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邪神とJK  作者: 藤谷とう
43/51

43.別れの悲壮感





 何度か、空の色が変わった。


 そのたびに、槇は自分の身体が交代をしていないのにもかかわらず、人間というものから離れていくのを感じていた。


 日の間隔もわからなくなり、時間の感覚もなくなる。

 そういうものに対しての執着が元々なかった槇から、完全に消えたのだ。


 ひたすらにダラダラと過ごし、和臣と社や家のどこかを気ままに掃除しては、縁側で彼らを迎えた。


 どれくらい経った頃か、見かねた蓮一郎からこまめに社を見に行くように言われてからは、なるべく「そろそろか」と思う前に、そっと置かれた琥珀糖を取りに行くようになっているが、不思議と誰とも顔を合わせなかった。



「どなたが置きに来てくれているんでしょう?」


 和臣が境内を箒で掃きながら言う。

 槇は賽銭箱を磨きながらほんの少し考えた。


 母か、飛鳥だろう。しかし、もっと時間が経っていたら?

 飛鳥の子供かもしれないし──彼女の孫かもしれない。まだ孫であれば、時間もそう経っていないか。


「お母さんか飛鳥じゃない?」

「なるほど」


 和臣が笑う。槇もそれを見て、穏やかに笑う。

 和臣に変化はない。ただ、髪が少し伸びたのをのぞけば、彼はまだ邪神だった。


「そういえば、やることリストの夏祭りの花火、まだ一度も見ていませんね」

「書いたのはいいけど、ここからは見えないからね」


 神域となっているからだろうか。そもそも日が暮れることもないので、花火も見えなくて当然と言えた。


「でも、手持ち花火はできるのでは?」


 和臣がやはり穏やかに言う。

 それは、リストの最後を消しましょう、と言っているのも同然だった。和臣自身が「そろそろかも」と思っているのだろう。


「そうだね」


 槇は答える。


「今度誰かに頼もうか」

「はい」

「掃除、この辺にしとく?」

「そうですね。そろそろ誰かがいらっしゃる気もしますし……家に帰りましょうか」


 家に、帰る。

 自然とそう言うようになった和臣は、槇が頷くと先に歩き出した。

 

 その黒い長羽織の背中を追いかける。

 どこまでも呑気な空気だった。のどかと言ってください、と言われそうだな、と思った槇の頬がやわらかに持ち上がる。

 奇妙なことに、時間を重ねれば重ねるほど、別れの悲壮感とやらはなくなっていった。

 この時間の先に永遠の別れがあるというのはふたりとも承知していたが、それを口にすることもない。

 避けていたのではなく、受け入れているからだ。


「ただいま」

「ただいま帰りましたー」


 二人で家に入り、誰からも返事がないのを知っていてそんな声を掛ける。同時に、ちょっと笑いながら。


「さてさて、今日の絵葉書を書きましょうかね」

「ハマってるね」

「意外と絵心があったんですよ。僕」

「うん。まあ、うん」

「なんですかその言い方はぁ」


 不服です、という和臣の袖が揺れる。

 二人で和室へと向かうと、棚にしまってある絵葉書セットを取り出した和臣は、ふんふんと楽しそうに絵を書き始めた。


「見ちゃだめですよ」

「わかってるよ」


 槇は縁側へ向かう。

 最初は絵葉書を書くと聞きつけてやって来た(しょ)の神、あすみにビシバシと鍛えられながら筆を持っていたが、今はさらさらと楽しそうに取り組んでいる。しかし、見てはいけないらしいので、槇はこうして縁側でのんびりと昼寝をするのが最近のルーティーンだった。マイ座布団を縁側において、寝転がる。



「──おまえ、それでいいのか……?」



 池の中央に降り立った蓮一郎が、渋い顔でこちらを見ていた。

 槇は体制を変えないまま、こくりと頷く。


「うん。なんにも問題ない」

「嘘だろ……」

「どういう意味? 澄まして座ればいい訳?」

「違うわ、馬鹿者」


 ずいっとこちらまで一瞬でやってきた蓮一郎は、槇の格好を指さした。


「Tシャツ、ジーンズ。ダサいぞ」

「全国のTシャツジーンズ愛好家に謝って」

「全国のTシャツジーンズ愛好家の者たちには言っておらん。おまえがダサい」

「そりゃしょうがないね」

「蓮さん! 来てたんですか!」


 集中していたらしい和臣が、和室から声をかけてきた。

 まだこちらに来ないところを見ると、絵葉書を書いている最中らしい。


「おう。俺のことは気にするでない。好きなことをしておけ」

「はい」


 幼子を相手するかのように手を振った蓮一郎に、和臣は素直に頷いたらしい。槇は寝転んだまま蓮一郎の視線を受け止める。


「……俺は許さないぞ」

「何を?」

「その態度はいい。槇だからな。しかし、しかしだ。その美意識もない格好で交代するのだけは許さんからな」

「なんでよ」

「おまえ……考えてみろ。一生その格好で過ごすことになるんだぞ」

「……なるほど?」


 確かにそうだ。

 槇はゆっくりと起き上がった。蓮一郎が驚いたように目を見張る。


「お、おお……わかってくれたのか?!」

「うん。飛鳥は元気にしてる?」


 何を聞きたいのかわかっているだろう蓮一郎は、槇と視線を合わせると、大きく頷いた。


「元気にしているぞ。もうそろそろ一時帰国する頃だろう」


 なるほど。思う以上には時間は進んでいないらしい。


「そ。元気なら良かった。じゃあ、飛鳥が帰ったら、ジャージと、境内でできるような手持ち花火を用意してって頼んでもらいたいの」

「は?」

「だから、手持ち花火、お願い」

「……本気か」

「うん。本気だよ」


 花火をして、思い出リストの最後を消す。

 それが邪神の交代を意味すると知っている蓮一郎の顔が、じわじわと苦しげに歪んだ。


 ──まだ和臣は保つ。


 そう言いたいのだろう。

 自分と和臣のことをここまで焦らずに見守ってくれている蓮一郎の愛情に、感謝を伝えようと口を開いたその時──


「ジャージを着るなど許すわけがないだろう!!」

「そっちねー」


 槇はまたごろんと横になる。


「そんなことだろうと思ってたけどさ」

「槇。絶対許さないからな。着物を着ろ、着物を」

「いやだよ面倒くさい。ゴロゴロできないじゃん」

「七緒はしてたぞ」

「時代が違うんだよねー」


 槇が断固拒否する気配をしっかりと感じ取った蓮一郎は、ぷん! と腰に手を当てた。


「俺が用意する! お前の意見は聞かぬ!」


 そう言い逃げをした蓮一郎の輝くばかりの黄金色を、槇は寝転がって見送ったのだった。





 

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