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第6話 月光蘭の伝説と、動き出すそれぞれの想い

 カサリ、という乾いた物音。賢者祭壇の奥、深い闇の中から聞こえたその音に、私と健太くんは息を呑んだ。


「だ、誰かいるのかっ!?」

 健太くんが、少し上擦った声で闇に向かって叫ぶ。しかし、返事はない。ただ、不気味な静寂が広がるばかりだ。私の周りを飛び交っていた小魔霊たちが、一斉に警戒態勢に入り、チカチカと激しく光を明滅させている。特に金色の小魔霊は、私を庇うように前へ出て、闇の奥を鋭く睨みつけていた。


(獣……? それとも……)


 この神聖な場所に、得体の知れない何かが潜んでいる。その事実に、私の背筋がぞくりと冷たくなった。

「里奈さん、一度村に戻ろうぜ。なんかヤバそうだ」

 健太くんの言葉に、私は頷いた。これ以上深入りするのは危険かもしれない。後ろ髪を引かれる思いで祭壇を後にする私たちの背中を、木の陰から梅蔵さんが険しい表情で見送っていたことなど、その時の私は知る由もなかった。


 村に戻った私は、興奮冷めやらぬまま、玄太さんに賢者祭壇での出来事と、そこから導き出した私の拙い仮説を伝えた。

「――つまり、あの祭壇はただの石ではなくて、薬草の力を増幅させる、古代の装置のようなものなんじゃないかと思うんです。そして、中央の窪みには、何か特別なものを捧げることで、その力が発動するのでは……と」

 元ITコンサルの分析癖が、こんなところで顔を出すなんて。


 玄太さんは、私の話を黙って聞いていたが、やがて大きく息を吐くと、深く頷いた。

「賢者の力、か……。荒唐無稽な話ではないかもしれんな。わしも、若い頃に村の古老から似たような話を聞いたことがある。失われた儀式、特別な薬草……。よし、少し古い文献を調べてみよう。何か手がかりが見つかるやもしれん」

 その目は、薬師としての探求心に燃えていた。私の突拍子もない仮説を、真っ向から否定しない玄太さんの懐の深さに、私は改めて感謝の念を抱いた。


 そこへ、薪割りを終えたらしい梅蔵さんが、ズカズカと母屋に上がり込んできた。

「小娘、また賢者祭壇なぞに首を突っ込んどるのか。いい加減にせんか!」

 相変わらずの剣幕だ。けれど、今日の彼女はどこか様子が違う。

「あそこはな、聖域であると同時に、下手に触れれば厄災を招くやもしれん場所なんじゃ。昔……昔、欲に目がくらんで祭壇の力を悪用しようとした者がおってな……村に大きな災いが降りかかったと聞く」

 梅蔵さんの声は、珍しく震えていた。その瞳には、恐怖にも似た色が浮かんでいる。

「お前さんのような素人が、面白半分で足を踏み入れて良い場所ではないわ!」

 普段の彼女からは想像もできないほど感情的な言葉に、私は何も言い返せなかった。梅蔵さんは、何か言いかけては口をつぐみ、ギリッと唇を噛み締めると、荒々しく部屋を出て行ってしまった。


(梅蔵さん……何か、知ってるんだ。あの祭壇の、本当の恐ろしさを……)


 一方、健太くんは私の仮説を聞いて目を輝かせていた。

「すげーじゃん、里奈さん! なんか冒険みてぇだな! 俺、村のじいちゃんばあちゃんに、賢者祭壇の昔話とか、なんか変わった薬草の話とか聞いて回ってくるよ! 何か手がかりが見つかるかもしれねぇし!」

 その行動力と純粋な好奇心は、今の私にとって何よりの励ましだった。さすが、フットワークの軽い現代っ子(村育ちだけど)。


 その日から、私たちの賢者祭壇と幻の薬草探しのための情報収集が始まった。

 玄太さんは、村の小さな書庫に籠もり、埃をかぶった古文書の山と格闘し始めた。私も、その手伝いを申し出た。羊皮紙に書かれた崩し字や、独特の言い回しは難解だったけれど、キーワードを拾い出し、情報を整理・分類していく作業は、まさに私が得意とするところだ。小魔霊たちも、なぜか古文書の特定の箇所で光を強めたりして、私たちを導いてくれているようだった。


 そして、数日後。ついに、私たちは一つの記述に辿り着いた。


『――月の雫を受けし時、白き花弁は瑠璃色に輝き、万病を癒す霊薬となる。賢者の祭壇にて、星の配置正しき夜にのみ、その姿を現すという幻の花、『月光蘭げっこうらん』。古の賢者はこれを用い、幾多の命を救いしと云う……』


「月光蘭……!」

 私と玄太さんは、顔を見合わせた。これだ、きっとこれに違いない。

 賢者祭壇の窪みに捧げるべき特別なもの。黄金色のオウレンが指し示していたもの。そして、金色の小魔霊たちが、あれほどまでに反応した理由。


 私は、この「月光蘭」というキーワードを胸に、梅蔵さんの元へ向かった。彼女なら、何か知っているかもしれない。

 私の話を聞いた梅蔵さんは、最初こそ「また馬鹿げたことを……」といつもの調子だったが、「月光蘭」という名前が出た瞬間、サッと顔色を変えた。

「な……月光蘭じゃと? そ、そんなものが、まだこの世にあるはずが……。あれは、とうの昔に……賢者の時代と共に、この地から完全に姿を消したはずじゃ……!」

 その声は激しく動揺し、普段の彼女からは考えられないほどの狼狽ぶりだった。その手は、微かに震えている。


(やっぱり、梅蔵さんは何かを知っている。月光蘭のこと、そして、賢者祭壇で過去に起こった災いのことも……)


 私たちは、古文書の記述と村の暦を照らし合わせた。そして、ある事実に気づく。

「次の満月……あと五日後です。そして、古文書に記された星の配置図と照らし合わせると、その夜が、まさに『星の配置正しき夜』に合致する可能性が高いです!」

 私の声が、興奮に上擦る。


「月光蘭が、本当にこの村に現れるとしたら……その夜しかないかもしれません!」


 玄太さんの目にも、強い光が宿った。

「もし、その月光蘭を手に入れることができれば……そして、その薬効を証明できれば……!」

 そう、それは、この春光村が「薬草の里」として再生するための、そして「特別天然記念物」の認定を得るための、最大の切り札になるかもしれないのだ。


 私の胸の中で、小さな希望の芽が、確かな熱を帯びて膨らんでいくのを感じた。

 幻の薬草、月光蘭。

 次の満月の夜、賢者祭壇で、私たちは奇跡を目撃することになるのだろうか。

 そして、梅蔵さんが隠している過去の厄災とは、一体何なのか。


 運命の夜は、刻一刻と近づいていた。


(第六話 了)

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