪役を演じさせて。そして貴方には私の事を……憎んでほしい」
「何故……?」
「だって──」
彼女は空を見上げて赤い月に手を翳した。
「君が生き残らなければ未来は救えないから」