表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

1章6話 はじめての勝利

大樹は白い棒を両手でしっかりと握り直した。

光の粒子が螺旋を描く美しい武器が、手の中で温かく脈動している。


「次は左!」


大樹は田中の左脇腹めがけて棒を横凪にした。


バシュッ!


光と闇がぶつかり合う音が響く。

打点を中心に黒いモヤがシャボン玉のように弾け、その下から見慣れた田中の制服が現れた。


「効いてる!」


希望が胸に湧き上がる。大樹は続けざまに左肩、左腕へと攻撃を続けた。

白い光が触れる度に、田中を覆っていた悪夢のような霧が薄れていく。


左半身の黒いモヤは、ほぼ完全に消えた。

制服の下から、田中の普通の腕が見える。人間の腕だ。


「あと少しで...!」


大樹は頭部を見上げた。

そして息を呑んだ。


頭部を覆う黒いモヤは、他とは全く違っていた。

二本の角を中心に、まるで生きた泥のように濃密でドロドロとした闇が渦巻いている。

今まで消してきたモヤが薄い霧だとすれば、これは粘土のように重厚だった。


「こんなに濃いのか...」


でも引き下がるわけにはいかない。

大樹は白い棒を角を目掛けて振りかぶった。


ガンッ!


重い手応え。まるで岩を叩いたような感触だった。

黒いモヤは、ほんの僅かに薄くなっただけ。


「もう一回!」


必死に攻撃を続ける。

一撃、二撃、三撃—


でも手の中の白い棒が、目に見えて暗くなっていくのが分かった。

最初の眩い光は既になく、懐中電灯の電池が切れかけたような薄い光しか残っていない。


「頼む、持ってくれ...!」


大樹は祈るような気持ちで攻撃を続けた。

田中の角が、少しずつだが確実に小さくなっている。


もう少し、あと少しで—


パサッ。


手の中で、白い棒の光が完全に消えた。

ただの木切れのようになって、そのまま空気に溶けるように消失する。


「嘘だろ...」


大樹は空になった両手を見つめた。


田中の頭部には、まだ黒いモヤが残っている。

角は随分小さくなったが、まだ完全には消えていない。

額の赤いシンボルも、変わらず脈動を続けていた。


「大樹くん!」


背後から理子の声が聞こえた。


「もう一度やってみる!」


振り返ると、理子がスマートバンドに集中している。

その表情は真剣そのもので、額に汗が浮いていた。


「お願い、成功して...」


理子のスマートバンドから、白い光がゆっくりと漏れ始める。


その時だった。


ドンッ!


鬼化した田中が苦しそうにもがき、その巨大な腕が教室の壁を叩いた。

振動が床に伝わり、理子の足元まで揺れる。


「きゃっ!」


理子はバランスを崩し、後ろの壁に頭から激突した。

スマートバンドから出かけていた白い光も消え、理子は崩れるようにその場に座り込む。


「理子さん!」


大樹が駆け寄ろうとした時、理子が弱々しく手を上げた。


「だ、大丈夫...ちょっと頭を打っただけ...」


でも理子の額から赤い筋が流れているのが見えた。


大樹は一歩下がって状況を見渡した。

武器はもうない。理子も負傷している。田中の鬼化はまだ解けていない。


(どうすれば...)


その時、田中がゆっくりと振り返った。

黒く濁った目が、今度は理子を見つめている。


(まずい...)


田中の足が動き始めた。

壁際で座り込んでいる理子に向かって、ゆっくりと歩いている。


「理子さん!逃げて!」


大樹が叫んだが、理子は頭を押さえたまま立ち上がれずにいる。


田中の黒い手が、理子に向かって伸びた。


(だめだ...このままじゃ理子さんが...)


その時、大樹の視線が自分の右手首に落ちた。

スマートバンド。

数字は見えないが、確か250ポイント近くあったはずだ。


(待てよ...理子さんがトークンを結晶化できたってことは...)


大樹の頭に一つのアイデアが浮かんだ。

理子は結晶化という技術でトークンを武器にした。

なら、このバンド自体を武器にしたらどうだろう。


(賭けだけど...やってみる価値はある)


田中が理子の目の前に迫っている。

時間がない。


大樹の心に、ある覚悟が芽生えた。


(これでトークンが無くなったとしても...田中と一緒にまた頑張れば良いさ)


そうだ。トークンなんて、また稼げばいい。

大切なのは目の前の友達を助けること。


大樹はスマートバンドを手首から外し、右拳にしっかりと握り込んだ。


田中は理子に集中していて、大樹の存在に気づいていない。

チャンスは一回だけ。


頭部—最も濃い黒いモヤが残る角の根元。

そこしかない。


「田中!」


大樹は右腕を引き絞り、駆け出した。


「正気に戻ってくれ!」


渾身の力を込めて、スマートバンドを握った拳を田中の後頭部に叩きつける。


ガンッ!


今までとは全く違う、重い衝撃音が響いた。


その瞬間、スマートバンドから眩い光が爆発した。

大樹の目がくらむほどの白い閃光。


同時に、全身から力が抜けていく感覚。

まるで体の中に溜めていた何かが、一気に外に流れ出していくような感覚。


でも不思議と、後悔はなかった。


眩しさで目を細めながらも、大樹は田中を見つめていた。


光と闇が激しくぶつかり合っている。

田中の頭部を覆っていた黒いモヤが、まるで朝日に溶ける夜霧のように薄れていく。


二本の角がみるみる縮んでいき、やがて完全に消失した。

額の暗赤色のシンボルも、光に押し流されるように消えていく。

黒ずんでいた目の白い部分が、元の色を取り戻していく。


「田中...」


黒いモヤは完全に晴れた。田中は気を失っているようだ。


「よかった...」


大樹はその場に膝をついた。

全身の力が抜けて、立ってはいられなかった。


手の中のスマートバンドを見ると、画面には見たことのない数字が表示されていた。


『0ポイント』


「全部...使っちゃったのか」


アンダー層への転落。

これから始まる制限された生活。


でも、大樹はそこまで嫌な気持ちではなかった。


(あれ?なんで落ち込まないんだろう)


普通なら絶望するはずなのに、何かを成し遂げた充実感の方が大きい。


田中は目を覚まさないが、呼吸はしている。

確実に人間に戻っている。


理子も、壁にもたれながら意識ははっきりしている。


(まだ、やり直せるって思うからかな...)


友達がいる。仲間がいる。


それがあれば、トークンの数字なんてどうでもいいことに思えた。


「大樹...俺、何をしてたんだ...?記憶が曖昧で...」


田中が目を覚まし、震え声で尋ねた。


「田中! ...よかった...!」


大樹は微笑んだ。一度遠くに行ってしまった友人が、また戻ってきてくれたような感覚。


教室の外では、複数の足音が近づいてくるのが聞こえた。

きっと救急隊や治安部隊が駆けつけてくるだろう。


でも今は、そんなことよりも—


大樹は立ち上がり、田中に手を差し伸べた。


「ほら、立てるか?」


田中は大樹の手を握り、ゆっくりと立ち上がった。

その手は温かく、もう黒いモヤの冷たさはどこにもなかった。


大樹は、ポイントを無くしたことで初めて、数字では測れない、本当に大切なものに気づけた気がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