3章・とりあえず体を鍛えましょう
「では始めましょうか」
「お願いします先生」
用意された槍を模った木の棒を持って腰を落とし、目の前の藁で出来た人形に突きつけるようにポーズを決める。
気分はまるでRPGの戦士。なかなかさまになっているかもしれない。なんてね。
けどこれ、結構もちやすいな。こんなのどこで用意したんだろう?
あの後、レガートに無理を言って午後の予定を全て護身術の習得に変えてもらった。
嫌そうな顔をしたがあれよこれよと言いくるめ、やっとの事で許可をいただいたのだ。
その代償はけして軽いものではなかったが……背に腹は変えられぬ。
そう。それが例え自分の運命を左右する―――形だけの婚約指輪をはめるはめになったとしても。
あたしはそっと贈られた婚約指輪を見つめた。
淡い桃色をした石が嵌められた指輪。しかもご丁寧に外れない呪いつき。外すには清らかな乙女をやめること。
……つまり、処女でなくなったときに自然に外れる仕組みになっているらしい。嫌な呪いだよね。
逃げられないこと前提に仕掛けてきやがった。クソッ!!なんとか外そうとしたけれどビクともしやがらねぇ。あのクソ魔道士め……今に見てろよ!
「なにを考えているか大体想像はつきますが今はまず目の前の事に集中して貰えませんか?中途半端な心構えだと怪我しますよ」
「あ、ごめんなさい」
「では、まず基本から練習しましょう。
その人形に攻撃してみてください。どんな構えからでも良いですから」
「はい」
本日より剣術の先生になったシリウスに言われてあたしはありったけの憎しみと力をこめて人形を貫いた。
人形の顔には眼鏡が掛けられている。その為かいっそう技に磨きがかかり見事に槍は人形の股間あたりに命中した。
「ワォ!!見事だわ」
本物なら即、再起不能になったことだろう。うん、本物じゃなくて残念だ。
しかしシリウス、驚いていても無表情なんですね。
……笑ったらさぞ綺麗だと思うんだけど……もったいない。
「……まぁ……筋はなかなか良いですね。見事なものです」
「やった!!」
「ですがどうも右に偏りすぎているようですね。攻撃が丸見えです」
「素人にそこまで期待しないでもらえます」
「それもそうですね」
……この男、白に見せかけて黒か。否、黒に限りなく近い灰色だね。
「で、人形破壊しちゃったけどどうすれば良い?」
「そのまま使いましょう。幸い破けたのは×××部分のみのようですし」
「……ちょっと」
「はい?」
「はい?じゃないわよ!!乙女の前でなんて破廉恥な言葉を出すのよ!!」
とてもじゃないけどそんな言葉は口に出来ない。聞きたくもない。
いやね、狙って攻撃したけどさ。
腐ってても一応乙女。いくらなんでもその言葉はヤバイだろう。
するとシリウスが笑った。貴重だけど心からの微笑ではない。あぁワザとなのね。
「……なんかあたしあなたの性格つかめてきた」
絶世の美青年。女神の生まれ変わり。そんな巷の噂なんてしょせん噂だったようだ。
少なくとも、女神様のような慈悲深さは持ち合わせていないだろう。魔王なら理解できるが。
「失礼ですね」
「だって考えても見てよ。シリウスって絶対自分に被害がなければたとえ街中で乱闘が起きても放っておくでしょう?」
「そんなわけありません」
「本当?」
だったらかなり意外かもしれない。少なくともあたしから見た彼は見た目爽やかお腹真っ黒だから。
被害さえ酷くなければ乱闘程度放っておきそうだが……結構良い人なのかも。
「いくらなんでも街中で乱闘なんて起きたら止めますから。僕のイメージ悪くなるでしょう?」
前回撤回。
やっぱお腹真っ黒だ。
「灰色ですよ」
「認めやがったしかも心読みやがった」
こいつ怖ッ!!マジ怖ッ!!
「……さて、お喋りはこのくらいにしておいて修行を再開しましょうか。心臓か、人体の急所を狙って攻撃してみてくださいね」
「ハッキリ言って心臓以外には男性のシンボルしか急所しりません」
「………とにかく、体の中心部を狙ってください。数打てば当たりますから」
「オーケー」
人形に眼鏡を掛けてみよう効果。
その日の稽古は思った以上に上手くいった。
次回から使用不能になった人形にはいくつもの穴が開き、それをみたシリウスは『次からも眼鏡着用の特注で作りましょうか。その方が上達しそうです』と言われた。
うん。自分でもそう思う。普通の人形じゃもう上手くできない。お金がかかっても特注でお願いします。
眼鏡がかかっていたほうがなんだか気分がいいし、あの男に直に攻撃している気になれて調子いいもんね。
ルンタッタルンタッタと城の中を見学する。
指輪効果のおかげか、逃走不可能となったあたしははれて(この城の中限定。街では騎士付きだ)自由となった。
まぁ、街の外には出れないけど、城の部屋に監禁されていた頃に比べてはかなり楽になった。精神的にも肉体的にも。
時折挨拶してくれるメイドさんやお手伝いさんと話しをしながら誰も近づかないと言われている離れにあたしは向かっている。
目指すは北。誰もいないいくつかの廊下と様々な花が咲きほこる庭を横切り一角の建物についた。
円形でいかにも古そうな建物。
鍵は掛かっていなかった。だからそっとノブの部分に触れ開けた。
ギィィッと錆びた独特の音と一緒にドアが開く。
初めに感じたのはインクと紙の香り。
次に暖かな風の感じ。
「……わぁ……」
見渡す限りの書物があった。
端のほうに簡易な机と椅子があるがそれ以外は全てが棚と本。
二階にも上るスペースがあり、そこからどれだけ巨大な書庫なのかが分かる。
けれど、埃等はない。定期的に整理されているおかげである。
シリウスに聞いたとおり、誰もこないせいかとても静かだ。
フラフラと近くの本を手にとって見る。
王家専用の書庫であって貴重そうなものばかり。
雑学用や専門用だけではなく、神話や御伽噺も揃っているという。
難しい本は読めないけれど、簡単な本なら読めそう。
あ、この神話なんていいかも。
選んだものはこの国の始まりの物語だった。
400年もの昔の神話。
『黒の女神』
これにしよう。
一冊の本を持って隅に座る。
椅子もあるけど、あたしには高すぎるかなと思って床に座ることにした。
サラサラと時折撫でる風が心地よかった。
都会では感じることの出来ない緑の匂い。
それを満喫しながら、絵本を捲る。
昔々、この国には―――
偶然か、選んだ絵本はこの国で最も読まれている国の成り立ちについてだった。
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