8話「勇者を探せ」
いつも通り、剣を取った六人が勝機を掴めなかった三人を囲む構図に嘆息していた。今回の『選別』も問題なく進み、面白味のない争いを眺めることになるだろう。
唯一、珍しい点があるとすれば青髪の少女が出場者に混じっていることか。
「王は何を考えているのやら。全くわかりませんな」
度々、出場者の中に指名される子供がいる。大人九人で構成される『選別』だが、子供を混じることに一体何の理由があるのか想像もできない。
「……何事だ。少し視認性が悪いぞ」
出場者による走行によって土埃が立っているらしい。見通しの悪い競技場のスペースに苛立ちが募る。しかしおかしい話だ。いつもならこれくらいで土埃が立ち、上から見ていて不快になることは珍しい。言い直すなら有り得ない話だ。
「はっ、申し訳ございませんウィルク侯爵。しかし、始まってからは何者にも手を加えることができません。この状態でのご観覧をお許しください」
「まあいい。今後は同じことがないよう対策するように」
「はっ」
側近にはそれ以上の用がなくなったため、下がらせる。側近が席を外したことで特別席には私以外の生命体はいなくなった。
「ふう。全く、この街に来てから息がつまって困る。久々に狩りを楽しみたいものだなァ」
闘技場で行われる儀式を見下しながら二度目の嘆息を漏らす。
「全く、つまらん催しだ。そもそもなぜ私がこのような……ん?」
闘技場に起きた異常性に、観覧している誰もが感じ取った。
重い腰を装飾の激しい椅子に下ろしていたが、思わず立ち上がった。
「なっ! なんだ!? 何が起きている!」
「失礼しますッ! 緊急事態です!」
下がらせた側近が扉を不躾にも勢いよく開けて入室してきた。
「現状を説明せい!!」
「はっ! それがどうやら九人の出場者以外に、一人部外者が参加したようです!」
「なッ!? なんだとォ!! 部外者!?! あ、あの檻には特別性の魔術が込められているのだぞ?! 何者だろうと、この檻に魔法を透過させることも、すり抜けることもできないッッ!! 最初から紛れ込んでいたのではないだろうな!」
「いいえ! そんなことはありえません! いくら見通しが悪くなっているとはいえ、ありえません!」
「しかし今そこにいるではないかッ! どうなっているーー!! たかだか人間如きがッ! なぜッ! クソっ、あの檻それはきっと気高く、麗しの魔――んんっ、……まあいい。それで、あの部外者が何者かを調べろッ!」
「はっ!」
「早急にだッ!」
「ははっ!」
慌てて側近が退室するのを尻目に見ながら、闘技場のど真ん中で起こった異常事態に目を見開く。
先ほどまでは剣を持たぬ者が六人に追い詰められ、その後一方的にやられるだろうことまで想像がついていた。
だが眼下に広がる光景は全くの別物であり、誰にとっても想定外のことが起こっている。
剣を持たぬ者の三人は誰一人命を落とすことはなく、代わりに襲い掛かったはずの二人が死んでいる。
一体、何が起こったのだ……?
その後、観客席から見下ろす競技場スペースの状況はますます見れなくなった。原因は、最初から気になっていた土埃だ。しかしこれは土埃が原因ではない。そしてここまでの大がかりな靄にも
なれば私にもわかる。
「くそッ! あのガキめ。この煙は【白煙】だな、くそ……」
先ほどから不明瞭な部分が多すぎる。
どうやって、誰にも気付かれずに競技場スペースに侵入したのか。この【白煙】をここまでの規模になるまで仕込む時間をどう作り、バレずに行ったのか。
最後に、どうやって、この短い時間で一切の剣技や魔法を見せずに六人を殺したのか。
解けないからくりに頭を悩ましていると、我が主の言葉が脳裏に浮かんだ。
『いつの世や、必ず我の前に現れる。平和を望まんとする勇者が、現れるだろう。特に、小さき者に注意せよ』
なぜ、なぜ忘れていたのか。
ならばついさっき目撃した黒髪のガキか、もしくは青髪の少女が勇者……ッ!
