9章・とりあえず赤き満月
「では、こちらでお待ちください」
「……マジで勘弁してください」
あたしの一生に一度の願いはリサの手によって潰されてしまった。
そして物語の始まりは数時間前に遡る……
手を動かせばパチャリという水の音と花の良い香りがあたり一面に香った。
あ~メチャクチャ気持ち良い。それに良い香り!!
琥珀色のお湯に白い湯気。
そして張られた湯と一緒に動く赤いサラの花弁(薔薇に似ている)
ハーブ効果のあるサラの花弁一杯の温泉に入れば一日の疲れも取れるってもんよ。勿体無いけど。
フフンと思わず鼻歌を歌いながらあたしはゆっくり肩までつかってぼんやりと外を見上げた。
天上がガラス張りになっているために外の様子が良く分かる(ちなみに外からお風呂は覗けなくなっている。マジックミラーみたいに)
赤い満月に満天の星空。
あぁ~ロマンチック……これでお酒でもあったら最高だわ。
未成年ということを忘れることにしたあたしは元の世界ならきっとしていたであろう事を思い浮かべて苦笑した。
とは言っても実際にはしないんだけどね……精々ジュース程度で。
でも、これだけ豪華なお風呂がこの国にあったなんてね。
脳裏に浮かぶのはリサの言葉。
なにか特別な事がある時に限ってこの夜空の門は開かれるらしい。
普段はこのお風呂の半分ほどしかないお風呂に入るのだが(それでも非常に大きいけどね)今日はなぜがこの巨大風呂、夜空の門と呼ばれるここに通された。
普段使わないとあってかなりの広さだ(始めてみたときは度肝抜かした)
しかも誰もいないからゆっくりし放題。
「ふ……はぁ~~……気持ちいい~極楽極楽」
思わずそんな言葉を呟いた。
うぅ~本当に極楽♪
出来ればずっと入っていたい。
お肌艶々。
体中ポッカポカ。
けれどそろそろ出ないと倒れてしまう。
湯辺りでも起こしたのかクラクラしてきた。
体中が熱くなってきて、さ~て、出ようかとすればそこで待機していたのはリサとその他2人のメイド。
手に持っているのはいつもとは違う寝巻き。
ピンク色で結構透けている。
なんなの、この服。
上は肌が見えそうなぐらいには露出しているし、下の部分はやけにヒラヒラしてて……兎に角恥ずかしい。
まるで男を誘惑するためだけに生まれてきたような寝巻きだ。
他のメイドが持っている装飾品も通常のものより派手な物ばかりだ。
……なんかあるの?
「失礼いたします、アイ様」
「ちょ!!自分で出来るって!!」
強引だった。
あれよこれよという間に寝巻きを着せられ、装飾品をつけられていく。
あ~もう!!恥ずかしい!!この着替えの仕方はいつまで経っても慣れないわ。
「で、なんなの、これ?」
綺麗に飾られた姿を見てため息を1つ。
なんだというのだ、一体。
「では、ご案内いたしますね」
「どこへ?」
「こちらになります」
なんだというのだ、一体!!
答える気はありません。
そんな感じに前にリサ。
後ろにメイド2人がかりでガッチリガードされて長い廊下を移動し始める。
たどり着いたところはどこ部屋のドアより装飾が豪華に施された部屋だった。
……嫌な予感。
「リサ、リサ!!この部屋ってさ……」
「では、こちらでお待ちください」
「……マジで勘弁してください」
あたしの予感が当たっていればこの部屋はセリオスの私室のはずだ。
あのドアに描かれたセリナギは国の象徴として使われる紋様。
そしてそのセリナギの紋様を身に付けられるのは王家の者のみ。
現在王家の血を引くものは多くは無い。
直系ではセリオスとリディのみ。
この王宮にいる王族もセリオスとリディのみだ。
リディの私室はここではない。
となればおのずと答えは導かされる。
……ここは間違いなくセリオスの部屋だ。
「アイ様ファイトー、です」
「いやいやいや!!待って、ちょっと待って!!」
なんのつもりですかぁぁあ!!!!
トンと背中を押されて部屋に閉じ込められた。
抵抗する暇も無い。
逃げられない。
それを理解したのはガチャリという音が鳴り無情にもドアに鍵が掛けられた時だった。
クソッ!!!押しても引いても開かねぇ!!!
出して―――!!と悲鳴を上げて力任せにぶん殴る。
その一瞬、風が吹いた。
漂う匂いは……セリオスの香水。
そして―――アルコールの香り。
「…………アイ」
背後から聞こえたのは我が婚約者殿の声。
その声の主にこの状況を説明して貰おうと振りかえった。
「セリ……!!」
名前など、呼びきれなかった。
唇に重なる温度。
耳元で囁かれる声。
なにが起こったのか……とりあえず抱きしめられたことだけは理解した。
セリオス様ご乱心―――!!!藍ちゃん逃げて―――!!!!!
・・・みたいな話を書きたかったので書いてみました。
最近藍がサブメインのキャラとばっかり絡んでいる気がする。
それって絶対ギャグの方が書きやすいからだ・・・特にレガード。