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1章7話 世界の承認と使命感

田中の黒いモヤは晴れ、目を覚ました。

その表情はどこか清々しいようにも見える。


「記憶は曖昧だし、少し身体もだるいけど、気持ちはすっきりしてる。 今まで少し、悩みすぎていたのかもしれない。」


「そうか...よかった。今度一緒に—」


その時、教室の外から複数の足音が聞こえてきた。


「緊急対応チーム!現場を確保してください!」


黒いスーツや白衣を纏った大人たちが教室になだれ込んできた。

手にはタブレット端末と、見たことのない機器を持っている。


「負傷者はいますか?異常事象の当事者は?」


「田中が...」大樹が振り返って田中を指差した。


「了解。医療チーム、こちらです」


あっという間に田中の周りを大人たちが囲む。田中は戸惑いながらも、素直に医療チームの指示に従っていた。


「君たち二人は?」


調査員らしき男性が大樹と理子に近づいてきた。


「僕が桃井大樹、こちらが猿山理子さんです。僕たちが田中を...」


「沈静化したのですね。詳しい状況をお聞かせください」


理子さんは額の怪我の手当てを受けながら、大樹は立ったまま、それぞれ詳しい事情聴取を受けることになった。


「特殊事象発生時刻...午前8時42分...」


調査員がタブレットに音声入力で記録しながら質問を続ける。


「桃井君、君が田中君に最初に触れた時の感覚を、できるだけ詳しく説明してください」


大樹は正直に答えた。胸から何かが引き剥がされるような感覚、トークンが減っていく恐怖、それでも田中を助けたいという気持ち。


「猿山さんが作った武器についても詳しく教えてください」


「彼女が海外論文の理論を応用して、トークンを物質化したんです。それで田中の黒いモヤを消すことができました」


調査員は何度も頷きながら、タブレットに音声入力される文字を確認していた。


「そして最後は、スマートバンド自体を武器として使用した、と」


「はい。どうしても友人を助けたくて...」


大樹は自分のスマートバンドを見た。『0トークン』の文字が、まだ現実味を持たずに表示されている。


「君たちの行動は、世界で2つ目の事例となります。極めて貴重なデータです」


「2つ目?」


調査員の表情が急に深刻になった。


「実は、同時刻に世界各地で同様の現象が発生しています。現在確認されているだけで5件。君たちの事例を含めて、2件が討伐成功、3件が自然消滅という状況です」


大樹の背筋に冷たいものが走った。


「世界中で...同時に?」


「アメリカ、ロシア、インド、イギリス、そして日本。5つの地域で、ほぼ同時刻に現象が発生しました」


理子が包帯を巻かれながら口を挟んだ。


「自然消滅って、どういうことですか?」


「被害者から奪ったポジティブトークンが、ある一定量に達すると、自動的に相殺されて消滅するようです。ただし—」


調査員の声が重くなった。


「その過程で、アメリカでは21名、ロシアでは19名、インドでは23名の市民がトークンを奪われています」


大樹は息を呑んだ。60名以上の人が被害に遭ったということか。


「イギリスの事例では、偶然現地にいた方—猿山さんが昨夜読んだと思われる論文の著者が討伐に成功しました。ただし、5名の被害者が出ています」


「5名...」


もし自分たちが失敗していたら、田中は教室を出て、もっと多くの人を襲っていたかもしれない。そう考えると、ゾッとした。


「君たちの迅速で勇敢な行動が、さらなる被害を防いだのです」


調査員は丁寧に頭を下げた。


「ありがとうございました」


---


夕方、家に帰った大樹は一人でソファに座り込んでいた。


『0トークン』


何度見ても、この数字は変わらない。今朝407トークンでシルバーランクに到達した喜びが、まるで別世界の出来事のように感じられた。


明日からはまた通常レーンの電車に乗り、病院の予約は3週間待ち。アンダー層ではないにしても、ブロンズ以下の生活が待っている。


でも—


(田中を助けられた)


それだけは確かだった。理子さんと一緒に、友達を救うことができた。


(数字では測れない価値...か)


今朝図書館で感じた漠然とした思いが、今はもっとはっきりと見えていた。トークンでは表せない、でも確実に存在する何か。


「まあ、また頑張れば良いさ」


大樹は呟いた。田中と一緒に、一からやり直せばいい。


夜9時を過ぎた頃、大樹はベッドで今日の出来事を振り返っていた。


その時—


『特別報酬が付与されました』


突然、スマートバンドが鮮やかな青色に光った。


「え?」


大樹は慌てて画面を確認した。


『緊急事象対応報酬:1000トークン』

『現在のトークン:1000トークン』


「1000...」


大樹は目を疑った。今朝のシルバーランクを優に超える数字だった。


「1000トークン...嘘だろ...」


大樹は飛び起きた。ゼロから一気に1000トークン。これは一体何が起きたのか。


『本報酬は、社会の安全と秩序を脅かす存在への対処に対する特別措置です』


EmoAIエージェントの説明が続く。


『今後も同様の事象が発生した場合、討伐成功者には相応の報酬が付与されます』


大樹の心は混乱していた。0トークンの絶望から、突然の1000トークン。この落差についていけない。


『理子さんにも補助報酬500トークンが付与されました』


理子さんも報われたのか。それは良かった。


でも、大樹の気持ちは複雑だった。田中を救えた喜びと、失ったトークンが戻った安堵、そして—これまで経験したことのない大量ポイント獲得への高揚感。


正直言って、嬉しかった。すごく嬉しかった。


(でも、これって...)


