15章・とりあえず令嬢
アイの身分について説明させて頂きます。
アイが異世界から召喚された存在というのは王家者以外ではその場にいたレガード、シリウス以外知りません。アイが召喚された理由は子供を産む為、なので必要最低限の身分が必要です。そこでアイは田舎貴族でセリオスに見初められて城につれてこられた側室候補とされていました。ですが命を狙われたためにこりゃいかんとかなり高い身分にチェーンジされてしまいます。この世界ではすぐれた子供を養子に引取るといった事が結構頻繁にあります。この事を頭に入れて頂ければ理解しやすいかと。
「ねぇ、あたし果物のやつが良い」
「ありませんよ、そんなの。紅茶ははやりストレートが一番ですから」
(ストレートだと苦いじゃん。砂糖も無いのかよこの部屋は!!)
「ありません」
「心読むな!!いい加減訴えんぞ!!!」
「で、なんであたしがシェルダー公爵家の令嬢なんて噂が広がっているの」
からになったティーカップをトンと置いて、あたしは本題へと入った。
そもそも、そこまで大げさな設定にする必要ってあったわけ?
公爵家だよ、公爵家。
しかも数代遡れば王族の血も入ったという由緒正しい。
当初の予定ではとある男爵の娘~ぐらいの設定だったじゃん。
そう言えばレガードはキョトンとした。目が点状態だ。
「……あぁ。そんな事ですか」
「そんな事じゃないし、ちゃんと説明して」
「……あなたを守るためです」
あたしを守るため?
なんの冗談を、そう吐き出そうとした言葉は喉の奥で消えた。
バサッと、紙束が投げ出される。
読めっていうの?
その紙には王家の刻印がくっきりと押されていた。
読んで、絶句。
「―――っちょ、これ!」
慌ててあたしはレガードに問い詰めた。
その紙にはあたしについて書かれていた。
正式に養女としてシェルダー公爵家に引き取られたという事が。
こんなの、マジで聞いてない!!
「落ち着いてください」
「おち、おち(スゥ、ハァ、スゥ、ハァ)……落ち着いた」
「宜しいです。先月の事件、覚えていますね」
「もちろん忘れてない」
忘れはしない、女神暗殺事件(と事実を知っている人にはそう呼ばれている)
リザードマン侵入、および結界の綻び。
国の一大事であり、下手をすればエルタインの次期国王が永遠に失われたであろう日。
あの日を忘れられるはずがない。
けど、それとどんな関係があるの?
「この件については他言無用でお願いします……侵入者についてはまだ不明ですが……手引きをした者は分かりました」
「!!」
それ、初めて聞いた。
手引きをした人がいるってレガードは確かに言った。
それってつまり、スパイ、もしくは協力者がこの国にいるって事だよね。
でもならなんで捕まらないの?
答えは簡単。
そのスパイは『身分』がある人でさらに『証拠』が不十分だから。
脳裏に、あの男達の姿が浮かび上がる。
喉を切られた痛み
刺されそうになる恐怖
「……誰?」
「フォール・ガラ・ガリス伯爵。野心家で、自らの娘も道具扱いする男です。そしてその娘であるミリ・ガラ・ガリス嬢は陛下の、正室候補です」
……めちゃ地位あるし。まさに最悪じゃん!!
あぁもう!!なんか分かってきた。
「あたしがセリオスの傍にいると自分の野望を達成する為には都合が悪い。だからあたしを殺そうと企んだわけね。」
お約束の展開。
しかもあたしは女神として召喚された少女だ。
だから現時点で側室あつかいされていても実際にはもっとも王妃に近い存在となっている。
ガリス伯爵にしてみれば、自分の娘を正室か側室にして王宮の実権を握りたいわけだからあたしの存在というのは邪魔でしかないのだろう(それに最近結構セリオスの傍にいたからさらに目障りだったろう)
「えぇ。正直、こんなに早く手を出してくるとは思ってもいませんでした……アイ様、あなたには陛下の呪いを解いて貰わなくてはなりません。その為には、陛下のお傍にいることがなにより一番だと思っています。ですが、このままの『身分』ではあなたを守りきることは出来ません。もちろん、男爵程度の身分でも無理だと判断いたしました……この国は、隣国に比べれば平和な国です。ですが、絶対ではないのです」
「はっきり、言って良いよ」
「最悪、『不慮』の事故であなたが亡くなる可能性があります……なんの後ろ盾もなければ」
それってかなり危険な状態って事じゃないか!!
