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第13話 領主の使いと、賢者の置き土産

健太くんの知らせに、私たちは息を呑んだ。ファーマ・シンジケートの連中が去ったばかりだというのに、今度は役人風の一団だと? 春光村は、いつからこんなに注目される場所になってしまったのだろうか。


村の入り口へと急ぐと、そこには数名の供を連れた、初老の男性が馬から降り立つところだった。その身に纏うのは、上質な絹の着物と、権威を示すかのような肩衣かたぎぬ。鋭いが、どこか思慮深そうな瞳が、私たちをじっと見据えている。間違いなく、領主・橘様にお仕えする重臣クラスの方だろう。


「玄太殿、ご苦労である。私は、橘様の家老を務める山内と申す者」

山内家老と名乗ったその人は、穏やかながらも有無を言わせぬ威厳を漂わせていた。

「先日の不審者の件、殿もご心痛であられる。つきましては、村の警備の状況、および……この村に古くから伝わるという『賢者の薬草』について、詳しくお話を伺いに参った次第」


『賢者の薬草』――その言葉に、私たちの間に緊張が走った。橘様も、何らかの情報を掴んでいるということか。ファーマ・シンジケートの連中が、何か吹き込んだ可能性もある。


山内家老には村の集会所を仮の宿として提供し、その間に私たちは今後の対応を急いで協議した。ローセルさんが眉を寄せる。

「領主様を味方につけることができれば、ファーマ・シンジケートへの強力な牽制になるやもしれません。しかし、下手をすれば、月光蘭そのものを召し上げられることにもなりかねませんな。彼らにとって、一山村の都合など、取るに足らないことでしょうから」

その言葉は、私たちの置かれた状況の厳しさを的確に表していた。


私は、この数日で集めた情報と、これからの目標を頭の中で整理し、一つの提案をした。

「月光蘭の『薬効』については、ユキちゃんの回復具合という客観的なデータと共に、村で発見された非常に貴重な薬草として、正直にお話しするのはどうでしょうか。ただし、その正確な名称や繁殖方法、賢者祭壇との関連といった核心部分は秘匿します。そして、この薬草を村の宝として保護・研究し、将来的には国の『特別天然記念物』としての認定を目指していることを伝え、領主様のご理解とご支援を賜りたい、と」


私の提案に、梅蔵さんが苦虫を噛み潰したような顔で唸った。

「役人など、しょせんは信用できん。甘い汁を吸おうと、あの手この手で寄ってくるだけじゃわい。そんな話、鵜呑みにするかのう」

「ですが梅蔵さん、このままではファーマ・シンジケートにいつ月光蘭を奪われるか分かりません。領主様という公的な後ろ盾があれば、彼らもそう簡単には手出しできなくなるはずです」

玄太さんが、私の言葉を後押しするように頷いた。

「……里奈どのの言う通りかもしれん。危険な賭けではあるが、現状を打破するためには、それしかあるまい。山内家老には、わしと里奈どのでお話ししよう」


そして、私と玄太さんは、山内家老と対峙した。集会所の簡素な卓を挟んで向かい合う。その場の空気は、まるで薄氷の上を歩くように張り詰めていた。

私は、まずユキちゃんの劇的な回復の経緯を、用意していた観察記録(小魔霊たちの反応も含めて)と共に、冷静に、そして誠実に説明した。

「――このように、村で発見された特殊な薬草……私たちは、これを『賢者の恵み』と呼んでおりますが、これに驚くべき治癒効果がある可能性が示唆されました。私たちは、この『賢者の恵み』を村の宝として大切に保護し、その力を正しく理解し、人々のために役立てる方法を研究していきたいと考えております」

私が話している間、薬草小屋からこっそりついてきていた金色の小魔霊が、山内家老の肩のあたりをふわりと飛び交い、穏やかな光を放っている。まるで、私の言葉に嘘偽りがないことを証明するかのように。


山内家老は、私の説明と、目の前で不思議な光を放つ小魔霊の姿に、強い関心を示したようだった。その鋭い瞳が、私と玄太さん、そして小魔霊を交互に見つめている。

「……その『賢者の恵み』とやら、そしてそなたの持つ知識と観察眼、実に興味深い。殿にご報告し、専門の薬師を派遣して、本格的な調査を検討させることも考えよう。ただし……」

山内家老の目が、探るように細められる。

「その薬草が、それほどの価値を持つものならば、相応の管理と……そして、領主家への献上が然るべきと考えるが、いかがかな?」

来た。やはり、そうきたか。


その緊迫した交渉と並行して、私たちは月光蘭の「種」の探索も進めていた。山内家老の監視の目を盗むように、玄太さんと梅蔵さん、そして私は、金色の小魔霊の導きを頼りに、賢者祭壇へと足を運んだ。

梅蔵さんの記憶と古文書の記述によれば、「種は賢者の手により、月の力が最も集まる場所に封印されている」という。

金色の小魔霊は、賢者祭壇の中央にある、あの窪みの前に来ると、ひときわ強い光を放ち、祭壇石の特定の箇所をツンツンと突き始めた。そこは、一見するとただの石の表面にしか見えない。


「ここじゃ……!」

梅蔵さんが、何かに気づいたように声を上げた。そして、その石の表面を、慣れた手つきでそっと押すと――カチリ、という小さな音と共に、石の一部がわずかに沈み込み、その下に手のひらほどの大きさの、苔むした石の箱が現れたのだ!

「まさか、これが……!」

私は息を呑んだ。この中に、月光蘭の「種」が?


その時だった。

「大変だーっ! 里奈さん、玄太のじっちゃん、梅蔵のばっちゃん!」

健太くんが、血相を変えて賢者祭壇に駆け込んできた。その手には、使い古された見張りの鐘が握られている。

「ファーマ・シンジケートの奴らが……村はずれの森に、何か、大きな罠みてぇなもんを仕掛けてる! たぶん、俺たちの動きを封じ込めて、村に乗り込んでくるつもりだ!」


山内家老との交渉、月光蘭の種の発見、そしてファーマ・シンジケートの新たな罠。

春光村は、かつてないほどの大きな岐路に立たされていた。

私たちの選択が、この村の未来を、そして月光蘭の運命を左右するのだ。



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