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第11話 招かれざる客と、忍び寄る黒い影

「おい! この村に、何か特別な薬草があるというのは、本当かぁ!?」


その野太い声は、春光村の穏やかな朝の空気を無遠慮に引き裂いた。

私たちが顔を見合わせるのとほぼ同時に、村の入り口から、馬に乗った三人組の男たちが姿を現した。揃いの黒っぽい丈夫な革鎧に身を包み、腰には物々しい剣を帯びている。明らかに、ただの旅人ではない。リーダー格と思われる男は、馬から降り立つと、顔に走る古い傷跡を嫌味に見せつけるように歪め、鋭い爬虫類のような目で村全体を睥睨した。


(まずい……!)


私は直感的に悟った。この男たちは、月光蘭の情報を嗅ぎつけてきたのだ。ローセルさんの警告が、こんなにも早く現実のものとなるなんて。

ユキちゃんに飲ませようとしていた薬湯の椀を、私はとっさに背中に隠した。


「これはこれは、遠路ようこそおいでくださいました。当村は、ご覧の通り、ただの小さな薬草の村。特別なものなど、何もございませんが……」

玄太さんが、村長として冷静に、そして毅然とした態度で前に進み出た。しかし、リーダー格の男は、玄太さんの言葉を鼻で笑う。


「ほう、シラを切るおつもりか、ご老体。我々は、とある高貴なお方のご依頼で、特別な効能を持つと噂される薬草を探しておるのだ。夜になると瑠璃色に輝き、万病を癒すという……心当たりがあるはずだがなぁ?」

そのねっとりとした口調と、獲物を見定めるような視線に、私の背筋が凍った。瑠璃色に輝く花――間違いなく月光蘭のことだ。どこでこの情報を?


「無礼者めが! よそ者が土足で人の村に踏み込んできて、何を言いがかりじゃ!」

堪忍袋の緒が切れたのか、梅蔵さんが顔を真っ赤にして男たちの前に立ちはだかった。その手には、いつの間にか薪割りに使っていたと思しき鉈が握られている。さすがに物騒すぎる!

「そうだそうだ! 何もねえって言ってんだから、とっとと帰れよ、この悪党面!」

健太くんも、負けじと梅蔵さんの隣に並び、私たちを庇うように胸を張る。その声は少し上擦っていたけれど、勇気は本物だ。


リーダー格の男は、梅蔵さんの剣幕にも健太くんの威嚇にも眉一つ動かさず、ただ面白そうに口の端を吊り上げた。

「威勢の良いことで。だが、我々は手ぶらで帰るわけにはいかんのでな。力ずくで探させてもらうこともできるのだぞ?」

残りの二人も、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら、じりじりと私たちに近づいてくる。


(どうしよう……このままでは、月光蘭のことがバレてしまう……!)


私が内心焦っていると、私の肩でチカチカと光っていた金色の小魔霊が、スッと薬草小屋の方へ飛び、安置されていた月光蘭(もちろん布で覆われている)をさらに奥深く、薬草の乾燥棚の最も影になった部分へと押し込もうとしているのが見えた。他の小魔霊たちも、男たちの足元をわざとらしくブンブンと飛び回り、彼らの注意を逸らそうとしている。まるで、私の焦りを察して、自ら行動を起こしてくれたかのようだ。


「お歴々、まあまあ、そう殺気立たずに。長旅でお疲れでしょう」

絶体絶命の状況に、割って入ったのはローセルさんだった。彼はいつもの爽やかな笑顔を浮かべているが、その目には鋭い警戒の色が宿っている。

「そのような幻のような花、私も長年薬草を扱っておりますが、寡聞にして存じ上げませんな。あるいは、何か別のものと勘違いされておられるのでは? この村には、夜露に濡れて青白く光る苔の類ならございますが……。よろしければ、お茶でも一杯差し上げますがいかがですかな?」

その巧みな話術は、相手の探りを入れつつ、さりげなく月光蘭の存在を否定し、時間を稼ごうという意図が見え隠れする。さすが、場慣れしている。


しかし、リーダー格の男はローセルさんの言葉を鼻で笑い飛ばした。

「茶は結構。だが、この村……何かを隠している匂いがプンプンするな。しらみ潰しに探せば、何か面白いものが見つかるやもしれん」

そう言うと、男は部下たちに目配せし、薬草小屋の方へ一歩踏み出そうとした。


「待ってください!」

私は、思わず声を上げていた。

「探したって、何も出ませんよ。だって、そんな都合の良い薬草、もし本当にあったとしても、そう簡単に見つかるような場所に置いたりしませんから」

ハッタリだった。でも、何か言わなければ。

「それに……もし万が一、そんな貴重な薬草があったとして、それをあなた方のような……失礼ですけど、ちょっと柄の悪い方々にお渡しすると思いますか?」

元ITコンサルの交渉術(というよりただの開き直り?)が、こんなところで火を噴くなんて。


私の言葉に、リーダー格の男の目が、カッと見開かれた。

「……小娘が、何を生意気な」

地を這うような低い声。空気が一瞬で凍りつく。


まずい、逆効果だったかも――!


そう思った瞬間、男たちの背後、村の入り口の方から、別の馬の蹄の音が聞こえてきた。

それも、一つや二つではない。もっと多くの、統率の取れた騎馬の一団が近づいてくるような……。


黒づくめの男たちも、その音に気づき、訝しげに顔を見合わせる。

やがて、村の入り口に現れたのは、この村の領主である、若き武士・橘様とその家臣たちの一行だった。橘様は、年に一度、この村の薬草の出来栄えを視察に訪れることになっている。それが、まさか今日だったとは!


「――騒がしいな。何かあったのか、玄太殿」

馬上で凛とした声を響かせる橘様。その姿は、まるで後光が差しているように見えた。


リーダー格の男は、橘様とその家臣たちの姿を認めると、チッと忌々しげに舌打ちし、顔色をわずかに変えた。どうやら、領主様と事を構えるのは得策ではないと判断したらしい。


「……ふん。今日は運が良かったようだな、村の者ども。だが、覚えておけ。我々は、諦めんぞ。必ずや、その『特別な薬草』を見つけ出してみせる」

リーダー格の男は、私たちを一人ずつ睨めつけ、特に私に対しては、蛇のような執拗な視線を向けると、部下たちに顎で合図し、足早に馬にまたがり去っていった。


嵐のような来訪者が去った後、村には重苦しい沈黙が訪れた。

橘様への対応は玄太さんに任せ、私は薬草小屋へ駆け込んだ。金色の小魔霊が、心配そうに月光蘭の隠し場所の周りを飛んでいる。


(大丈夫……まだ、バレてない。でも……時間の問題かもしれない)


月光蘭の存在が、既に外部に漏れている可能性。そして、あの男たちの執念。

春光村の静かな日常は、もうどこにもないと、私は戦慄と共に悟った。


「特別天然記念物」への道は、ただ村を豊かにするだけでなく、この村の宝を、そして私たちの平和を守るための戦いでもあるのだと、この時、私は強く、強く、胸に刻み込んだ。

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