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邪神とJK  作者: 藤谷とう
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4.言葉にするには難しいほど、奇妙な力関係



 手なんてすぐに握れると思っていた。

 槇なりに必死に和臣を正気に戻してきたのだ。




 徐々に自分という人格を思い出し、それから状況を把握しながら、槇との「元担任と元教え子」という関係も思い出すまで根気よく通った。制服を着ていないと「誰でしたっけ」と振り出しに戻る中、教科書とノートを持参して教えてもらうフリまでして混乱なく過ごせるようになったのにかかった時間──ポンコツ元担任と格闘すること丸二年。そして今に至る。


 そりゃもう必死だった。






「和臣はまだおまえが制服を着ていることを疑問に思わないのか?」


 蓮一郎に不思議そうに言われた槇は憮然と返す。


「多分今高校三年だって思ってる」

「……そうか」

「最初の方は学校に行きなさいって言われたけど、今は何も」

「ふむ」


 考え込むように顎に手を当てていた蓮一郎は、ピンときたように目を見開いた。


「おまえ……まさか和臣のことを好いているのか?」

「……」

「……」

「はあ?」


 突然突拍子のないことを言い出した蓮一郎に、槇は盛大に顔を顰める。


「何言ってんの?」

「あれほど邪神になりたがっていたお前が二年も大人しく通って世話をしているのがその証拠だろう」

「いや、違うから」

「じゃあなんだ?」


 純粋な質問をくらう。

 複雑なのだ。槇と和臣の関係は。

 言葉にするには難しいほど、奇妙な力関係がある。

 槇は和臣の嫌がることができない。そうさせる何かを和臣は持っているし、和臣も本気で槇から邪神の地位を奪って悠々自適で暮らしたいわけではない。

 ただ、なんというか──


「……遊んでるっていうか……?」

「なんだそれは」

「さあ。私にもわかんない」


 わかるのは、和臣が天涯孤独だということ。

 邪神となった和臣の家族に謝罪をしなければならない立場となった天原家が総出で彼の親族を探しだそうとしたが、誰一人いなかった。その過程で、転任していたはずの和臣は、すでに教師をやめていたことまでわかってしまったのだ。

 彼はどこからかふらりと世越間神社にやってきて、先代と話をし、その結果彼女から握手を求められたのだ。


 だから誰も無理強いできないし、彼が黒い長羽織を着てのほほんとすべきことを務めてくれるのなら──と親族一同でしばらくそっとしておいてやろう、となったし、なんなら槇はもちろん交代したいが、和臣の気が済むまで待ってもいいかもしれない、と思う瞬間もあることはある。


「絆されているではないか」

「うーん。ちょっと違うんだよねえ」

「人間の感情は複雑だな」

「繊細なの」


 槇はホストな格好をした蓮一郎を見上げる。

 神様たちはシンプルだ。

 愚痴を言えば「スッキリしたわ」と晴れ晴れとした顔で帰っていく。


「まあとにかく、私がこんな格好でここに通うのは、先生の記憶が混乱しないため。時間の感覚も季節の感覚もないし……なんだか卒業するって伝えるのも、怖いんだよね。変な記憶を引っ張るんじゃないかって……」

「ふんふん」

「ちょっと、聞いてる? レンレンが聞いてきたんだからちゃんと聞いてよね」

「なぜ名前で呼ばせている」


 蓮一郎が至極真面目な顔で槇を見下ろして尋ねた。

 思わず槇は静止する。


「なぜ、あのポンコツから聞かれたときに天原という苗字ではなく、名前を答えた」

「……」

「ふむ」

「別に深い意味はないよ?!」

「よい。わかったわかった」


 大仰に頷く蓮一郎は「はははは」と楽しげに笑いながらぷかーと空に浮かぶ。太陽を背にする姿は、まさに神様と言うにふさわしい。

 しかし、その生ぬるい表情に槇はイラッとした。


「なんっにも、わかってない!」

「そういえば今までは邪神を務め始めるのは恋を知らぬ幼子ばかりだったな。ふふ、悪くない。お前のことは俺が見守ってやろう」

「面白がらないで」

「何を言う。神は全てを楽しむ生き物ぞ」


 言い返せない。

 槇は立ち上がると、そのつま先にげんこつをお見舞いした。


「いっ!!」

「レンレン、じゃあねー」

「おま、おまえ、神を殴ったな?!」

「違うよ。さよならの挨拶だよ」


 怒らないことはわかっている。

 蓮一郎が人と「遊ぶ」ことを好むことも、知っている。槇は手を振りながら境内を出た。コートの前を合わせ、階段を軽快におりる。





        ◯





 蓮一郎はその無邪気とも言える姿を見送った。

 呆れたように腕を組む。


「本当にあいつは規格外だ。俺に触れるなんて──そう思わないか?」


 社の裏から、ひょっこり出てきた和臣は、気まずそうにへらりと笑う。


「蓮さん、やっぱり気づいていましたか」

「無論だ。俺は神ぞ」

「ふふ。知っています。とても優しい神様ですよね」


 和臣がにこにこと笑うと、蓮一郎はプカプカと浮いていた身体をゆっくりと下ろして再び賽銭箱に座った。


「和臣」

「? はい」

「本当はもうすべて思い出してることを言ってやったらどうだ?」


 和臣は目を丸くすると、黒い長羽織の中で腕を組みながら、うーんと首を傾げた。


「言っちゃいます?」

「おまえ……軽いな」

「悩みどころですよねえ。でも槇さんの言う事、その通りなんです」

「どれだ」

「遊んでるって、いうところ」


 和臣が穏やかな顔で言う。


「僕は彼女の担任になったとき、邪神になることしか選択肢にないことを勿体ないと思っていたんです。成績優秀で、クラスをまとめる力もある。彼女を頼る人もいるけれど……彼女は決して共倒れにならないで程よい距離で相手をいるべき道に戻してあげていた。ある種の才能です」

「邪神の才能だな」

「彼女といると、不思議と癒やされるんですよね」

「天原の跡継ぎだからな。それなりに神通力が」

「怒ったりしていると、楽しくなる」

「……ん?」

「基本的には感情が波立たない人ですが、意外と感情がコロコロ顔に出るんです。それを見るのが面白くて」

「……」

「困っていたりしたときには、こう、ワクワクして、なんとも言えないくらい楽しいんです」

「おまえ……意外とさでぃすとだったのか……」

「え? 何ですか?」


 にこにこと笑う和臣を、蓮一郎は物珍しそうに見つめる。


「おまえほど奇妙な男は初めて見たぞ」

「照れますね」

「褒めてないからな。思い出したのは半年ほど前だったな」

「はい、ある日急に。制服を着た彼女の勉強を見ているときに、ふと我に返ったんです。あれって。何してるんだこれって」

「なんだその恐ろしい瞬間は」

「羞恥で死ねそうでした。もう生きてませんけど」

「それから知らぬ存ぜぬふりか」


 和臣は微笑んだ。

 その顔には教師の顔もあり、それ以外の複雑な感情も浮かんでいる。

 蓮一郎はため息を吐いた。砂利の間の花の蕾が、ふわりと開く。



「好きに遊ぶがいい。ただ、引き際は見定めよ」



 その言葉に、和臣はゆっくりと頷いたのだった。

 






──(実は色々覚えている元担任の)邪神と(それを知らずに制服を着る元)JK──

 


 

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