4章・とりあえず話してみましょう
ゴ~ンゴ~ンゴ~ンと、3回鐘が鳴り響いた。
ハッとする。随分集中していたらしい。腰が、お尻が痛い。
あぁ、まだ読み終わってもいないのに……でも、借りていっても良いかとその本をもって王宮へと戻った。
また嫌な時間帯がやってくる。どうせまた口げんかで終わりそう……
憂鬱な気持ちでオウジサマ……セリオスの元へ向かう。
これも、1つの契約だった。自由を獲得するために。
4回目の鐘がなるまでに最低でも一回はセリオスの元に挨拶に向かう。
(朝に1回、お昼に2回、夕方に3回、そして夜に4回鐘がなる)
つまり一日に一回は顔を見なくちゃいけないってわけ。どんな時でも。
コンコンとドアを叩く。
入れと入室の許可を貰い入ると夕日の逆行で少し大人っぽく見えるセリオスが机に向かって仕事をしていた。
今は呪いで小さくなっていても殿下は殿下。やるべき事は沢山ある。
しかも実年齢は20歳だしね。
「あぁ、お前か」
「お前って……いい加減名前覚えたら?」
いくらなんでも名前ぐらい呼びなさいよ。
「……ハッ!!覚えて欲しかったらそれなりの態度を示すんだな」
「だったらあたしも呼ぶわよ。坊やって」
眉間にしわがよった。ヤベッ!!やりすぎたか?
そう思っても既に時遅し。
ツカツカとやってきたセリオスは小さいながらも鋭い目つきであたしを睨み付けた。
隣の壁がドンと凄まじい音を発した。セリオスが殴ったから。
かなり大きな音だったから少し驚いた。
本来ならこれ&顎をつかまれるか押さえつけられるんだろうけれどなんせ彼は150cm未満の少年。
睨み付けるのが精一杯のようだ(ドアを叩きつけても吃驚しただけで怖くないし。寧ろ見上げているから少し可愛い)
それでも、威厳を損なわない彼はさすがというべきか。
「坊や……だと?貴様、この俺を怒らせる気か?」
「……言われて嫌な事は人にも言わなければ良いでしょ。あんたが不愉快に思うようにあたしも不愉快なの」
「俺は王子だぞ!!この国の!!次期国王だ!!」
「だからなによ。あたしはこの国の人じゃないの。あんたなんて知らないわ!!」
「うるさい!!!お前も、俺の物なんだぞ!?身の程を知れ!!!!!」
「誰があんたのものなのよ!!ふざけないで!!」
「なんだと……!?」
「無理矢理呼んだんじゃない!好きであんたの傍にいるわけじゃないわ!!
帰してよ!!あたしを元の世界に!!」
「………それは無理だ。方法はレガードしか知らない。それに、帰すつもりもない。この俺の呪いが解けるまでは」
ありったけの言葉をぶつければセリオスは黙った。
言い過ぎたかもしれない。けど、素直には謝れない。
頭が痛いとばかりに彼は眉間を押さえた。
「俺だって……好きでお前を傍に置いているわけではない」
「でしょうね。お互い会って数日だし」
一目惚れして傍にいるわけじゃないし。
「義務だ。俺がお前を抱くのは。子供さえ残せれば後はどうにでもすればいい。
残るなり、帰るなり自由にすれば良い。嫌な思いをするのはたった1・2年だぞ。
他の女なら、喜んで俺に身を任す」
「少なくとも、あたしは愛してもいない男の子供を産むのはごめんなんだけど」
「……だが、産んでもらわなくては困る。それが、唯一確実な呪いの解き方だからな」
「てか、なんで子供を産むことが呪いの解き方につながるわけ?」
それが一番謎なんだけど?
