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Real Game  作者: 片倉葵
14/32

10章・とりあえず赤き満月2







時は数時間前に遡る。


シリウスの報告を聞いたセリオスは一瞬シリウスがなにを言っているのか理解できずにいた。

書きかけの書類にポトポトと黒いインクが雫となって落ちていく。


もちろんその件についてすでに報告は来ていた。

来てはいたのだが冗談だと思って放置しておいたのだ。


だってまさかあのレガードがアイを部屋に連れ込むなどということは冗談としか思えなかったのだから。

……もちろん冗談としてはタチが悪いが。


王宮内でレガードといえば『女好き』と有名な話だが実際は違う。

レガードはセリオス以上に女性というものが嫌いだ。

否、憎んでいるといっても過言ではない。

それは彼の生い立ちに関係がある。

悲惨な幼時を過ごしたレガードは愛されなかったために愛するというものを知らずにいる。


もちろんセリオスも女性というものに嫌悪感を抱いてはいるがレガードほどは酷くは無い。

女性という生き物を性欲だけ満たす道具として扱ってきたレガード。

そのレガードがアイ相手に本気になるというか……答えは否だ。


寧ろアイが異世界から召喚された『女神』でなければたとえ、俺の命令でも近づくことすらしなかったであろう。

あれは面食いだからな。


そんなレガードがアイを自室に連れ込んだ。

しかも朝まで2人きりで。


ただの気まぐれか?

それともなにか他に理由があるのか?

クソッ!!イライラする!!


「……お兄様。その手に握られているのは重要な書類ではありませんでした?」


リディの呆れたような声がセリオスを現実の世界へと呼び戻した。

ハッとし自らの手元を見て唖然となる。


「……そうだったな」


ギリリと握りしめていたのは今年の花祭りについての書類。

期限は明日まで……迂闊だ。

こんなミス今までした事がないというのに……クソッ!


落ち着かせるように入れ替えた紅茶を口に含む。

リディの方も自分の護衛である騎士に紅茶の準備をさせていた。

琥珀色の液体が白い陶器の器に注がれていく。

その最中にリディはセリオスの顔に注目した。


クマが薄っすらと出来ている。


「お兄様最近お疲れのご様子ですわ。夜寝ていますの?」


「あぁ」


「夜中いつまでもアイと一緒にいちゃいちゃらぶらぶしていちゃダメですわよ。そもそも避妊はきちんとしていますの?まぁ、お兄様の事だからその辺のことは抜かりないと思いますが……万が一、結婚より先に妊娠したなんて事になったらアイが傷つく事になりますから気をつけてくださいませね」


ブフッ!!

ゴワン!!


