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第15話 領主への嘆願と、星の唄に託された希望

ファーマ・シンジケートの連中を一時的に追い払ったものの、春光村にはピリピリとした緊張感が漂い続けていた。いつまた奴らが襲ってくるか分からない。そんな中、山内家老との話し合いは、私たちの未来を左右する重要な局面を迎えていた。


「――改めて話を聞こう。久遠里奈とやら。あの『賢者の恵み』、そして小魔霊……さらには、ファーマ・シンジケートなる者どもが、そこまでしてこの村を狙う理由を、詳しくな」

集会所の静まり返った一室で、山内家老の鋭い視線が私と玄太さんを射抜いた。その目には、もはや単なる好奇心だけではない、この村が持つ「何か」の価値を見極めようとする真剣な光が宿っている。


私は、覚悟を決めた。

月光蘭――山内家老の前では依然「賢者の恵み」と呼んでいるが――の発見の経緯、ユキちゃんへの驚くべき薬効、そして先ほど見つかったばかりの「賢者の種」の存在まで、包み隠さず話した。もちろん、その過程で小魔霊たちが果たしてくれた役割についても、詳しく説明を加えた。

「この薬草は、ただ珍しいだけでなく、西の都で猛威を振るっているという流行り病にも効果があるかもしれません。それは、この村だけの宝ではなく、多くの人々を救う可能性を秘めていると、私たちは信じています」

そして、私は深々と頭を下げた。

「しかし、その力を悪用しようとする者たちからこの村と『賢者の恵み』を守り、その力を正しく研究し、活用するためには、私たちだけの力では限界があります。どうか、領主様のお力添えを賜り、この薬草と村全体を、国による『特別天然記念物』として保護していただけるよう、お取り計らいをお願い申し上げます!」


私の必死の訴えに、玄太さんも力強く頷き、続いた。

「山内様。この村は、長年、薬草と共に生きてまいりました。この『賢者の恵み』は、まさにその集大成とも言える天からの授かりもの。これを守り育て、世のため人のために役立てることこそ、我々春光村の使命と心得ております」


山内家老は、腕を組み、目を閉じて私たちの言葉をじっと聞いていた。長い沈黙の後、ゆっくりと目を開けると、その表情は深い思慮に沈んでいた。

「……久遠里奈どの、玄太殿。そなたたちの言葉、そしてこの目で見た小魔霊の不可思議な力、さらにはファーマ・シンジケートという明確な脅威。それらを総合的に鑑みれば、そなたたちの申し出は、決して私欲から出たものではないと信じよう」

その言葉に、私たちは安堵の息を漏らした。

「この件、わしの責任において、必ずや殿に言上つかまつる。ただし、性急な判断は期待するでないぞ。まずは、この村と『賢者の恵み』の安全を確保することが最優先じゃ。殿には、早急に警備の兵を派遣するよう進言しよう」

そして、山内家老はこう付け加えた。

「『特別天然記念物』の件も、前向きに検討されるよう働きかけよう。そのためには、その薬草の学術的価値と、村による具体的な保護・管理計画を示す必要がある。それらをまとめた報告書を、可及的速やかに提出するように」

その言葉は、私たちにとって大きな希望の光となった。


山内家老は、数名の屈強な護衛の武士を村に残し、「必ずや良い知らせを持ち帰る」と言い残して、慌ただしく領都へと戻っていった。彼の背中を見送りながら、私は改めて身の引き締まる思いだった。報告書の作成――まさに、元ITコンサルの知識と経験が活かせる場面だ。


さて、山内家老との交渉が一区切りついたところで、私たちの次なる課題は、発見された「賢者の種」の謎解きと、その活性化だ。羊皮紙に記された『月の雫、星の唄、小魔霊の息吹にて、賢者の種は目覚めん』という言葉。


「『月の雫』とは、やはり満月の夜に、賢者祭壇のあの窪みに溜まるという聖なる夜露のことじゃろうな」

梅蔵さんが、腕を組みながら推測する。

「問題は、『星の唄』じゃ。そんな唄、わしも聞いたことがない」

玄太さんも首を捻る。


その時、健太くんが「あっ!」と声を上げた。

「そういえば、村で一番年寄りのタエばあちゃんが、昔、星がすごく綺麗な夜に、賢者祭壇で不思議な唄を歌う人がいた、なんて話をしてたことがあったっけ!」

その言葉に、私たちは顔を見合わせた。タエばあちゃんは、もう耳も遠く、話も途切れ途切れになりがちだが、村の古い言い伝えには誰よりも詳しい。


その日のうちに、私たちはタエばあちゃんの元を訪ねた。最初はなかなか話が通じなかったが、梅蔵さんが根気強く、身振り手振りを交えて尋ねると、タエばあちゃんは、夢見るような目で遠くを見つめ、途切れ途切れに、しかし確かに、古の唄の旋律を口ずさみ始めたのだ。それは、言葉にできないほど美しく、どこか懐かしい、星の光そのものが音になったような調べだった。

私は、その旋律を必死に記憶し、楽譜に書き起こす(幸い、幼い頃に少しだけピアノを習っていた経験が役に立った)。


一方、ローセルさんは、独自の情報網を駆使して、ファーマ・シンジケートの動向を探ってくれていた。

「どうやら彼らは、一度失敗したことで、より慎重に、そして大規模に次の襲撃を計画しているようです。力ずくだけでなく、村人の買収や、内部分裂を誘うような噂を流すなど、あらゆる手を使ってくるでしょう」

その報告に、私たちの顔に緊張が走る。西の都の流行り病も、ますます深刻化しており、特効薬の登場を待ち望む声は日増しに高まっているという。月光蘭の必要性は、嫌が応にも高まっていた。


ファーマ・シンジケートの脅威と、月光蘭への期待。その二つが、春光村の村人たちを、かつてないほど強く結束させていた。

里奈の指示のもと、健太くんや村の若い衆は、村の守りをさらに固め、昼夜を問わず見張りを続ける。女衆は、万が一の籠城に備え、薬草の整理や保存食の準備に余念がない。

そして、私と玄太さん、梅蔵さんは、タエばあちゃんから教わった「星の唄」を練習し、次の満月の夜――それはあと数日後に迫っていた――賢者祭壇で、「賢者の種」の活性化の儀式を行うことを決意した。金色の小魔霊が、私たちのその決定を心から喜ぶかのように、ひときわ明るく、そして力強い光を放っていた。


儀式の準備が着々と進む中、私は山内家老に提出するための報告書の作成にも取り掛かっていた。月光蘭の植物学的特徴、薬効データ(ユキちゃんの事例)、小魔霊との関連性、そして村の保護・管理体制案。かつて企画書や提案書を山ほど作成してきた経験が、こんな形で役立つとは思いもよらなかった。


そして、満月を翌日に控えた日の夕暮れ。

見張りをしていた健太くんが、慌てた様子で私たちの元へ駆け込んできた。その顔は、期待と不安がないまぜになっている。

「大変だ! 村へ続く道に……ファーマ・シンジケートの連中とは違う……でも、統制の取れた、武装した一団が、静かにこっちへ近づいてくるのを発見した!」


今度は一体、誰なんだ……!?

領主様が約束通り派遣してくださった援軍なのか、それとも……ファーマ・シンジケートが、また新たな手を打ってきたというのか。

春光村の運命を左右する満月の夜を目前に、新たな嵐の予感が、濃密に立ち込めていた。

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