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邪神とJK  作者: 藤谷とう
32/51

32.これくらいにしておこう



 ふと、池の水が波打った気配がして目が覚めると、目の前に寝ている和臣の顔があった。


 いつの間にか二人して眠っていたらしい。

 開け放たれた障子の向こうに見える空は、穏やかな青が広がっている。槇は何度か瞬きをし、和臣のまつげをじっと見つめた。


「どうして結婚詐欺に引っかかるかな……警戒心強めなくせに」


 ぼそりと呟くと、和臣のまつげが震えた。


「自分から引っかかったんじゃないの?」

「ひどい言われようですね」

「やっぱり起きてた」


 和臣の目がゆっくりと開き、槇を射抜く。

 しばらく見つめ合っていると、和臣が先に笑った。


「うーん、負けました」

「にらめっこしてたっけ?」

「? 槇さんよく仕掛けてくるじゃないですか」

「ただ見つめてるだけだよ。好きだから」


 ごふ、と、咳き込む和臣を横目に、槇はのっそりと起き上がる。


「声がね」

「こ、声がですね?!」

「おはよう」

「……おはようございます……」


 和臣もよろよろと起き上がる。


「時間、大丈夫ですかね? 多分一時間しか寝てないと思うんですが……」

「うん。大丈夫だよ」


 けろりと答える槇を疑わしげで眼差しが刺してくるが、その頭の寝癖のお陰で何も怖くなかった。


「和臣先生」

「……なんでしょう」


 槇が手を伸ばすと、和臣が鼻を隠しながら疑心に満ちた目で見てくる。

 可愛いな、と思ったが、言葉にはせずに指先で前髪を救うように触れた。


「!」

「寝癖がすごい」

「えっ」


 アワアワとしたように自分の頭に触れる和臣からパッと手を離し、槇は立ち上がる。するりと抜ける羽織を掴み、和臣の肩へ掛けた。


「はい、返す」

「どう、も……」

「……」

「……」

「なんか顔赤くなってない?」

「なってませんよお?」


 背中を丸める和臣に、槇はクスクスと笑いながら伸びをした。


「じゃあね」

「……」

「なに、その反抗的な目は」

「大原と会うときは」

「気をつけるってば。大体そんな警戒しなきゃならない人じゃないよ」

「何を言ってるんですか! 忘れたんですか?! あの悪行を」

「悪行って」

 

 槇が笑い飛ばすと、上目遣いの目がムッと不機嫌に細くなる。


「あなたの腰を抱き、手を掴み、あまつさえ顔を近づけながら囁きました!」

「言葉にすると結構だね」

「言葉にしなくても結構な迫り方です。しかもアイツ、槇さんの弱点をすぐに把握して……」


 ブツブツという和臣の頭を乱暴に撫で、槇は仕方なさそうに笑う。


「先生って、過保護だね」

「あなたの危機管理が危ないだけです」

「大丈夫だって」

「ほら、またそう言う。そういう人が一番大丈夫じゃないんですよ」

「心配してくれてありがと」

「……」


 黙った。

 赤ベコのごとく頭がぐでんと下がる。


「じゃ、すぐ帰ってくるから待っててね」


 そう言って、槇は和室を出て廊下へ向かう。玄関から出る頃に、ハッとしたような声で「か、帰るって言わないでください!」と無駄に抵抗する和臣の声が聞こえた。


「はいはい」

「聞いてます?!」

「聞いてるよー。好きだし」

「……」

「声がねー」

「わ、わかってますよ!!」


 声とともに、ちゃぶ台に頭を打ち付けるような音がした。

 

 これくらいにしておこう。

 

 槇は玄関の戸を閉め、赤い一本橋を渡ると、木々を抜け、社の裏手へ。空は住んだ青──朝だ。ぐるりと回って社の正面に出れば、やはりそこに蓮一郎がいた。賽銭箱に座って足を組んでいる。


「おう、来たな」

「レンレン」

「お前と話がしたいという者を連れてきた──ほれ、出てこい」


 蓮一郎が社を見ると、その扉が控えめに開く。


「……え?」

「お久しぶりね。槇ちゃん」


 恥ずかしそうに顔を出したのは、着物姿の美しい人。

 槇の目が見開かれる。


「七緒」

「えへへ」


 蓮一郎の後ろへ立つ彼女は手をそっと上品に帯の前で重ねた。


「ごめんね、驚かせて。どうしても槇ちゃんと話がしたくて、レンレンに頼んじゃった」

「七緒」


 落ち着いた雰囲気に、それにしては幼い話し方──先代の邪神の七緒に間違いなかった。

 槇の顔が徐々に明るくなると、七緒は嬉しそうに目元を和らげる。


「ふふ。本当に可愛い子ね」

「どうして……」

「ちょっと和臣くんのことも話しておこうと思って。あの子、絶対話さないから」


 困ったように笑う七緒は、しかし愛おしむように目を伏せた。


「あのね。和臣くんが結婚詐欺に引っかかったのは、理由があって──」

「いや、七緒がどうしてここに来れるのかを聞きたいんだけど」

「わあ。相変わらずね!」


 感動したように七緒の目が煌めく。

 何故か自慢げな蓮一郎が「うんうん」と頷いた。


「その説明は俺がしてやろう。おまえが俺に聞きたいことでもあっただろうからな」

 

 蓮一郎の目が優しく輝く。



 彼の長ったらしい説明を要約すると、邪神の役目を終えた者たちは、ある場所で次に生まれる邪神候補を見守っているのだという。

 その者に自分の魂を捧げ、より長期間在位できる邪神へと導くために。

 つまるところ、歴代の邪神によるら次代の邪神オーディションらしい。



「おまっ、その表現はどうかと思うぞ」

「そうかな。結構いい線いってると思うけど。ね、七緒」

「槇ちゃんがグランプリよっ!」


 ぐっと両手を握る七緒に、なるほど、と槇は頷く。

 どうやら自分は歴代の邪神の票を集めたらしかった。どうりで「歴代ナンバーワンの邪神候補」ともてはやされるはずだ。



「──邪神になる天原の娘は、おまえが最後だろう」



 蓮一郎がめずらしく言葉に重みを乗せる。

 槇は軽く頷いた。


「知ってる」

「……可愛くないな」

「もう、レンレンったら。そこが可愛いんじゃないの」


 七緒が力説し、蓮一郎がフッと笑って頷く。

 無言で話を促す槇の視線に、蓮一郎はこほんと咳払いをした。


「まあ……おまえに全員が魂を捧げたものだからな……役目を終えた者が棲む場所に、七緒は一人なのだ」

「そうそう。だからちょっとレンレンの権限で出してもらえてね」


 特別扱いはできないが、一人しかいないのなら特別でもなんでもない、と蓮一郎は言ってのけた。

 しかし、その瞳は真剣だ。



「ただ、時間はない。七緒の話を聞いてやれ」



 

 

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