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第3話 不器用な師匠と、きらめく才能の欠片

 春光村に来て、数日が過ぎた。

 私の薬師見習いとしての日々は、想像以上に泥臭く、そして発見に満ちていた。玄太さんの指導のもと、まずは薬草畑の基本的な手入れから始まった。水やり、丹念な雑草取り、そして薬草の生育を妨げる虫を見つけては、そっと葉っぱからつまんで遠くへ逃がす。最初のうちは、どれが薬草でどれが雑草なのか見分けることすらおぼつかず、腰はすぐに悲鳴を上げたけれど。


「里奈どの、そっちは違う、それは『ハコベ』じゃ。食べられるが、今は薬草の栄養を摂ってしまうからのう」

「あ、すみません!」


 そんな私を強力にサポート(?)してくれているのが、相変わらず私にべったりの小魔霊たちだ。私が間違った草を抜こうとすると、その草の周りを赤い光の小魔霊がブンブンと威嚇するように飛び回り、正しい薬草のそばでは、緑や黄色の小魔霊たちが嬉しそうにチカチカと光って教えてくれる。まるで、超高性能な生体センサー付きのナビゲーションシステムのようだ。


(これ、ある意味チートスキルなのでは……?)


 元ITコンサルの端くれとして、この小魔霊たちの行動パターンを分析し、何かしらの法則性を見つけ出せないか、なんて考えてしまうのは職業病だろうか。


 そんなある日の午後。私が畑の一角で、玄太さんに教えてもらった『甘草カンゾウ』の苗の周りの土を丁寧にほぐしていると、鋭い視線を感じた。振り返るまでもない。あの独特のプレッシャーは、巴梅蔵さんだ。ここ数日、彼女は私が畑仕事をしていると、必ずどこからともなく現れては、腕組みをしながら私の手つきをじっと観察している。そして、大抵は何も言わずに去っていくか、チクリと嫌味を一つ置いていくか、だ。


「……そんな手つきで、甘草の繊細な根を傷つける気かえ」

 ほら、来た。

 振り向くと、梅蔵さんが案の定、眉間に深い皺を寄せて立っていた。

「土を柔らかくするのは結構じゃが、力任せにすきを入れれば、か弱い根はすぐに切れてしまう。薬効も落ちるというもんじゃ」

「も、申し訳ありません……」

「ふん。謝って済むなら薬師はいらんわい」


 厳しい言葉にしょんぼりしていると、私の肩にとまっていた青い光の小魔霊が、まるで私を慰めるように、ぽんぽんと優しく光を点滅させた。すると、他の小魔霊たちも集まってきて、私の周りをふわりふわりと漂い始める。


 その時だった。私が手入れしていた甘草の隣に、よく似た葉を持つ別の植物が紛れ込んでいるのに、一番小さなピンク色の小魔霊が気づいたらしい。その小魔霊は、必死にその植物の周りを飛び回り、チカチカと警告するかのように激しく点滅している。


「ん? どうしたの、この子……」

 私が首を傾げていると、梅蔵さんが鋭い声で言った。

「そいつは『トリカブト』の若芽じゃ! 馬鹿者、なぜ気づかん!」

「えっ!?」


 トリカブト――その名前は、素人の私でも知っている猛毒植物だ。慌てて手を引っ込める私を尻目に、梅蔵さんは素早い動きでそのトリカブトの若芽を根元から引き抜き、近くの焚火用に用意されていた枯れ枝の山に放り込んだ。


「小魔霊に教えられて、ようやく気づくようでは先が思いやられるわい。薬師は、五感を研ぎ澄まし、薬草だけでなく毒草も見抜く眼を持たねばならん。そうでなければ、人を救うどころか、命を奪うことにもなるんじゃぞ」

 梅蔵さんの言葉は、いつも以上に厳しく、そして重かった。背筋に冷たい汗が流れるのを感じる。もし、あのピンクの小魔霊が教えてくれなかったら……。


「……本当に、申し訳ありませんでした。ありがとうございます、梅蔵さん。それから、この子も」

 私は、ピンクの小魔霊にそっと指で触れた。小さな光が、私の指に嬉しそうにすり寄ってくる。


 梅蔵さんは、そんな私と小魔霊のやり取りを複雑な表情で見ていたが、やがて深いため息をついた。

「……玄太に甘やかされて、ただ薬草を可愛がっておれば済むと思うなよ。本当にこの道で生きていく気があるなら、まずは百種の薬草と、それに類する毒草を完璧に見分けられるようになることじゃな。それができぬうちは、わしはあんたを薬師見習いとは認めん」

