11章・とりあえず赤き満月3
セリオスが自室に戻れば机の上に赤い『物体』が置かれていた。
それを持ち上がれば重みが栞の役割をはたしていたのだろう。下敷きになっていたメモ紙がふわりとなびき床に落ちる。
拾い上げて確認すればそれはリディの字であった。
お兄様へ
少々厄介な用事が出来ましたので少し遅れますわ。わたくしが行くまで寝ないでくださいませね。
そうそうそれからこのワインは先日南の国の商人から買いましたのよ。シナウドベースのワインなのですがわたしくには少々キツイようなので宜しければお兄様が召し上がってくださいませ。
ワインのラベルには確かに南の特産品であるシナウドのイラストが書かれていた。
シナウドとは小振りの葡萄に良く似た果物の事で南の国ではよく砂糖やハチミツ漬けにして食されることが多い。
甘くジューシーな果物だがワインになると話は別になる。
シナウドは発酵しやすい果物だ。
ゆえにワイン類などに加工するとアルコールの度数が著しく上昇する。
最低度数を1に、最高度数を10とすればシナウドのワインは7か8辺りになる。
一般的には薄めて飲む品物だ。それを飲めないというのであればおそらく原液のまま飲んだのだろう。
初心者が良くやる手口だ(だがセリオスは原液のまま飲める)
それからシナウドにはもう1つ、他のワインには無い特徴がある。
ワインとは通常年月を掛け熟成させるものだ。
そうすれば味も香りも高まり、価値も貴重になってくる。
しかしシナウドのワインは違う。
シナウドのワインは別名―――10年ワインと呼ばれている。
つまりシナウドのワインは10年目に熟成して最高の味と香りを作り出すのだ。
その後はただ酸化していくだけ。飲める品物でな無くなる。
ゆえに10年目を迎えたワインは希少価値が高いとされ高値で取引される。
この城にもあるにはあるのだがせいぜい7年物あたりだ
セリウスはラベルの隣にかかれた文字を見つけた。
そこには丁度10年前の日付が書かれていた。
―――良い物を手に入れたな。
ビンを空けグラスに注ぐ。
血よりも赤い液体が月の光を浴びて妖しく輝きを放つ。
香りは極上の、スパイスとしてワインを際立たせた。
久しぶりに飲んだがやはり美味い。
これからリディに会うということも忘れていたのかもしれない。
気がつけば瓶の中身は半分以上減っていた。
顔にも赤みがささり、体中が熱く燃えるような感覚に陥った。
飲みすぎたか……
椅子にもたれテーブルに頭をついた。
連日の疲れが気づかないうちに溜まっていたのだろう。
深い闇に陥るようにセリオスの意識は遠のいていった。
だがそれほど時間が掛からずに目覚めることになった。
(……んッ……リディが来たのか?)
それにしてもやかましいと、ズキズキと痛む頭痛を抑えながらその身を起こせば見知らぬ人物がそこにいた。
薄い生地で作られたドレスを身に纏い、その体を飾るのは様々な豪華な装飾品。
その中でも特に目立つのは赤色の宝石が埋め込まれた髪飾りであった。それはその女性の黒髪をいっそう美しく際立たせている。
(……誰だ?)
酔っていたため、一瞬の反応に遅れをとった。
この国で黒髪を持つ女性は少ない。だとすれば刺客か?
護身用の剣に手を伸ばした瞬間、月の光でその女性の姿が完全に浮かび上がった。
それは美しく、貴婦人とよぶのに相応しく磨かれたアイ。
閉じ込められたのか、ドアを一心に叩きつけながら声を上げるその姿は可愛らしい。
あぁそうか……リディの奴め……
昼間に見たリディの微笑を思い出し、セリオスは苦笑した。
おそらくリディは今夜現れる月の力を利用したのだろう。
今宵は赤い月の満ちる日。
エルタインにとっては吉日といわれ、精霊の魔力が最も高まる月の出る日。
この日に生まれる子は例外なく神の祝福を受け、幸せになれるという。
そしてそれ以上に有名なのは……赤き月は人を惑わせるという言い伝え。
(……アイ)
正直なところ、セリオスにはまだ『愛』という感情など分からなかった。
だがアイは言った。
自分を惚れさせてみろと。
自分は他の女とは違う。セリオスの身分も権力も欲しくは無い。
願いは1つ。
ただ元の世界に帰りたいという思いのみ。
それでもなお、私の力が、子が欲しいなら、
自分を惚れさせてみろと。
王妃という地位が面倒だと言った。
なにもいらないと、言った。
だからセリオスは少しばかりアイに興味を持った。他の候補者とは違う思いを持つアイに。
女など、自分の権力が欲しいだけ。
その口から出る言葉は全て偽り。全てが幻。
適当に付き合って、適当に相手をすれば全てが上手くいくはずだった。
皆が欲しがる王妃という椅子。
それをちらつかせれば、誰もが自分に足を開き、体を捧げるはずだった。
その概念を根っこから覆したのは……異世界から召喚された少女。
初めてセリオスという『個人』として見た女。
(……認めよう)
レガードと噂になったとき、嫉妬したと。
誰にも渡したくないと、願ったと。
この感情をなんと呼ぶのかはまだ分からない。
だが、誰にも渡したくない。
(……アイ)
酒の力もあり、酔った思考では上手く考えが纏まらない。
だが、ただ1つ思い浮かぶのは、
……抱きしめたいという感情。
「………アイ」
触れたくて、触りたくて、
「セリ……!!」
心の中で暴れていた想いが一気に押し寄せる。
唇を重ね、抱きしめたとき
鐘が鳴り響く。
リディ嬢やりました!!もちろんリサ&メイド達は共犯者です。喜んで手を貸します。むしろやっちまえ―――!!な勢いで(笑】
やっと第一部の終わりに近づいてきました。次回の予想が付いている方も多いと思いますが・・・まぁ、見ぬ振りをお願いしますね。
では、失礼します!!