あまりの発言にセリオスは紅茶を吐き出し、リディの護衛騎士であるユーリ・ハウランドは転んで頭を打った。

注がれるはずだった紅茶が床に染み込みセリオスの顔が歪む。


「す、すみません!!」


真っ青になったユーリは直ぐに後片付けを始めた。


いつもであれば厳重な注意と処罰が与えられるほどの大失態だがセリオスはそれ以上にリディの発言のことで頭が一杯だった。

だからあえて見なかった事にした。ユーリだけが悪いわけではないし。


怒りで赤くなった顔でセリオスはリディを睨み付けた。


「お前はなにを言っているんだ!!!!」


「あら。別に変なことは言っていませんわ、お兄様……まさか、まだアイに手を出していないとか……」


「お前には関係が無い!!」


セリオスのその言葉が決定的だった。


「……まぁ!!信じられませんわ。あの『セリオス』お兄様が女性に手を出さないなんて……もしかして不能になりましたの!?」


「不能などになどなっておらん!!というか、自分が何を言っているか理解しているのか!?」


「別に変なことは言っていませんわ」


ツーンと、彼女はそっぽを向いた。


その行動が憎らしく、セリオスは力の限り机を叩きつけたが彼女は気にも留めずにいた。

それがさらに怒りを誘う。


「お前まだ13だろう!!それに女がそのようなふしだらな事を口にするんじゃない!!」


「自分の身は自分で守るものなのよ、お兄様。正しい避妊法やセックスについて知っておくべきだとわたくしは思いますわ」


こうも堂々と言われては身も蓋も無い。


確かに王族の者や貴族の者は性に関してある一定の年齢に達すればそれ専用の教師からそれとなく性教育の勉強を受けることにはなっている。


セリオス自身がその教育を受けたのは10の頃。

リディが既に受けていても不思議ではない。


しかしだ、


(こいつの教育をしたのは誰だ!!)


まだ早すぎると思ってしまうのはリディが女だからなのか、それとも妹だからなのか。

頭を抱えるセリオスにリディは真面目な顔をした。


「なぜ、アイを抱きませんの?」


些細な疑問だった。

その言葉にセリオスは思い出しながら答えた。


「愛情無しで俺に抱かれるのは嫌だと言われた。

子供も、愛していない男の子供は産みたくないそうだ。」


「アイらしいですわね」


とても彼女らしい答えだ。


(でもこの調子ではアイとお兄様の間に子供が出来るのは何年先になるのか分かりませんわね)


その反応のしかたに自ら入れた紅茶を口に含んだリディは1つの思惑に包まれていた。

それはどうやって2人の間を進展させるのか、だった。


リディはアイを欲しがっている。

姉として、親友として、リディをただの少女として扱ってくれるアイの事をリディは心の底から欲している。

義姉妹になる……その最も近い道筋は結婚して子供を産み王妃になるか側室になることだ。


だからセリオスがアイを抱いてくれれば良いと思っていた……否、寧ろ抱いているものだと思っていた。


愛情とは育てるもの。政略結婚でも幸せな結婚生活を送る貴族は沢山いる。

だから今は無理でも時が過ぎればこの国に愛着がわき、セリオスを愛し、この世界に残ってくれると信じていた。


それなのに、子供を作るどころか手すら出していないとは……


(これは……計算外ですわね。まさか本当にお兄様がアイに手を出していなかったなんて……)


覚悟を決めるかのようにリディは握りこぶしを作った。


思い出すのは数時間前。

アイを抜かせば最も妃の座に近いとされるセリオスの婚約者、マリン・モンド嬢の一言だった。


『あの娘を傍に置くのはただの珍しさゆえですわ。だって、おかしいじゃありませんか。もしも、もしもセリオス様がほんの少しでもあの娘を好いておられるのならば、とっくに召されても良いはずですもの……知っております?あの娘、いまだにセリオス様からキスすらされていないのですよ』


その言葉にリディはまさかと思った。


セリオスはレガード程ではないが女性に関してはかなりだらしが無いところがある。

レガードみたいにボロボロに利用して棄てる……などということまではしないが、それに近い事を平気でやったりもする。

つまり娼館通いや摘み喰い……だ。


だから既にアイには手を出しているとリディはそう考えていた。

なのに、現実は逆だった。いっそ見事なほどに。


信じられない……本当に一度不能になったのかと心配したほどに信じられなかった。


男性と付き合ったことも、好きな人もいないというアイ。

欲望のみで女性と付き合っていたセリオス。


2人の間を『愛情』というもので進展させるのは並大抵の事では無理そうだ。


(……粗治療ってどうかしら)


ナイスアイディアというようにリディはニッコリと微笑んだ。


「お兄様」


「なんだ?」


「今夜少し時間を下さいませ」


リディが微笑むとろくなことが無い。

それが身に染みて理解しているセリオスは深く思いため息を吐いた。







進展しない2人の関係についにリディ嬢が動き出します。

リディさん目的のためなら手段を選ばない子です。だからある意味レガードと同類ですね。


ちなみにレガードと藍の事を密告したのは正妃候補の1人、もしくは側室候補の人たちだと思ってください。

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