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邪神とJK  作者: 藤谷とう
5/51

5.神様と恋なんて起きるわけない



 朝、紺色のセーラー服を頭の上から被るとき、何も思わないわけではない。


 進学組は大学へ向かうための準備をしているだろうし、就職組は仕事へ向かっているだろう。

 ところが自分はなんと二年前の制服に袖を通している。

 

 言えることは一つ。

 彼らには絶対に知られたくない。





 槇は無表情で素早く制服を着ると、リボンの歪みも気にせずに黒いコートを羽織った。

 ボタンに手を伸ばしたところで、部屋のドアが無遠慮に開く。


「おねーちゃーん、あのさぁ」

飛鳥(あすか)


 じろりと槇が睨むと、飛鳥が「あ」と槇の格好を見た。


 妹の飛鳥は槇と同じ制服を着ているが、正真正銘の女子高生だ。現役だ。ピチピチの本物だ。

 華やかで、瑞々しく、持っている自由がどれほど尊いものかを知らない、子供。なんかもうオーラが「私が本物のJKです」と言っている。

 自分が二年前にこうだったのか記憶にない。


「……」


 槇は素早くボタンをかけ、装備を終えた。

 そんな心中を知らない飛鳥は、無邪気に姉の痛いところをつく。


「まだ制服着てたんだ。毎日コート着てるからそうだとは思ったけど……コスプレ感が否めないね……」

「仕方ないじゃない。着るしかないんだから」


 槇は長い黒髪をコートの中から出す。

 その様子に、飛鳥はしみじみと頷いた。


「そのクールで恥じ入らないところがお姉ちゃんだよ。うん」

「で、なんの用?」


 槇がそっけなく聞くと、飛鳥はぴっと槇を指さした。

 

「リボン貸して。昨日友達とザリガニ釣りしてて、泥がはねちゃって。洗うのすっかり忘れてた」

「……あ、そう」


 飛鳥は確か高校二年生はずだが、小学二年生の時と同じ事を言っている。

 詳しいことには触れずに、槇は仕方なく装備を少し緩めると、曲がっていたリボンを引き抜いて渡してやった。


「ありがと。大好き」

「大好きなら入る前にノックして」

「あ。そうだ。昨日、蓮ちゃん来たでしょ。元気だった?」


 飛鳥から出た名前に、槇は一瞬手を止める。


「なんで知ってるの?」

「え、だって手紙でそう言ってたんだもん」

「手紙」

「うん。手紙。文通相手なの。二年生の頃から」


 文通。二年生。

 その〝二年生〟が小中高どれかはわからないが、槇はまた聞かないことにした。手を動かし、コートをきっちりと着込む。


「おねえちゃん、暑くないの?」

「暑い。五月だし」

「不審者っぽいよ……」

「二十歳で制服着てる方が不審者でしょうが」

「確かに」


 あっさりと肯定された槇は、ふと飛鳥をじっと見た。無邪気に首を傾げられる。

 言動は無茶苦茶だが、飛鳥は先代の七緒によく似たおとなしめな美少女だ。言動はアレだが。


「……」

「なに?」

「あのさ、文通って──」

「やだもー、別に蓮ちゃんのこと好きじゃないよ。いや、好きだけどさ。おねえちゃんの思う甘酸っぱいやつじゃないから、大丈夫」


 からからと笑う飛鳥は、リボンをひらりと動かして手を振る。


「神様と恋なんて起きるわけないって」


 じゃ、借りていくねー、と颯爽と消えた飛鳥がいた廊下を、槇はじっと見つめていた。






        ◯






 家から出て、五分。

 世越間神社の長ったらしい石畳の階段に到着する。

 山一体が天原家の所有だが、この町で「天原」と聞けば「ああ。邪神さん()の」と返されるくらい、普通の一家だ。

 代々市長を務めている「大原」のほうが色々と大きい。権力とか家とか資金力とか。


 こちらはしがない〝邪神さん家〟だ。


 天原の山には誰も来ないが、槇はきょろきょろと周囲を見渡し、国道を見下ろしてさっと階段に向かった。

 両側からわさわさと生い茂る木陰の中を足早に上っていく。 


 毎日通っているおかげで脚力を鍛えられているらしく、息は全く切れていなかった。


 階段を上りきり、鳥居の前で頭を下げると、迎える狛犬たちをぽんと叩いてやり、そこでコートを脱いで預かってもらう。


 散らばった髪を手ぐしで整えて境内に足を踏み入れると、そこに大きな影があった。

 天使の羽のような翼は真っ黒で、黒い長髪は一つに結っている。あの着物姿は──



(やなぎ)?」



 くるりと振り向いた端正な塩顔の男は、槇を見ると盛大に顔を歪ませた。


「うっわー、会いたくないのに会っちゃったぁ」


 顔と言葉が一致していない。

 しかし、槇は慣れたように「よっ」と手を上げた。


「あんた何してるの。昼間活動できないはずなのに」

「そうそう、好物は乙女の生き血で……ってなんでやねん! 吸血鬼じゃないわ、天狗、天狗だからぁ!」


 明るい天狗は、几帳面にもきちんと槇の肩を軽くどついた。

 身長約二メートルからのツッコミは威力があるはずだが、なにせ柳は生き物という生き物に慈悲深いので痛くはない。


「本当に可愛くなぁい」

「そんなのがあって何の得が?」

「飛鳥を見てみな。可愛いじゃん、あの子。昨日も一緒にザリガニ釣ったんだから」


 槇は目を丸くした。

 どうやら飛鳥には人ではない友だちが多いらしい。その一方で納得する。誰がJKとザリガニ釣りなんかするんだろう、と思っていたが、人じゃないならなぜか納得できた。


 柳は怖怖とした顔で身を引きながら槇を見下ろす。

 何故か彼は槇に怯えるが、身に覚えはない。


「ち、ちゃんと人間のふりしてたから大丈夫だしぃ」

「それはそれでシュールだね」

「──ふふっ」


 朗らかな笑い声がして、槇はようやく和臣の存在に気づいた。どうやら二人で立ち話をしていたらしい。


「和臣先生。いたんだ」

「はい、いました。柳さんがすらっとした長身だから、きれいに隠れられたんですが……見つかっちゃいましたね」

「おはよう。調子は?」

「元気です。この通り」


 和臣がにこにこと笑う。

 不思議と、その穏やかな笑みは槇をホッとさせた。


「そっか。よかった」


 そう言う槇の顔を、柳がしげしげと見下ろす。しかし、ふと何かに気づいたように視線が移動した。

 槇の格好を見て首を傾げる。


「? まだ学生だっけ?」

「!」

「!」


 その一言に、槇は表情を崩さないまま驚き、和臣はびしりと凍りついたのだった。

 







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