6章・とりあえずお茶会をしましょう
あたしの中では『姫』というイメージには2通りあった。
1つは可憐なお姫様で花よ、蝶よと育てられた無垢なイメージ。
もう1つは我侭なお姫様で自分の思い通りにならないと癇癪を起こすイメージ。
だが、この国のお姫様であるリディアート、通称リディはそのどちらでもなかった。
どんな人物か……例えるならばその2つのイメージを足したような方だった。
見た目は可憐で性格は……
「それで、アイには好きな人がいませんの?」
初めのおしとやかな感じはどこに行った!?
リディは若干冷えたであろう紅茶をグビッと飲み干した。実に見事な飲みっぷりだ。
プハァっと、ついでにクッキーもボリボリ。
随分美味しそうに食べるけど……これはお上品には程遠いんじゃ……良いの?
つーか、ミシエル先生がこれを見たらなんて言うか……恐ろしい。
そもそも本当にお姫様なの?お姫様の仮面をかぶった他人なんじゃ……
ツッ―と嫌な汗が頬を伝う。
部屋の中にいるのはあたしの他にはこの部屋の家主であるリディのみ。
その場に待機していた侍女はセリオスが仕事の関係で退場した瞬間下がらされた。
目の前にいるこのお姫様によって。
見た目は文句なしの可憐なお姫様だった。
絹のように軟らかい銀の髪。
長い睫毛に縁どられ宝石のように輝くアメジストの瞳。
桜色に染まった頬に果実のように瑞々しい唇。
異性を虜にする愛らしい顔立ち。
男女関係なく触れてみたいと思わせる陶器のような滑らかな肌。
世界中の女性が欲しがるような容姿を持っていながらリディは……その、非常にイイ性格をしていた。
その様子を表すなら『超!!!!!!最強』である。
レガードやシリウスのような腹黒とは違う。似てるんだけど違う。
なんていうか……説明しにくい。
「今のところはいないよ。見た目は良い人ばっかなんだけど性格にね……」
「それには同感ですわ。
お兄様はプライド高いし、レガードは女関係に何あり……シリウスも危険よ」
見た目は温厚そうだけど絶対お腹の中真っ黒よ。
慣れてしまったが可憐な美少女からポンポンと出るその言葉に唖然となる。
実際に知っていたとしても驚愕してしまうだろう。
うふふふ、おほほほな会話はセリオスが居た時だけだ。
誰も居なくなった時点でケッとなった。
文字どうり、ケッとだ。
リディの事を好きな男が見たら発狂する事間違いなし。
もしくは夢だと思って見なかったことにするだろう。かけても良い。
けど、そんなリディにも女の子らしいところがあった。
それは年頃の女の子なら誰でもする会話。
「あたしの事より、リディには好きな人いないの?」
「さぁ、どうかしらね。でも、一応第一王女だから後1年もすれば縁談が舞い込んできて政略結婚でもさせられるんじゃないかしら。つーか、今からもう手紙きているからさ~もう、ウザッたくてしょうがないの」
「ちなみのその手紙は?」
「読まずに燃やすわ。ほら、あそこ」
確かに暖炉の脇には並べられた大量の手紙が薪の代わりになろうとしている。
送った男は悲惨である。読まれた後ならまだしも封も切られないうちに燃やされる。
「ちょっとだけ。哀れだね」
「そ~お?大体、噂だけで送ってくるほうが悪いんですわ」
『会ったこともありませんのに』とリディは言う。
だがリディのその美貌を観れば納得もいくというもの。
銀のセリナギ……と人は呼ぶ。
セリナギとは神話に出てくる聖花の事である。
エルタインにある聖樹カリンの根元に咲き、芳醇な匂いと美しさで人々を魅了する。
年に一度しか咲かないその花はバラに良く似ており確かにリディを表すのに相応しい。
銀のセリナギ……そのリディの容姿は大陸中に広まっている。
曰く、どんな宝石も彼女の輝きには叶わない。
曰く、どんな鳥の鳴き声も彼女の声には叶わない。
曰く、どんな美しいものも彼女の引き立てにしかならない。
このご時勢、噂のくせに正確だ。たいそう恐ろしい。
そして噂を聞きつけた有力な権力者はその美しい花を手に入れようと求愛の手紙を書く。
しかし、哀れだ。そのラブレターはリディの目に止まることはない。
でも、それも仕方がないと思う。
実際に一目ぼれしたのであれば分かる。だが、見たこともない容姿を褒め、愛をささやくなんて真似は薄ら寒いというか……正直気持ち悪いの一言だろう。
「ちなみに下は5歳児のガキ、上は60過ぎの爺よ」
「そりゃ無理だね」
「でしょ。ふざけんなっての!
あ~あ、いっその事家出でもしたいですわ」
怒ったように、それでも紅茶を飲む姿は様になる。
「難しいと思うよ、それ」
「分かっています。ちょっと言ってみただけですわ」
ペロッと悪戯っ子のように舌を出す。
どうやら本当にただ言ってみただけのようだ。とりあえず、安心。
「でも、無理矢理ロリコン爺の嫁にされそうになったらマジで家出しますわ。
その時は協力お願いしますわよ」
「喜んで協力しましょ」
可愛いリディを変態爺の所に嫁にはあげたくない。
その時は絶対協力する。
ありがとう。と、可愛らしく微笑んで彼女はお礼を言う。
「これで協力者ゲットです。手を血に染めなくてすみますわ」
ブハッと紅茶を吐き出した。
恐ろしいことをサラリと言った彼女はコロコロ笑って美味しそうにケーキを突っついていた。
……やっぱり、普通じゃないこの子。
「ねぇ、アイ」
「なに?リディ」
「私、あなたが義姉になるのなら上手くやっていけそうですわ」
「……考えておくよ」
「えぇ。考えておいてください」