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第5話 苔むす賢者祭壇と、動き出す運命の歯車

 黄金色に輝くオウレンが見つかったあの日から、私の頭の中は一つの疑問でいっぱいだった。あの神秘的な光、そして金色の小魔霊たち。それらは一体、何を意味しているのだろうか。


「玄太さん、あの……この村にあるという『賢者祭壇』について、もう少し詳しく教えていただけませんか?」

 朝食の席で、私は思い切って切り出した。私の真剣な眼差しに、玄太さんはお茶を飲む手を止め、ふむ、と一つ頷いた。


「賢者祭壇か……。あれは、この村がまだ春光という名を持つずっと昔、この地に満ちる大地の力を集め、星々に祈りを捧げた聖なる場所じゃと伝えられておる。賢者がそこで儀式を行うと、薬草はより力を増し、難病さえ癒えたとか……。じゃが、それも今は昔の話。訪れる者もほとんどおらん、ただの苔むした石くれじゃよ」

 その言葉には、どこか寂しげな響きがあった。まるで、失われた過去を惜しむかのように。


 その時、いつものように私たちの会話を盗み聞き(?)していた梅蔵さんが、囲炉裏の火をかき混ぜながら、吐き捨てるように言った。

「そんな古臭いものにうつつを抜かすでないわ、小娘。薬師の仕事は、目の前の薬草と向き合うことじゃ。浮ついた伝説に心を奪われるな」

 いつもの梅蔵節だ。けれど、その声が心なしか硬く、賢者祭壇という言葉に過敏に反応しているように感じられたのは、私の気のせいだろうか。彼女の横顔は、何かを隠しているようにも、あるいは何かを恐れているようにも見えた。


 私が諦めきれない顔をしていると、食器を片付けていた健太くんが、ニヤリと笑って声をかけてきた。

「賢者祭壇? ああ、あの森の奥の、気味悪い石がいっぱいあるとこっしょ。俺、ガキの頃よくあの辺でカブトムシ捕ったりしたから、道なら知ってるぜ。そんなに興味あんだったら、案内してやろうか?」

「え、本当!?」

 思わぬ申し出に、私はパッと顔を輝かせた。

「いいのか、健太。あそこはあまり人が立ち入る場所では……」

 玄太さんが少し心配そうな顔をするのを、健太くんは「へーきへーき! 里奈さん、都会の人だから珍しいんだろ? 俺も久しぶりに行ってみてぇし」と、軽く手を振って制した。その目には、退屈な村での日常に転がり込んできた「面白いこと」への好奇心が宿っている。


 こうして、その日の午後、私は健太くんの案内で、賢者祭壇へと向かうことになった。もちろん、私の忠実な(?)護衛である小魔霊たちも一緒だ。彼らは、賢者祭壇という言葉を聞いた時から、どこかソワソワと落ち着かない様子で、普段よりも光を強く明滅させている。


 健太くんは、さすが地元育ちだけあって、獣道のような細い山道もひょいひょいと軽快に進んでいく。

「昔はこの辺も、じいちゃんたちが炭焼きとかしてたんだけどな。今はもう、誰も入らねぇから荒れ放題だぜ」

 そんな軽口を叩きながらも、時折私が遅れないように振り返ってくれるあたり、根は優しいのだろう。


 森は、村の近くとは比べ物にならないほど深く、昼間だというのに薄暗い場所もあった。高く伸びる木々の葉が陽の光を遮り、しっとりとした苔の匂いが鼻をつく。

 小魔霊たちは、森に入ってから一層活発になり、まるで何かを探すかのように、私の前方をせわしなく飛び回っている。特に、あの畑で出会った金色の小魔霊は、いつの間にか私のすぐそばにいて、何かを強く訴えかけるように、私の顔の周りをくるくると旋回していた。