ゲームだとその辺の所、隠されてたのよね(来年続編が出る予定だったから)
首を傾げるとセリオスの紫闇の瞳が驚きに染まる。
「レガードから聞いていないのか?」
「セリオスに聞けって」
レガードは教えてくれなかった。そう言うとセリオスはため息を吐く。
その答えに想像でもついていたのか、殿下は眉間に皺を寄せた。
「……そうか」
疲れたように座れと椅子を進めるセリオス。
豪華そうな椅子……あ、沈む。
それに座ると彼は書類の入った机から一枚の紙を取り出す。
「説明してやろう。まずは、これを見ろ」
「なに、これ?」
見せてもらったその紙は所々赤いインクでチェックが付けられていた。
左上には龍と百合っぽいマークが司られた版行が押されている。
なにか特別な物だということは一目で分かる。
「これは、我が国の魔導師に探させた呪いの解き方を綴ったものだ。
お前が来る前に様々な方法を、ありとあらゆる手段を探させた……だが……」
1~5のチェックが付けられた文字は最後の一箇所を残して全て塗りつぶされていた。
「この最後の文字が召喚の儀式?」
「あぁ。初めは対となる邪法を探させた。だが、見つからなかった。
次に水の都、シャルティスから大魔導師殿に協力を願った。だが、解けなかった。
他の方法も試してみたが……全滅だ」
そして、藁にも掴むほどで召喚の儀式をしたという。
400年前にただ一度限り成功したと伝わる異世界から女神を呼び寄せる伝説の大魔法を。
「伝承では、異世界の少女との間に生まれた子は神の祝福を受けるといわれている。
全ての精霊を操り使役する能力を神から授かるんだ。
どんな魔法も使える。闇も光も、邪法の呪いさえ無効化する魔法も。
……正直なところ、異世界などただの伝説に過ぎないと思っていたが……な」
なるほど……それで異世界の女がどうしても必要だったわけね。
でもその様子じゃ本当に気休め程度にしてみただけだったみたいだね。その気持ち、凄く良く分かるよ。
「普通は思わないでしょうよ。大体、異世界があるかどうかも怪しいものでしょう?」
「あぁ、そうだな。だが、そんな怪しい伝説でもそれが我が国の成り立ちが成り立ちだからな」
「あの、異世界から来た女神が~ってやつ?」
「知っていたのか?」
そんなに驚くことでもないでしょう?
これくらいなら知っているよ。確か本も持ってきて……あ、あった!
厚さが結構あって銀で細工された竜と金で細工された花が彫ってあるいかにも貴重そうな本。
……今更だけど持ってきて大丈夫だよね?読めば返すし。
不安になってきたけどなにも言われなかったから大丈夫だと判断し、セリオスに見せる。
「これ!!今日読んだ絵本に描いてあったしレガードも言ってた。本当の事なの?」
「そう言われているな。実際にはどうだか……なにせ400年以上も昔の事だ。
それにしても良くこんな古い物を引っ張り出したな。もっと新しい物があっただろう?」
「そりゃあったけど子供向きすぎて簡潔にしか書いてなかったし……けどこの絵本、子供向けは子供向けだけど詳しく書いてあったから」
「そうだろうな。一応、それは学問の都『リシュールア』から取り寄せた原本だ。詳しく書いてあるだろう。貴重な品だぞ」
「……勝手に持ってきたらまずかった?」
「かまわん。誰も読む者がいなければ宝の持ち腐れだ。お前にやろう」
「……良いの?」
「あぁ」
「……うん。ありがとう!」
貰えるなら貰っておこう。
素直にあたしはお礼を言って頭を下げた。
その時カチャッといつの間にかお茶が用意された。
ナイスタイミング!!
ちょうど喉が渇いていたのと言えばメイドが挨拶をして出て行った。
ドアの前にはいつでも用事が言いつけられるように常に数名の人が待機している。
大変だなぁと思いつつ、美味しいお茶を堪能させていただく。
今日のお茶はハチミツ風のやつですか(ちなみに個人的にはラズベリーみたいなのが一番美味しかった)
「でも大変じゃなかった?召喚の儀式って簡単に出来るものじゃないでしょ?」
「危険も伴うしなにより厄介だ。道具の手配に必要な人材探し……おかけで色々結構苦労したな。
準備ももちろんだが……なにより召喚されたのはこんな女だしな」
「むっ……それ、どういう意味?」
「はっきり言って欲しいのか?」
ニヤニヤとセリオスは笑う。
それがまた憎らしい。
ムカついて、てりゃぁっと足を蹴り上げた。
足で一番痛い場所に当たったらしい。
短い悲鳴が聞こえキッと睨み付けられたが怖くもなんともない。
優雅にお茶を飲み続ける。
オホホ……ざまぁみろ!!