うわ~あの日セリオスと一緒で良かったぁ。
あたし1人だったら殺されてたよ。リディに感謝しよう、うん。
「でも本当に養女にしなくても良かったんじゃない?噂だけで十分じゃ……ショルダー公爵家の名に傷がつくよ」
「噂のみなら調べられれば一巻の終わりです」
「あ、そっか」
「そうなんです。もう少し、危機感を持ってください。良いですか?あなたがショルダー公爵家に養女として引き取られたからには相手もそうそう手は出してこないはずです。ですが、油断はしないようにお願いいたします。護衛は常に、傍に置く事。1人で出歩かないこと。ましてや、護衛を置き去りにして歩きまわるなんてもってのほかです(ニッコリ)」
「…………ゴメンナサイ(汗)」
ニッコリと、微笑んでいるのに怖いです!
素直に謝っておこう。これは、あたしが悪い。
コンコン
「失礼いたします」
話が終わる頃、控えめなノックと鈴のような声が聞こえた。
この声には聞き覚えがない。大方、レガードの部下だろう。
気にしないことにした。新しく紅茶を入れなおす……うん。紅茶の趣味は一級品ね。
「どうぞ」
ガチャっと静かにドアが開かれた。
見て吃驚。
入ってきたのは男性だった。多分魔道士だろう。
法衣にしては実用的な衣類を纏い、『さわやか』という言葉が似合いそうな青年はシリウスに負けないぐらい整った顔をしている。
髪の色はハニーブラウン。その髪はサラサラと揺れ、スッと流れるような瞳は閉じられていた。
けれど、あたしの顔を見てその瞳は開かれた。
空色の目。
けど直ぐにまた閉じられた。もったいない……
「アイ様、ここにいらっしゃったのですね。心配いたしましたよ」
「アリアス」
レガードがその青年の名前を言う。
アリアス・ファウスト。
ゲーム中ではただ名前だけが出てきた男性。
ファウスト伯爵家の三子で武道の才能が皆無だったため魔術の道を歩んだレガード直属の部下。
紳士的な性格で、二つ名『青竜』の名を持つディオスのパートナー。
(でも、イメージとなんか違う……)
ディオスと組むぐらいだからもっと筋肉質の男性を思い浮かべていた。
なんて言えば良いかな……ディオスを細くしたような感じをイメージしていたのだ。
けど、違った。
良くその体であのディオスについていけるね。
「いや~丁度いいタイミングで」
「アイ様」
彼はサッと部屋の中に入るとあたしの前へ来ると跪いて手を取った。
……まさかまさかまさか!!
まさかと思ったがやられた。
騎士が姫に送るような尊敬のキスを。
う、うにゃぁぁ!!!
顔が赤くなる。恥ずかしい、恥ずかしすぎる!!
「本当にご無事でなによりです。さぁお部屋に、行きましょう」
あたしの反応を気にした様子もなく、彼は手を取りあたしを立たせる。
「え、あの、ちょ」
まだ話が途中なのに!!
そう振り返ればレガードさん、あなたイイ笑顔ですね。
もう、帰れば良いんでしょう、帰れば!!
「お迎えご苦労様ですねぇアリアス。ですがわたしの記憶ではディオスが今日の護衛だったと思いましたが?」
……嫌味のオンパレード。
けど彼は真っ向から受け取った。
「彼には急用が出来たので代わりに私が。なにか彼に用事があるのでしたら伝えておきますが?」
「……いえ、気になっただけです」
……アリアスって大物。ニッコリ微笑んでレガードの嫌味をやり過ごした。
そういえばアリアスはレガードの部下だもんね。嫌味攻撃は挨拶代わりのレガードと毎日顔合わせしているんだからどう対応すればいいかなんて分かりきっているか。
「では失礼いたします……あ、そうそうレガード」
退室しようとした……一瞬の内に空気が変わった。
その空気を出しているのはあたしを守るアリアス。
な、なに?さっきの時の温厚そうな彼はいずこに!?
「いい加減真面目に仕事をしていただかないと私にも考えがありますから……」
カッと一瞬だけ目が開く。
…………こ、怖い(汗)
その思いが伝わったのかアリアスはすぐにあたしに微笑んだ。
安心してください。
そう聞こえた気がした。
「…………やれやれ」
アリアスの本気が伝わったのかレガードは仕事を始めた。
「では、お部屋までご案内いたします」
「あたしの?」
この言葉に意味なんて無かった。けれど、
「リディ様のお部屋です」
……あたしの部屋じゃないんかい!!
当初、アイの令嬢の設定は噂だけにしようとしたのですが妹に『調べられたら終わりじゃねぇ?』と突込みが入り急遽、直しました。