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邪神とJK  作者: 藤谷とう
33/51

33.馬鹿可愛い




「和臣くんが教師をやめたのは、生徒であった槇ちゃんが心の中にずっといたからなのよ……!」




 蓮一郎から促された七緒が、そう言った。

 天に右手を手をひらりと上げて、まるで舞台のクライマックスのようにポーズを決める。


 槇は言葉が出なかった。

 言いたいことがあったといえば、「そんな馬鹿な」という言葉だが、しんみりと楽しそうに話し始める七緒にそんなツッコミはできない。


 槇がちらりと見た蓮一郎の顔には「七緒の好きに話させろ」と書かれているので、黙って頷く。


 右手をぐっと握る七緒は、切なげに眉根を寄せた。


「逢田和臣、初めての恋! そう! 初、恋っ!」

「……」

「彼は自分が生徒にそんな感情を持っているなんて思いたくなかった……っ。しかし、天の采配……たつみ様が動いたのかしら……? 和臣くんは転任することに!」


 ダダン、と何かしらの音がなりそうな拍を取って、七緒は淀みなく続ける。


「どうにか初恋をなかったことにしようと躍起になる和臣くん。新しいクラスの生徒にはそんな気はサラサラ起きない……やはり、やはり槇ちゃんが特別だったのかと意識しそうになったその時!」

「……」

「自分に猛アタックしてくる人が! 結婚詐欺師だということも気づかないおっちょこちょいな和臣くん……! 初恋を振り切るためでしょうか……彼は不審な彼女の行動も適当に流してまで付き合いを続けます……おおっと、マンション?! それだけはやめたほうが!!」


 なぜか実況に変わったそれに、槇はとりあえず耳を傾けることにした。

 七緒が大層楽しそうだったのだ。


「しかし、偽の営業マンに現金一括で、と言われて払ってしまいます! 馬鹿なのか。この子は本当に馬鹿なのか?!」


 こくりと頷く槇と蓮一郎。

 七緒は目を瞑って力強く「馬鹿可愛い!」と絞り出す。

 また槇と蓮一郎は頷いた。


「しかし……」


 今度は涙をぬぐうフリをする七緒は声を震わせる。


「騙されたとわかったとき……彼は理解したの……この心に残っているのは、槇ちゃんだけだとっ!!」

「……」

「悟った和臣くんの行動は早かった! 見かけた偽営業マンと偽名の彼女を尾行、素行調査をし、二人の会社に内容証明を発射。直後に退職もして、姿を消したのです」

「意外とちゃんと制裁してるね。跳び蹴り以上じゃん」

「あれでいて冷静なやつだからな」

 

 槇と蓮一郎の感想を気にしない七緒は、ふふ、と優しく微笑んだ。


「忘れられぬ人……年下の生徒……ああ、禁断……。和臣くんは、槇ちゃんへの想いが消えないことを受け入れた。結局自分は生徒を受け持つ資格がないと自覚したから、全て捨ててリセットする気で、最後にここに来たのよ」


 独壇場は終わったらしい。

 七緒は落ち着いた目で槇を見た。


「あまりにも切実に槇ちゃんを思い出しながら階段を登るんだもの。つい、話してみたくなっちゃってね」

「……」

「話してみたら意気投合したの。あなたに時間を与えたいって」

「──和臣はおまえが幸せであることを望み、七緒はおまえに幸せでいてほしいと願う人間を残したかったのだ」


 蓮一郎が補足すると、七緒はにこっと笑った。



 なんて言えばいいのかわからない。

 ただ、槇の頭の隅には十二月の教室の和臣が鮮やかに映っていた。

 笑うんですね、と驚いていたあの顔が。

 名前を呼ばれてみたいと思ったあの瞬間──世界に二人きりだった静けさが、心にひたりと響く。



「和臣くんは絶対言わないから、私が伝えたくて」

「言わぬだろうな。あいつは奇妙な男だ」

「あらまあ、レンレン。和臣くんを認めてくれてるのね」

「邪神を務める者には敬意を払う。いつの時代もな」


 当然だとばかりに蓮一郎が笑う。

 それは、初めて槇が蓮一郎を見たときに衝撃を受けた美しい笑みと同じだった。



「そういうわけだ。槇、おまえははかなり和臣に愛されている。手加減をしてやれ。あいつはいつか自分が消えることをわかっている。七緒から聞かされていたからな」



 七緒を見る蓮一郎は、慈しむような目だ。七緒も目を細める。


「私はね、二人がまとめて幸せになれららいいと思うけど、二人はきちんと交代しないといけないし、交代したあとは私が和臣くんを預かることになるわ。あなたは──残念ながら、ずっと邪神のままだと思う」


 そもそも、天原の娘しかいない場所に、和臣が行けるのかもわからないだろう。

 槇は動揺しつつ、しかし冷静だった。

 役目を終えた者たちの場所にいられなければ、和臣の魂はどこへ行くのだろうか。


「うん、酷なことをしたと思うわ。あなたにも和臣くんにも。でも……でもね」

「いいよ、七緒……」

「やっちゃったもんは仕方ないからさ!」


 あはは、と明るく笑う七緒は、蓮一郎に肘で押されてハッとしたように上品に笑った。


「ごめんね……?」

「いいよ」


 これでこそ邪神を務めたタフな人だと言える。

 槇はおかしくなって笑った。


「なるほどね、うん、わかった」

「本当か?」

「本当だよ、レンレン。和臣先生は私が好きで好きでたまらないくせに、自分は消えるからって、それを言うつもりがないってことでしょ」

「……おお……おまえの開き直り方はすごいな」

「それでこそ邪神よっ、槇ちゃんっ!」


 ファイト、と言わんばかりに両手を握る七緒は、恋の応援団と書いた鉢巻をどこからか出して頭に巻く。


「和臣くんには手加減して迫ってねっ!」

「了解。それにしても、ここで再会したときは、そんな素振りなかったけどね」

「それ聞いちゃうー?!」


 きゃあっと身を捩る七緒は、和臣精一杯のボケだったことを槇へと興奮しながら語った。


「手に名前を書いてもらうなんて……いじらしいーー!」

「策士だろう」

「レンレンったら! あれでも相当焦ってたのよ、ほぼパニックっていうか! 可愛かったんだから〜!!」


 見てたのか。

 槇は、シリアスな空気が長続きしないこの二人を前に、不安が消し飛んでいくのを感じた。


 和臣は消える。

 手を握れば、二度と会えなくなってしまうのだ。

 


 それでも、まだ二人でいられる時間はある。




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