「うわっ、なんだありゃ!? あんな色の小魔霊、初めて見たぞ!」

 健太くんが、金色の小魔霊を見て驚きの声を上げる。

「この子、昨日畑で見つけた特別なオウレンのところにいたの」

「へえ……。やっぱ里奈さん、なんか持ってんな」


 やがて、森の最も深いと思われる場所に、その賢者祭壇はあった。

 苔むした巨大な石がいくつも転がり、蔦の絡まった石柱が、まるで древниеの神殿の残骸のように、物悲しく空を突いている。中央には、ひときわ大きな一枚岩の祭壇石が鎮座し、その表面には、風雨に晒されて薄れてはいるものの、複雑で幾何学的な文様がびっしりと刻まれていた。

 そこは、時間が止まったかのような、荘厳で、どこか近寄りがたい空気に満ちていた。


「……これが、賢者祭壇……」

 私は、その圧倒的な存在感に息を呑んだ。

 健太くんも、いつものお調子者ぶりはどこへやら、少し緊張した面持ちで周囲を見回している。


 祭壇石に近づくと、小魔霊たちが一斉に騒ぎ出した。特に金色の小魔霊は、祭壇石の中央付近にある、盃を逆さにしたような奇妙な窪みの上で、ひときわ強い光を放ち始めたのだ。まるで、そこに何か重要なものがあるとでも言うように。


 私は、吸い寄せられるようにその窪みに手を伸ばし、そっと触れてみた。石の表面はひんやりとしていて、滑らかだ。窪みの深さは、ちょうど私の手のひらを覆うくらいだろうか。

 その瞬間、金色の小魔霊が、まるで喜びを表すかのように、私の手の上でくるりと一回転し、窪みの中へと飛び込んだ。そして、窪みそのものが、内側からぼんやりと黄金色の光を放ち始めたではないか!


「うわっ! な、なんだこれ!?」

 健太くんが驚きの声を上げる。私も、目の前で起こっている超常現象に言葉を失った。

 他の小魔霊たちも、その光に呼応するように、祭壇の周りを祝福するように舞い始める。


(この窪み……そして、この光……。昨日の黄金色のオウレンと、何か関係があるの?)


 私は、すぐさま例の『春光村薬草データベース・ベータ版』を取り出し、祭壇の文様や窪みの形状、小魔霊たちの行動を必死にスケッチし、気づいたことをメモしていく。

『祭壇中央の窪み、直径約15センチ、深さ約5センチ。特定の小魔霊(金色)に反応し発光。周囲の文様は、植物のツルと星を組み合わせたようなデザイン。データパターンA12に類似……?』

 かつて何百ものシステム設計書や仕様書を読み解いてきたITコンサルの脳が、フル回転を始める。このパターン、どこかで見たことがあるような……そうだ、あれは確か、古代文明の天体観測装置に関するドキュメンタリーで……。


 そんな私を、少し離れた木の陰から、鋭い視線で見つめている人物がいた。梅蔵さんだ。彼女は、いつの間にか私たちの後をつけてきていたらしい。その表情は険しく、けれどどこか、運命の歯車が動き出したのを感じ取ったかのような、複雑な色を浮かべていた。


 村では、玄太さんが一人、家の縁側で空を見上げていた。

「……賢者祭壇が、目覚めるというのか。あの子が、その鍵を握ると……?」

 その呟きは、春光村の穏やかな風の中に、静かに吸い込まれていった。


 私は、祭壇の窪みから放たれる黄金色の光と、昨日見た黄金色のオウレンの輝き、そして私の周りを舞う金色の小魔霊たちの光の軌跡を、食い入るように見つめていた。

 点と点が繋がり、やがて一つの線になるような、そんな予感が胸を貫く。


(もしかして、あのオウレンは、この祭壇に何かを捧げるための……あるいは、祭壇の力を受けて特別な力を得たもの……? そして、この窪みには、何か特別な“種”のようなものが……?)


 思考を巡らせていた、その時。

 祭壇の奥、鬱蒼とした木々の影が折り重なる暗がりから、カサリ、と乾いた葉を踏むような、微かな物音が聞こえた。


「……誰か、いるの?」


 私と健太くんは、弾かれたように音のした方を見た。

 小魔霊たちが、一斉に警戒するように光を強める。

 そこには、ただ深い森の闇が広がっているだけだった。


 しかし、確かに聞こえたのだ。

 この聖なる場所に、私たち以外の誰かがいる――その気配を。


(第五話 了)

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