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邪神とJK  作者: 藤谷とう
20/51

20.子鬼の乙木



 あたたかな光の中で、どれくらいのんびりとしていたのか、ふと和臣が言った。


「そろそろお(うち)へ帰ったほうがいいのでは?」


 槇は微睡んでいた目を薄っすらと開ける。

 天井には池の水影がまだらにうつり、ゆらゆらと揺れていた。気だるい眠気に包まれる。


 今日はよく話をした。

 たとえそれが不意に途切れても居心地が良く、息遣いはまるで子守唄のように安心できた。

 

 槇はあくびを噛み殺しながらゴロンと転がる。

 頭同士をくっつけるように転がっていたので、必然的に近くなる。


「和臣先生ってさ」


 呼ぶと、同じく目を瞑っていた和臣もとろんと目を開ける。


「はい?」

「いつも〝おうち〟って言うよね」

「え。変ですか?」


 目を開けた和臣もごろんとこちらへ寝転んだ。

 さらに距離が縮まる。


「……」

「……」


 見つめ合うこと三秒。

 先に笑ったのは和臣だった。穏やかに目を細める。


「変ですかね?」

「変っていうか、可愛いっていうか」

「またそれですか」

「またそれですよ」

「あなたも可愛いですよ」

「ありがとう」


 さらっと礼を言う槇に、和臣は目を伏せるように笑った。


「今日はなんだか、のんびりしましたねえ」

「そうだね。次から枕持参で来ようかな」

「タオルケットも必要では」

「もうパジャマで来るわ」

「それはだめです」


 ふざけあった会話を終えた槇は、よっこらしょっと身体を起こした。


「先生の忠告を大人しく聞いてお家に帰ろうかな」

「はい」


 和臣は寝転んだまま頷く。

 くせ毛の髪が僅かに揺れ、槇はなんとなく手を伸ばした。

 ハッとしたように鼻を押さえる和臣の前髪にそっと触れる。


「……?」

「髪がふわふわしてる」

「僕、くせ毛なので」

「知ってるよ」


 槇が笑うと、和臣がじっと見上げてきた。

 槇の中に何かを探すような目だ。自分の何かを。


 ぞわりとするその視線を、槇は薄っすらと受け止めた。


「心配しなくても、合コンでお持ち帰りなんてされないよ」

「同窓会ですよね?!」

「そうだったそうだった」


 茶化してしまえば、先程の視線は一気に消え失せる。

 槇は伸びをしながら呟いた。


「先生って意外と彼女いっぱいいたタイプなんだね」

「い、今なんて?」

「女遊び激しい小悪魔的な人だったんだなって」

「更に脚色されてません?!」


 ひどいです、と顔を覆って寝転がる男の頭をとんとんと撫でるように叩いて、槇は立ち上がった。


「私がいなくてさみしいだろうけど、我慢してね。和臣せんせ」

「……」

「何。その反抗的な目は」


 指の間から恨みがましいような目を向けられて言い返せば、拗ねたような声がくぐもって聞こえてくる。


「槇さんのほうが危ないです……」

「何言ってんの」

「またお待ちしております」


 和臣が呻くように言うので、槇は「じゃあね」とだけ言って家を出た。

 

 赤い橋を渡り、雑木林を抜けて社の裏手を戻ると、やはり空は夕焼けに染まっていた。

 どろりとしたオレンジ色の黄身のような太陽が槇の足元を赤く照らす。


 神社に一礼し、今日は何も預けていない狛犬たちをぽんっと撫でたから階段を降りていくと、ふと気配がした。

 数段下に、影が差し込む。


乙木(おとぎ)


 呼び止めると、小さな影がピタリと止まって槇を見上げた。

 くりくりの目に、金色の髪。そこから少しのぞく2つのツノ──子鬼の乙木だ。


「まき」


 乙木の顔がぱあっと輝く。


「ひさしぶり。げんきか?」


 ニカッと笑う表情はまさに天使のよう。一見、幼児モデルを務めるられるほど可愛らしい容姿をしているが、彼は生きて千年以上。全国小鬼協会の会長を務めている、らしい。子鬼の強さは可愛らしさに比例するとのことだ。なので、彼はわりとえげつないこともする。


「元気だよ。乙木も元気そうだね。世越間神社に用事?」

「うん。いま蓮一郎さまがきてるみたいだから、すこし話を聞いていただこうかと思ってな」

「そう。何かあったの?」


 乙木は全国小鬼協会だけではなく、あやかし連盟の理事でもある、らしい。

 いつかの柳と宇良のくだらない喧嘩の仲裁を先代に頼むことをまとめ上げたのも乙木だ。その彼が蓮一郎に話など、穏やかではない。

 一瞬柳のことが頭によぎったが、乙木は可愛らしく首を横にふるふると振った。


「まきのしんぱいすることはないぞ。ただ、西の方の子鬼のすみかが、じゅうたくかいはつ、とやらで狭くなってきてな。蓮一郎さまに、いじゅうの地を教えてもらいにきたんだ」

「そっか。人間がすみません」


 槇がする浅い謝罪に、乙木はからからと笑った。


「おれたちも平和にくらしたいからな。互いのりょうぶんはおかさないよ」

「いい所が見つかると良いね」

「うん。まあどうしようもなくなったら、人間へらすだけだし。じゃな、まき」


 最後に不吉なことを明るい笑顔で言った乙木は、ててて、と階段を登っていった。

 


「あ」



 槇はその背中が消えて思い出す。

 

「先生と初対面だろうから、驚かさないでねって言うの忘れちゃった」


 まあ、蓮一郎が来ているのなら大丈夫だろう。

 槇は階段を降りる。


 あくびが出て、小さく笑う。


 なんだろう。

 今日は、楽しかったな。











「おかえり、槇」


 帰ると、芳がひょこっと顔出した。

 エプロンをしている。家に漂う甘いケチャップの香りに、槇はピンときた。


「オムライス?」

「正解」

「お父さんとお母さんは?」

「デートだ」


 仲のよろしいことで〜、と言いながら飛鳥が玄関にやってくる。エプロンをなびかせるようにバレリーナのごとくくるりと回り、止まった。指先まで美しいが、嫌な予感しかしない。


「おねえさま……お客様がいらっしゃいます」

「誰よ」

「大原先輩ですわ」


 ですわ、と芳まで真面目な顔で頷く。


「いやなんでよ」


 槇が言うと、二人は交互の白状した。


「電話があってな」

「出たら大原先輩でしたの」

「槇に用事があるって言うから」

「じゃあ家でオムライス食べてく? って芳くんが」

「おい、待て。飛鳥が電話を奪って勝手にそう言ったんだろ」

「妹を突き出すなんて、ひどいですわ、おにいさま」

「……──仲のよろしいことで」


 二人をちらりと睨むと、飛鳥も芳も「そういうことだから」とだけ言ってぴゃっと消えた。


 タイミングよく外から車が入ってきた音がして、槇は出迎えのためにドアを開けるのだった。






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