表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
邪神とJK  作者: 藤谷とう
12/51

12.遠回しでも、哀れみでもなく、純粋に



 どん、と音がして、光の柱が池の中から空へと伸びる。


 まどかは美しく去っていった。

 池の水が残滓をなぞるように淡く光る。





 縁側でそれを見送ったのは、随分久しぶりだ。

 槇の心の中に懐かしさに似た何かがふわりと浮かぶ。


 郷愁、というのに近い気のかもしれない。


 槇にとっては、ここが──この家の中が、どんな現実よりも現実だった。



「槇さん」


 和臣から、まどかを見送っていた槇を労るような声をかけられる。

 二人して縁側に並んで座ったままだ。どうしてか動けない。


「槇さん、大丈夫ですか?」


 槇はそっと隣を見た。

 和臣の目は、まるで保護者のそれだ。


「なんでそんなこと聞くの?」

「ふふ」


 和臣は笑う。


「人は、聞かれたくないことを聞かれたときに、必ず〝なんで〟って聞くんだそうですよ」

「……知ってるならそっとしとかない? 普通」

「だって、あなたが心配だから」


 和臣がさらりと言うので、槇は一瞬なんのことかわからなかった。

 誰が、誰を、心配するというのだろう。


「何言ってるの?」

「心配されることに慣れていないんですね」

「まあ……」

「しっかりしすぎですよ。あなたはまだ人として生きているんですから、もう少し誰かに寄りかかって、心配されるべきです」


 現実を生きろ。

 そう言われているのはわかる。遠回しでも、哀れみでもなく、純粋に槇の未来を思っていることも。

 ただ──


「……今の先生に言われてもねー……」


 和臣のくせ毛の髪がもっさもっさと増え、その身体を覆い尽くして髪の毛おばけになっている最中だ。話が入ってこない。

 邪神の仕事を終えた証拠ではあるが、なんとまあ間の悪いことか。


「え──あっ!」


 タイミングよく、前髪がわさっと仕上げとばかりに顔を覆う。

 そのまま、肩を落としたように和臣はしゅんとした。


「……すみません……槇さん……髪を切って……くれますか?」

「いーよ」


 立ち上がった槇は、ぽんぽん、とふさふさの頭を撫でる。

 床の間から鋏を聖剣のごとく取り出し、和臣の後ろへ立つと浄化を始めた。自分になすがままの和臣を見ているのは、割と嫌いではない。


 髪をそっと切る。

 くすぐったそうな和臣のつむじも、切った髪が綿になってはしゃぐ光景も、槇の何かを刺激する。気が緩み、ついつい口角が上がってしまうのだ。


「槇さん」

「んー?」

「柳さんのことですけど」


 なるほど、そう切り込んでくるか。

 先程の話題をまだ諦めていないらしい和臣に、槇は仕方なく付き合うことにした。槇の周囲では綿がぱちんと弾けていく。

 神様の愚痴からできた「負」のエネルギーは、なんというか無邪気だ。


「他の人とは縁結びはできそうにない、と伝えるしかないですよね」

「うん。でもそれは私から伝えるから」

「槇さんが?」

「先生のほうが上手に伝えられるだろうけど、私のほうが柳は納得するでしょ」


 和臣は無言で肯定する。

 じゃきっと鋏の音が二人の間で小気味良く響いた。


「和臣先生」

「はい」

「菫と柳のことは、二人がどうにかする。っていうか、二人がどうにかしなきゃならないことだよ。肩入れしちゃだめ」

「厳しいですね」


 言葉の割には、声はのほほんとしている。

 

「槇さん、恋が怖いですか?」

「いんや、全然」

 

 槇の即答に、和臣の肩が控えめに揺れる。くすくすと笑うその声が、思いの外心地いい。


「では、挑戦してみてはどうでしょう。誰かと出かけたり、誰かと一緒に、同じ話で笑い合うことからでもいいので、してみませんか?」

「和臣先生としてるよ」


 和臣が黙る。

 その沈黙は雄弁で、和臣が「そうじゃない」と悲しんでいるのが手に取るようにわかった。

 槇は絶えず鋏を動かしながら、毛むくじゃらを和臣に戻していく。


「先生、私は邪神になるんだよ」


 たとえ、今は和臣がその座についていたとしても、いつか必ず交代しなければならない時が来る。それは絶対だ。

 今まで天原以外の誰も邪神を務めたことがないのは、誰も邪神を務められなかったからだろう。

 今の世代では自分しか邪神になれる者はいない。

 既定路線というやつだ。


「だって、邪神じゃない人生なんて面倒だもん」


 笑って言えば、和臣は何かを飲み込むように小さく息を詰めた。


「怖がらないでください」


 和臣が呟く。

 どうして人として幸せになろうとしないのかと、そう痛むように。


 髪を切り終えてさっぱりとした和臣の頭を、くいっと上を向かせた。

 目が合う。

 槇は左手を伸ばすと──和臣の鼻をむぎゅっと摘んだ。



「先生こそ、私を怖がらないで」



 驚いたようにじわじわと目を見開く和臣の目を見つめ返した槇は、それにニッと笑い、手を離す。



「柳のことは私に任せて。じゃあね。また明日」



 呆然とする和臣を残し、槇は鋏を床の間に戻すと、振り返らないまま家を出た。

 赤い橋を渡り、木々を抜け、社の裏から表に回って境内を出て、狛犬にかけたままのコートを着込む。


 ゆっくりと階段を降りると、外の景色が茜色のグラデーションに変わっていった。

 現実はもう、夕方だ。


「……ふう」


 体感時間としてはたった数時間だが、世越間神社からでればきちんと時間は経っている。和臣は気づいていないようだが、あの中の時間の流れは恐ろしく遅い。

 いや、現実が早いのだ。

 簡単に人が近寄れないほどに、ここには神気が満ちている。


「ん?」


 階段を降りる槇の足が止まる。

 なぜ和臣は境内の中にまで入れたのだろう。


「今は聞けないかあ」


 槇はとことこと階段を降りる。

 最後の段を身軽に降り立ったとき、ふと自宅の方から車が出てくるのが見えた。

 見たことのない黒いコンパクトカーだ。


 なんとなく身を守るようにコートのポケットに手を突っ込む。ついでに俯きながら車とすれ違おうとしたが、何故か車は突然ピタリと止まった。


 思わず顔を上げると、助手席の窓が下る。

 運転席から身を乗り出すようにしてこちらを見る青年は、槇を見て爽やかに笑った。


「やっぱり! 天原さんだ」

「……大原くん?」


 それは、別名「爽やかの権化」と呼ばれていた高校の同級生、大原太一だった。




 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