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邪神とJK  作者: 藤谷とう
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2.これだから神様というやつは




「おい、(まき)。おまえまだ高校生だったか?」


 境内に慌てて戻ってきた槇が狛犬にかけていたコートを取った時、背後から声をかけられた。

 ぴくりと手を止めた槇が振り返ると、(やしろ)の賽銭箱に足を組んで座るホストのような出で立ちの長髪の男がいた。槇の目が丸くなる。


「……レンレン?」

「おいやめろ、そのパンダのような呼び方は」


 ふん、と〝怒っているぞポーズ〟をするために宙に浮いたその男を、槇はコートを着ながら見上げる。


「久しぶり。四年ぶりくらいだっけ」

「……おまえ……本当にマイペースなやつだな。もう少し反応くらいしたらどうだ。俺が来たんだぞ」

「人はそう変わらないよ」

「うむ、真理だ」


 大きく頷くその男に、槇は「じゃあね」とくるりと踵を翻そうとした。しかし、びしりと身体が硬直する。


「レ、ン、レ、ンー?」

七緒(ななお)に似たな。残念だ」

「先代以上に邪神に向いてるってみんなに言われるよ」

「いや……七緒はそこまで図太くなかったな……もっと淑やかだった」

「レンレンが似てるって言ったんだけど?」

「お前には謙虚さがない」


 びしっと指をさされた槇は「あ、そうですかー」とだけ返す。


「七緒はマイペースでよく俺を無視したが、それでも謙虚で淑やかで美しかった」

「はいはい」

「で、槇。おまえまだ高校生だったか?」


 二度目の質問に、槇は動かない身体をどうにか動かそうとして踏ん張る。


「ぐぬぬぬぬ」

「……おまえ……もしかして、こすぷれか……? 就職もせず……」

「ちょ、やめてよ!」


 神様の口から「こすぷれ」など聞きたくない。

 それ以上に傷をえぐられたくないし、和臣にも聞かれたくない。槇は動かない身体を「ふんっ!」と気合で動かした。 


「おお……なんて奴だ……」

「言ったでしょ。先代以上に邪神に向いてるって言われてるんだから」

「その座を和臣にとられておきながら何を言っている」


 若干引いていたのにきょとんとした顔で言われ、槇は思わずぐっと歯を食いしばる。

 これだから神様というやつは。

 純粋な顔をしたホストはさらにこてんと首を傾げた。


「こすぷれをして和臣と逢引きをしているのはなぜだ?」

「や、やめてよ! 変な誤解しないで」

「だったらきちんと俺に話せ。暇だ」

「……暇なら、勝手に交代した和臣先生に愚痴でも話してきなよ……」

「何を言う。俺に愚痴などない」

「……」

「和臣の方に行ってもいいが、聞いてくるぞ。元教え子が毎日制服こすぷれをして日参しているがどういうことだ、と」

「マジでやめて」


 槇が青い顔で言うと先代がレンレンと呼んでいた、世越間神社を監視する神様──蓮一郎(れんいちろう)はふんと笑ったのだった。





      ◯





 槇が邪神の交代の瞬間を見たのは、二年前。

 

 ──そろそろ交代の必要がありそうだ。


 親族間でそういう話が出ているのは知っていた。

 槇が幼い頃から「逸材だ」ともてはやされて来たのは、曾祖母の姉である先代──七緒に可愛がられていたこともあるが、何より本当に適正があったのだ。


 人の愚痴を際限なく聞ける図太さ、それを溜め込まないスルースキル、家から一歩も出なくても平気なストレス耐性、などなど。邪神適性テストがあったならば、槇ほど全てにおいて二重丸がつく者はいなかったし、何より槇には鋏を床の間から取ることができる──聖剣を抜く勇者のような力があったのだ。


 先代が自分で髪を切る〝浄化〟ができなくなったのが、槇が高校一年の終わりの頃だった。


 その頃から日参し、毎日彼女の髪を切りながら「そろそろ代わろうよ」と話していても、若い姿のまま時を止めた先代は「うーん、あなたが卒業するまではやめとくわ」と上品に笑い、ひとつも愚痴をこぼしてくれなかった。


 それでもあの状態は相当キツかったらしく、付き合いの長い神様たちは彼女の心情を慮っていたのか、来訪は控えめだった。


 そんな中、卒業式を終えた槇が世越間神社の階段を駆け上がって境内に入った瞬間、それは目の前で起きたのだ。




 黒い羽織を来た七緒が、男に向かって手を差し出していた。

 その手を男が取る。

 すると、彼女はすうっと透き通り──そのまま内側から白い綿がもこもこと花のように咲いて、最後にはぱちんと弾けて消えていった。

 

 それは、彼女の髪を切ると出てきていた黒い綿と似たようなもので、彼女が自分の友人ではなく、邪神という「神様」だったということを思い知った出来事だった。


 槇はそれをじっと見つめている。

 和臣も微動だにしなかった。


 二人で同じものを見ていたあの奇妙な連帯感を、今も思い出せる。


 美しいというよりも、酷く無邪気で楽しそうな──最後に空に消えていった彼女の「おつかれっしたー!」という声を見届けたあの瞬間を。





      ◯

 



「おお、それなら俺も聞いたぞ。七緒らしい挨拶だった」

「挨拶っていうのかな……」

「七緒は邪神に向いていたからな。十歳からいた彼女が歴代の中で最長の在位期間だった」


 うんうんと頷く蓮一郎は社の賽銭箱に座っている。罰当たりだと言いたいところだが、彼は神様なので当たる罰もないだろう。


 槇は社の階段にちょこんと座り、頬杖をついてその姿を見上げる。


 人外の美しさというものを初めて目の当たりにした五歳のときはそれはそれは衝撃的だったが、今はもうなんとも思わない。


 慣れというのは恐ろしいものだ。


 蓮一郎と最後に会ったのは高校入学の頃だった。

 先代が役目を終えたあとは会うことはなかったが、彼らの視点で言うと四年などたった一瞬で、その後に槇の前に姿を現したことはない。


「和臣先生には会ってたんだ?」

「当然だ。交代したのだから教育的指導をだな」

「価値観古い」

「なんとでも言うがいい。それが俺の仕事だ」


 ホストな姿で格好をつけられても、と槇が胡散臭そうに見ていると、同じような目が返された。


「おい。槇。おまえがこすぷれをすることになった話はまだか。和臣が交代した瞬間の話など別に聞いていないぞ」

「……チッ」

「おまっ、おまえっ! 俺に舌打ちしたな?!」

「気のせいだよ」

「ほう。わかった。和臣に聞いてくる」


 槇は飛び立とうとした蓮一郎の足をガッと掴む。

 蓮一郎はぎょっとしているが、必死な形相の槇は叫んだ。


「あれはそう、二年前のことでしたぁ──!」











 


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