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序章 ---友達が鬼になった日---

朝6時。桃井大樹のEmoAIエージェントが、いつものように爽やかな声で起こしてくれた。


『おはようございます、大樹さん。昨日のポジティブトークン獲得量は47ポイントでした。軽音部での演奏が特に高評価を受けています』


ベッドから起き上がりながら、大樹は満足そうにため息をついた。47ポイント―クラスでも上位の数字だ。これで来月の優先レーン利用権は確実に取得できる。


『本日の推奨行動プランをお伝えします。通学時間帯にCompact Go Scooterを使用すれば、環境配慮ボーナスで追加1ポイント。また、3限目の道徳の時間に積極的発言をすれば、教育貢献ポイントが期待できます』


電車は完全自動運転化されて久しく、トークンスコアに応じた優先レーンのおかげで通勤ラッシュのストレスも激減した。

車窓から見える街並みは、AIによる最適化で効率的に整備されている。


完璧な社会だった。


少なくとも、大樹はそう思っていた。



---ーーー---



学校に着くと、クラスメイトの田中が一人で机に伏せていた。

彼のAIエージェントは沈黙を保ち、右腕のスマートバンドの画面は暗いままだった。


周りの生徒たちは、みなクラスメイトとの談話に 勤しんでいる。

田中の周りは、まるで目に見えない結界でも張られているかのようだった。


「田中、大丈夫?」


声をかけた瞬間、周りが急に静かになった。

みな、田中を気にはかけていたようで、その反応を窺っていた。



田中はゆっくりと顔を上げた。

その目には、大樹が見たことのない種類の絶望が宿っていた。

まるで深い井戸の底を覗き込むような、光の届かない暗闇。


「俺、もう一週間もポジティブトークンが0なんだ」


田中の声は掠れていた。

スマートバンドを見つめる彼の手が小刻みに震えている。


大樹の胸が締め付けられた。

ネガティブな感情はネガティブな思考を生み、さらにポジティブから遠ざかってしまう。

そんな負のスパイラルに陥った人を、大樹は何人も見てきた。

だから―


「まだ大丈夫だって! 来週一緒にボランティアに参加して---」


大樹の言葉が途切れた。

田中の表情が、一瞬で変わったから。


「人気者のキミに、俺の気持ちがわかるかよ…!」


その声には、これまで押し殺してきた怒りと屈辱が込められていた。

教室の空気が急に重くなる。


「毎日トークンを沢山稼いで、医療優先だ何だって。俺なんか病院の予約取るのに3週間待ちだぞ」


田中の目に涙が浮かんだ。

それは悲しみの涙ではなく、怒りの涙だった。


「ボランティア? 一緒に? それで俺にお情けでポイント分けてくれるって言うのかよ」


大樹は言葉を失った。

自分の善意が、こんなふうに受け取られるなんて。


「違う、そうじゃ---」

「そうじゃない? じゃあ何だよ!」


田中が立ち上がった。

机がガタリと音を立てる。


「俺がどれだけ頑張っても、どれだけ人のために何かしようとしても、全部空回り。AIは俺の感情なんて認めてくれない。なのにキミは息してるだけでトークンが湧いてくる」


教室が静まり返った。

全員が息を殺して二人を見つめている。


大樹は気圧されていた。

田中の絶望が、まるで自分のもののように感じられたから。

承認されることの喜びを知っているからこそ、承認されないことの苦しみが痛いほど理解できた。


そして気づいた時には、教室全体が異様な静寂に包まれていた。

田中のスマートバンドが、突然赤く点滅し始めた。


『警告:ネガティブトークン蓄積量が危険域に達しています』


AIエージェントの警告音が教室に響く。


ネガティブトークン? 何?


誰も聴いたことがないその言葉と、異様な警告音にクラスメイトがざわめく。


そのあとすぐに田中の体から、うっすらと黒い霧のようなものが立ち上り始めていた。


「な…なんだ…これ…」


田中の声が震えた。

自分の手を見つめ、黒いもやに戸惑う。

細かな文字のような、記号のような、アルファベットにもひらがなにも見える黒の粒子。


完璧な社会の、最初の亀裂。

それは一人の少年の心の奥底から生まれ、今まさに現実のものとなろうとしていた。

大樹のEmoAIエージェントが緊急警告を発する。


『危険事象を検知。通知を受けた方は速やかに避難してください。』


次の瞬間、友達の田中は黒い鬼に変貌していた---

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