報酬目当てで田中を助けたわけじゃない。それは確かだ。でも、こうして結果的に大量のトークンを得てしまうと、次に同じようなことが起きた時、自分はどんな気持ちで向かうのだろう。


その時、全世界に向けて緊急放送が開始された。


『本日、世界各地で発生した特殊事象について、AI中枢よりお知らせいたします』


リビングのホログラム画面に、AIの代表アバターが現れた。


『本現象は、蓄積されたネガティブトークンの物質化によるものと分析されています。この脅威に対抗するため、EmoAIに新たなシステムを実装いたします』


画面に、光る剣、盾、そして鎧が表示された。


『トークンブレイド、トークンシールド、トークンアーマー。これらの装備は、月間獲得トークンではなく、累積保有ポイントを消費することでスマートバンドから即座に生成可能です』


詳細な仕様が映し出される。


『トークンブレイド:50-500ポイント消費。消費量に応じて攻撃力と持続時間が変動』

『トークンシールド:30-300ポイント消費。感情波動を防ぐバリアを生成』

『トークンアーマー:100-1000ポイント消費。全身保護に加え、周囲の仲間も保護可能』


大樹は画面に釘付けになった。まさに理子が作ってくれた武器の、公式バージョンだった。


『人類の安全確保のため、十分なポイントをストックする方々には、積極的な協力をお願いいたします』


『討伐成功時には、社会への貢献として相応の報酬が付与されます』


放送が終わった時、大樹の胸は複雑な思いに満ちていた。


(俺がもらった1000トークン...これはもっと戦えってことかな...)


今度また鬼が現れたら、今日みたいに無防備で挑む必要はない。ちゃんとした装備で、安全に戦える。



田中を助けたい一心で戦った。それは紛れもない本心だった。でも、このシステムを知った今、次に戦う時の動機は純粋じゃないかもしれない。


「でも...」


(困ってる人を助けるなら、理由が何であれ、助けることに変わりはない...よな...)


---


翌朝、大樹のスマートバンドが再び鳴った。


『社会貢献に対する感謝トークンが付与されました』


『獲得:2000トークン』

『現在のトークン:3000トークン』


「3000...」


大樹は声も出なかった。一晩で2000トークン。昨日の1000トークンと合わせて、わずか一日で3000トークンもの特典を手にしていた。


慌ててニュースを確認すると、昨日の事件が世界中で大々的に報道されていた。


『日本の高校生コンビが黒い霧現象の沈静化に成功』

『勇敢な少年少女が世界を救った瞬間』

『新世代のヒーロー誕生』


SNSには#桃井大樹、#猿山理子のハッシュタグが溢れ、感謝と賞賛のメッセージが数万件も投稿されている。


『勇気をもらいました』

『ありがとう』

『カッコよすぎる』

『僕たちの希望です』


一つ一つのメッセージが、トークンとなって自分の元に集まってきたのだ。


3000トークン。これは月間獲得量としては、有名インフルエンサー級の数字だった。


大樹の心は躍った。正直言って、すごく嬉しかった。これほどの高評価を受けたことは、人生で初めてだった。


でも同時に、胸の奥で小さな不安が囁いていた。


(俺って、どんなやつなんだっけ...)


昨日まで田中のことを純粋に心配していた自分が、今はこの数字に、世界中からの承認に興奮している。まるで別人になったような感覚が、どこか怖かった。


『本日より、全トークン武器生成機能が解放されました』


EmoAIエージェントの通知が、そんな物想いから大樹を引き戻す。


3000トークンを見て、ふと思った。

(もしかして、これが俺の役割なのかもしれない)

そう考えることで、心の中の複雑な感情に一つの答えを見つけようとした。


「もし、また近くで同じようなことが起きたら—」


大樹はスマートバンドを見つめながら呟いた。


「俺は行く」


人を助けたいという気持ちは間違いなくある。そして、社会から認められ、さらに報酬も得られるという事実も知った。


嘘はない。両方とも自分の気持ちだ。


---


学校に向かう優先レーンの電車の中で、大樹は窓の外を眺めていた。報酬ポイントのおかげで、最上級のエモーショナルボーナストラックの美しい景色が流れていく。


田中はまだ医療機関にいるようだ。意識が回復したとはいえ、詳しい検査が必要だという。

理子さんとも、昨日の件について少し話したい。


そして—


放送で言っていた。中国やフランス、イタリアでも散発的に鬼が出現している、と。


世界のどこかで、また誰かが田中と同じように、鬼になってしまうかもしれない。

この日本でも同じことだ。


その時、自分にできることは何か。


大樹は手を握りしめた。

これで1章は終わりです。

2章からは仲間が増えていく予定です。

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