51.愛の告白
「みんなから隠れるのも程々にしたら?」
槇は縁側へ向かうと、座っている和臣の隣にすとんと座った。
「なんで恥ずかしいかな。あやかしたちは気づいてないけど──先生がいることは彼らは気づいているよ。レンレンとは会ってるんだからいいじゃない」
「……蓮さんは、いいんです」
「ふうん?」
「今日は宇良さんが来ていましたね」
和臣の声は穏やかだ。
ここに戻ってこれるほどには、彼は〝邪神〟という役割を担えるほどの力を持っていた。
この山全体のことは、手に取るようにわかるらしい。
「うん。結由木は東の崖の手入れに行ってくれた」
「大丈夫ですかね?」
「数人連れて行くから大丈夫でしょ」
「!」
槇が和臣に身を寄せると、一瞬だけ身体を固くするが、すぐにそっと背中を受け止めるように、腕を回す。
そのまま、槇の腕をとんとんと優しく叩いた。心地のいいリズムの中で、槇は薄っすらと目を閉じる。
「で、結構経つはずなんだけど」
「……」
「いつになったら、愛の告白をしてくれるんだろうなー」
「……」
「独り言だけど」
「あの」
「私はずっと好きだよ。情けない顔でここに戻ってきた先生を見たときもそうだったし」
「……」
「……」
「情けない顔は余計です」
「ふふ」
はあ、と和臣のため息のあとに、ずしっと頭が重くなる。和臣が頭を寄せてきた重みに、槇は微笑んだ。
「あのですね」
「うん」
「僕は一応男で」
「うん。邪神だけど」
「邪神だけど、男でして。その、別に色々な欲はなくなっているんですけどね?」
「うんうん」
「言ったら戻れないじゃないですか」
「どこに戻るの」
「あなたと適切な距離を取れてたところに、です」
「……うん?」
「……」
「……」
「これはいいんです」
そうだろうか。蓮一郎の言葉を借りるなら〝いちゃいちゃしている〟んじゃないだろうか、と槇は思ったが、黙っておく。
お互い身体は冷めてしまったが、不思議と感じないはずの体温を感じた。
それが、ああ、一人ではないのだ、と教えてくれる。
槇はあくびを噛み殺しながら、いつものように和臣の方に頭を擦り寄せる。
「その抵抗、もういいんじゃない? 都合よく一緒に過ごせることになったんだし」
「ダメです」
「なんで。気持ちを教えてくれるだけでいいのに」
「槇さんはもう知っているでしょう」
「まあ、確かに。私すごい愛されてるよね」
「言わなくていいんです」
「照れなくていいんです」
「槇さん」
「あのさ、別にキスしなきゃいいんでしょ? 前は手を繋がないように気をつけてたけど、キスは別に、気にしなくても偶然しちゃったってことはないし」
和臣はまだ残る「別れのスイッチ」を押さぬように細心の注意を払ってくれているのだろう。
わかっているけれど、口がふいにぶつかることなどない。
心配のしすぎだ、と言おうとしたとき、ぐらりと身体が大きく揺れた。
「!」
押し倒されたのだ、と気づいたのは、和臣にのしかかられて、顔がギリギリまで接近してからだ。
「槇さん」
「……な、に」
「もう一度言いますね。男なんです。僕」
「……」
「あなたに言うのが怖いんです。こういうこと、したくなっちゃうので」
「……」
「この先ずっとあなたのそばにいたいんです。言わないことを許してくれませんか?」
鼻先が触れる。
囁くような声も、熱っぽい目も、それが本気であるということを痛いほどに伝えてきた。
槇は瞬きをして、こくん、と頷く──が、図らずに頭突きをかましてしまった。
「いっ!」
「いったぁ……」
二人してごろんと転がって額を抑える。
「今の結構な威力でしたね?!」
「うん。ごめん。なんかつい勢いよく行っちゃった」
「あ、おでこ大丈夫ですか?」
和臣が寝転がったまま顔を覗いてくる。
目があうと、この状況がおかしくなって、ふたりして笑い始めた。
「ふ……グダグダですね」
「先生が色気を出すと大抵こんな展開になるけど」
「色気? なんですかそれ」
「迫るモードの先生だよ」
「そんなことしてません」
「ふーーーーーん」
「なんですか」
「大好きだなあって」
「そんな顔じゃなかったですけどね?」
「……ずっと一緒にいてくれるの?」
槇はそっと手を伸ばす。触れる前に、床に置いた。
和臣がその手を視線で追い、そして槇に向かって微笑む。
「あなたこそ。僕とずっと一緒にいてくれますか?」
「……いいよ」
「槇さんらしい返事ですねえ」
笑いながら、和臣はそっと槇の手を取った。
優しく握る。まるで「ああ、本当に消えないなあ」と確認しているように、指の一つ一つまで触れていく。
くすぐったいよりも、その必死さが愛おしく感じた。
言葉よりも雄弁な愛の告白だ。
「先生」
「はい」
「きっとさ、この先も変わらず二人でいられて、先生は多分観念したようにそのうちみんなに〝ただいま帰りました〟とか言うんだよ」
「……はい」
「それでさ、芳の孫の孫の孫の孫が作ってくれる琥珀糖を二人で食べて、その頃には、ここは縁結びの神社に変わってるかもしれないよね」
「どうしてです?」
「初恋を死に物狂いで掴んだ男が、邪神になってまで添い遂げたっていう噂が広がるからだよ」
「……それは」
「……うん」
「それは嫌です!!」
「なかなかいい触れ込みだと思うけど」
「絶対駄目です!!」
言葉にされると恥ずかしい、と喚く和臣の胸元に、ごろんと転がり込む。
「!」
「眠くなってきちゃった。少し寝ようよ」
「……仕方ないですね。少しだけですよ」
そう言いながらも、しっかりと腕で槇の身体を包み込む。
胸元に頭を擦り寄せれば、槇のつむじに和臣の頬が寄せられる。
ふと、幸せというものが胸を満たしていくのを感じた。
槇が笑うと、和臣もくすりと笑う。
槇は目を閉じた。
そして、言おうかどうか迷って──やめた。
この時間を大切にしたい。
腕を、そっと和臣の背中に回し、その手を池に向けて「しっし」と払った。
この状況を、池の中からぷくんと顔を出した顔見知りの神々が見守っているのを和臣が知れば、すぐに離れてしまうからだ。
「……ん?!」
「ちっ」
「な、なんか視線を感じませんか?!」
「……気のせいだよ」
「いえいえ、すっごい数の視線を感じます!」
「先生、寝ぼけないの」
槇がガシッと背中を掴んで振り向かないように阻止をするが──呆気なく振りほどかれて目をうるませる神々と久しぶりの対面をするまで、あと少し。
──完──