「勇者ァ! 絶対に逃がさないぞッ!」
× × ×
「それじゃあ、俺はもう行くから。ハンナも見に来てるから一緒に合流して帰ってこい。俺はじゃあ行くわ」
「え、ちょっと待って。いや、待ちなさいよ! 私も連れてって! その魔法? で一緒に」
「あ、あー。ごめん、その説明もまた後でするから。また後でな」
特殊魔法である【瞬間移動】を使う代償をシャルロッテは知らないようだった。しかし、それを長々と説明する時間もないため、あとで説明することにする。
とにかくこの場にいてはいけないのは部外者の俺だ。このままここで待っていたら間違いなく捕まってしまう。白煙によって見通しの悪いうちにここから退散させてもらう。
最後にシャルロッテに手を振って出入口のゲートがあった方へ走る。すると、柵が下りて閉ざされている場所まで辿り着く。柵の向こうには管理者もいないようで安心した。
結局誰とも接敵することなく、闘技場を無事に脱出した。
闘技場を後にして、ようやく肩の力が抜けた。ハンナとの約束を守ることができたことを実感する。
歩こうとすると両足が重たい。魔法を使った反動で身体に負荷が溜まっていたようで、つい笑い声がでてしまった。
まだ闘技場から人がでてくる気配はない。闘技場の中よりは安全だと思うが、いつまでもここにいて大丈夫なわけではない。さっさと立ち去って、ハンナの家の近くで帰りを待っていよう。
振り返った先に一人、青年が一人仁王立ちしている横を無言で通り過ぎる。
「ちょっとちょっと、ちょいちょいちょい! 待ってくれまいか、そこの黒髪少年や」
丁度横を通り過ぎようとしたタイミングで、ガッシリとした手で肩を掴まれる。
肩を掴まれたことにビックリするが、努めて冷静に対処する。
「え、え? なんです?」
「ふぅ、普通に無視するからビックリしたぞ」
こっちが足を止めると、青年も肩から手を放してくれた。
少し後退りながら、いつでも魔法を使えるように準備する。まさか、闘技場で乱入したのが俺とわかって呼び止めたのか? 観客席からわかりにくくするための白煙で姿ははっきりと見えなかったはずだが。
「え、あ。どこかでお会いしたこと、……ありました?」
改めて、呼び止めてきた男の背格好を見る。
白髪に凛々しい目と鍛えられた筋肉が服越しからもわかる体躯。年齢は多分、二十歳かそこらへんだろうか。腰には全長七十センチほどの剣が鞘に収まっている。
うん、絶対に知らない人だ。警戒をより強めて彼を見る。
「おっと、すまんな少年。俺と少年は初めてのはずだ」
「それじゃあ、何か用ですか?」
「俺は武の力を極め、そこからの景色を見るために生きている」
言っている意味がわからず、視界を少し傾けて考える。
武の力とは、恐らく腰にかけた剣技のことだろう。
しかし、何度考えてみても、それと俺に何の関係があるのかがわからなかった。
「……それが、何か?」
「少年の移動速度では説明のできない離れ業、あれを見せていただきたい」
「それはできません。自分の手の内を見せるような真似は命取りになります」
「ふむ、なるほど。それもそうだ。しかし少年は勘違いをしている」
空気が変わった。
男の人に動いた様子はないが、先ほどまでと違う空気を纏っている。
いつでも【瞬間移動】できるよう、静かに力む。
「……ふむ。やはり少年、君は只者ではないな。さきほど見せていただきたいと言ったが、技の説明を求めているのではない。俺は『見せて』いていただきたい、と言ったのだ」
肌がピリつく感覚に、男の人からさらに距離を取る。
反射的だった。熱いものを触った瞬間に、考えるより先に行動ができるように反射的だった。
だというのに、間に合わなかった。
「――っぐっは!!」
大人の拳が十四歳の少年の腹部にのめり込んだ。
目にも止まらない速度で繰り出されるパンチに顔は歪み、空気が全て押し出される。
さっきまで足の裏にあった感触がなくなった、と思えば気が付けば地面に横になっている。
「惜しかったな少年。今、動こうとしたな?」
お腹を抱えてうずくまる俺に、上から偉そうに話しかけてくる。
しゃべろうにも当然声はでない。口に広がる血の味が混じった唾を声の代わりに吐き出す。
「おっと、すまない。一応手加減はしたつもりだったんだが、少年は動きが速すぎるからな」
すまないと言いながら、全く申し訳なさそうな男を下から睨む。
「しかし、そうか。やはり君の力は『武力』ではなく、『魔法の力』というわけだな」
少しずつではあるが、痛みも我慢ができる程度に落ち着いてきた。これで手加減をしたと言うなら、全力だった場合を考えると恐ろしい。
やっとの思いで立ち上がる俺に、男が手を前に出す。
「なんのつもりや……?」
「手を貸してやる」
「別にいいッ!」
目の前にある手を払いのけて、自力で立ち上がった。
「それでこそ、男の姿だ。やはり少年には見込みがある。よし、決めたぞ。これから共に来いッ!」
両手を広げて『共に来い』と言ってニマリと笑う男に言葉を失った。