「百種……!」

 それは、今の私にとっては途方もない数に思えた。


「どうじゃな、できるかえ? できないというなら、とっとと都会へお帰り」

 試すような梅蔵さんの視線。私の答えを待たずに、彼女は再び背を向けて去ろうとする。


「やります!」

 私は、気づけば大きな声で叫んでいた。

「時間はかかるかもしれません。でも、必ず覚えてみせます! だから……どうか、ご指導をお願いします!」


 梅蔵さんの足が、ぴたりと止まった。ゆっくりと振り返ったその顔には、ほんのわずかだが、驚きのような色が浮かんでいるように見えた。

「……ふん。口だけなら何とでも言えるわい」

 そう言って、今度こそ梅蔵さんは去っていった。けれど、その背中は、ほんの少しだけ、来た時よりも小さく見えた気がした。


 その日から、私の薬草漬けの日々はさらに密度を増した。玄太さんはもちろん、梅蔵さんも、畑で見かけるたびに(相変わらずぶっきらぼうではあるけれど)薬草の名前や特徴、効能、そして間違いやすい毒草について、まるでクイズを出すように私に問いかけてくるようになった。


 私は、元ITコンサルの性分を活かして、教わったことを必死にメモし、夜は玄太さんの家にあった古い薬草図鑑と照らし合わせながら、自分なりに情報を整理し始めた。薬草の形状、葉脈の走り方、花の咲く時期、根の特徴、そして小魔霊が好んで集まる薬草の種類と、その光の色や強さの関連性……。最初はバラバラだった情報が、少しずつ頭の中で繋がり、体系化されていく感覚は、新しいプログラム言語を習得する時のそれに少し似ていて、妙な高揚感があった。


「ほう、里奈どのは、物事を整理するのが得意と見えるな。その図鑑の書き込み、まるで学者の論文のようじゃ」

 玄太さんが、私の作った手製の「薬草データベース・春光村版(仮)」のメモを見て、感心したように目を丸くしている。


「いえ、そんな大したものでは……ただ、こうしないと覚えられないんです」

「謙遜するでない。これも立派な才能じゃ。わしらのような古いやり方だけでは、気づけなかったものかもしれん」


 そんなある日の夕食時。玄太さんが、ふと遠くを見るような目をして呟いた。

「……そういえば、そろそろ旅の薬商人、ローセルが顔を見せる頃じゃろうか」

「ローセルさん?」

 初めて聞く名前に、私は首を傾げた。

「うむ。年に数度、この村を訪れては、わしらが集めた薬草を買い取ってくれる、いわば村の命綱のような男じゃ。あやつが来れば、少しは村の懐も潤うし、外界の珍しい話も聞けるからのう。ただ……」


 玄太さんは、そこで言葉を区切ると、少しだけ寂しそうな顔をした。

「ローセルが買い取ってくれる薬草だけでは、この村が立ち行かなくなるのは、もう時間の問題かもしれんのじゃ」


 その言葉に、私は胸が詰まる思いだった。「特別天然記念物」認定という目標が、ただの夢物語ではなく、この村が生き残るための切実な願いなのだと、改めて痛感させられた。


 その夜。私は、梅蔵さんから「明日の朝までに、この『オウレン』の畑の様子を隅々まで見て、気づいたことを報告せい」という、新たな“宿題”を出されていた。

 月明かりと、私の周りを飛び交う小魔霊たちの優しい光を頼りに、私はオウレン畑の中をゆっくりと歩き回る。葉の色艶、茎のしなり具合、土の湿り気……。


 すると、畑の奥の一角で、ひときわ強い黄金色の光を放つオウレンの株がいくつかあることに気づいた。他の株よりも明らかに生き生きとしていて、葉の色も濃い。そして、その株にだけ、普段は見かけない、金粉をまとったような美しい小魔霊たちが集まっている。


(これは……一体……?)


 他のオウレンとは明らかに違う、特別な何か。

 その神秘的な輝きに、私は知らず知らずのうちに手を伸ばしていた。

 この村には、まだまだ私の知らない秘密がたくさん隠されているのかもしれない。


(第三話 了)

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