「……俺にこんな事をして許されるのはお前ぐらいなものだぞ」
「あら。光栄ですわ」
忌々しげにお茶を飲む彼。
こうしてみるとセリオスもゲームのキャラクターではなくセリオスという1人の人間なんだなってつくづく思う。
ブラウン管の向こうにいて、けして手の届かない場所にいた彼。
プライドが高くて、意地悪で、女嫌いのプレイボーイで、
「セリオスの性欲処理って恋人じゃなくてその道専用の女性ってホントウ?」
思わず出てしまった言葉。
もちろん情報提供者はレガード。こんな要らない情報ばかりが増えていっている。
あの人本当にあたしと王子をくっつけたいのかな?なぞだ。
ブフッと紅茶を吐き出す音がしてごほごほと咳き込む彼はその体勢のまま固まった。
その後片付けを無表情でこなすメイドさんはこの国で一番立派だと思う。
傍にいる兵士さんでさえ青ざめている。
ここにレガードがいたら高確率で笑っていたな。
「……貴様……」
地を這うような声と蛇のようにギラリとした目で睨まれた。
今日1日で何回睨まれたかな?3回?4回?
ここまで睨まれたら逆に怖くなくなった。
「有名だったよ。セリオスの女遊びの噂。
セリオスから誘うの?それとも女のほうから寄ってくるのかな?元々のセリオスならモテそうだもんね。選り取りみどりでウハウハ?」
「くだらん」
「え~つまんない」
「つまらなくて結構だ。
だいたい、寄ってくる女や誘われて付いてくる女なんて俺の地位と見た目にしか興味のないやつらばかりだったぞ」
「……そっかな?」
「なに?」
「確かにセリオスの見た目や妃の座って普通の人から見れば魅力的だと思う。
けど、中にはセリオス自身のことが好きっていう人だっていたと思うよ」
現にあたしはセリオスの見た目はカッコいいと思うけどそれだけだもん。
しいていえば観賞用みたいな感じ。
地位だって、未来のお妃様になれる~って、そう言われたって興味なし。
面倒だと思うし、なりたくなんてない。
というか、妃の器ってないからね、あたし。これっぽっちも欲しくない。
だからさ、あたしみたいな人間がいるくらいだから好きになってくれた人全てが見た目や権力目当てって考えは悪いと思う。
1人ぐらいはセリオス自身を見てくれた人、いると思うし。
「……よく、分からないな」
「そう?」
まぁ、それも仕方ないか。
生まれたときから彼は王子様だったしね。
環境的に難しかったのかも。あからさまに目当てで近づいた人も沢山いたと思うし。
そう思ってお茶を口に含めば彼はとんでもないことを言った。
「……だったら、お前が俺に惚れろ」
ブブッと、今度はあたしの方が吐いちゃった。もったいない。
「~~~!!いきなりなに言うのよ」
面白いことを思いついたとばかりに彼は笑う。
あ、嫌な予感。
「お前は俺の権力にも見た目にも興味はないのだろう?」
「……ない」
「だったら俺に教えてみろ。その、愛というものを」
真剣な眼差しと、手を取って。
まるで忠誠を誓う騎士がするような優しいキスをされた。
……正直かっこよかった。
悔しいけど、このままじゃ惚れるかもしれない……でも、なんか悔しい。
だから、
「だったら……惚れさせてみてよ」
悔しいから、反撃してやろう。
じっと見つめてニッコリと。
「セリオスの子供を産んでも良いって思わせるぐらい、あたしを惚れさせてみせてよ。
ね、オウジサマ♪」
「……あぁ」
セリオス殿下、アイに興味を持ち始めました。