7話「私だけの英雄」
闘技場に続く静寂を破ったのは試合監督による「始めッ!」の合図だった。合図と同時に俺は特殊魔法【瞬間移動】で移動する。
見える景色が変わったことで檻の内側まで移動できたことを実感する。次の瞬間にまた移動を繰り返す。
移動してすぐ、移動を繰り返し続ける。
荒い使いかたではあるが、これを繰り返すと人の目に残らない。
瞬間移動にはこんな使い方もある。人間が光を目で追えないように、常に一定の距離を高速で移動し続けることで可能となる力技だ。
これだけだと心許ない。だからついでにもう一つの支援魔法【白煙】を唱える。
わざわざ開戦同時にこの檻の内側に移動したのは【白煙】で視界を悪くするためだ。瞬間移動で次々に飛び続けながら視界を悪くしていくことで、俺のことにはより気付きにくくなることだろう。
元々観客席に座る皆も、競技場で実際に戦う皆も、何もない四隅を気にしたりはしない。
あとは、再起不能になってもらう予定の人数分が近づいたタイミングで仕掛ける。それまでは待つのみ。
剣を片手に迫る大人六人に、囲まれる青髪の少女と震える男に命乞う女の三人が詰められる。
これだけの距離なら大丈夫だろう。
瞬間、俺の視界はまた一瞬で映った。
「ごふぁッ!」
「ブファッ!!」
「……え?」
俺が一瞬の間でシャルロッテに切り掛かる男の場所まで移動し、その男と一緒にシャルロッテの背後から切り掛かろうとしていた体格の大きい女性と、ゼロ距離の位置まで【瞬間移動】をした。
おかげで、勢いのついたまま男と女は向かい合ってぶつかった。
お互いに剣を構えていたため、正面から衝突した身体からは剣が貫通している。
「よし、二人はこれで大丈夫やろ」
完全に死んだ二人の大人を見て独り言を零す。
周りを見渡すと、状況を一切飲み込めていない『選別』のメンバーが立ちすくんでいる。
真ん中で両手を前に突き出した状態で固まっている青髪の少女をみて安心する。どうやら無傷のようで、俺の飛び出したタイミングはバッチリだったみたいだ。
「え? どうして?」
「は? はあ!? 今何が起こった!」
「誰かみていたか!?」
何が起こったのか理解できていないのは、観客も同じようで困惑している声が聞こえてくる。
とりあえず、『選別』に必要な人数はあと四人。あと四人を再起不能にすればシャルロッテは無事に帰せるはずだ。
「あーすまん、あと四人、死んでもらわんとアカンのやわ」
「――ッ!? なんだこのガキ!」
「どこから現れやがった!!」
「あ、君は……昨日の!!」
倒れる男と血濡れの女の横を通り過ぎて、棒立ちのまま次に誰を再起不能にするか選ぶ。
シャルロッテは突然現れた俺にまだ困惑しているが、周りの大人はさすがと言ったべきか適応している。とりあえずの敵として俺にのみ剣先を向ける。
シャルロッテの味方としてきた手前、彼女にだけは敵と勘違いされないようしっかりと伝えておかなければならない。明言する前に少し咳き込み、彼女の目をみて言った。
「あー、どうしてとかそういうのは後にして。まずは、君を助けんとアカンから」
「え? 助け? え、え?? 誰の、……私の??」
昨日みた強気な女の子と同じとは思えないほど、弱々しい彼女のことは一旦置いておく。剣を持たない三人を囲んでいたはずの四人は、標的を俺一人に絞ってこちらとの距離を計っている。
「おいガキぃ、どこから現れたのかはわからねぇが、こちとら命かかってんだ。容赦はできねぇぜ?」
「こっちこそ、ごめんけど、簡単には死なれへん」
「その言葉、お前。もしやこの街のモンじゃねぇな。よし、なら俺と手を組まないか?」
「なら剣を下ろしてから言ってくれへんか?」
「ははは、お前。それはできねぇ相談だな」
俺の周りを囲うようにジリジリと移動している大人に警戒を怠らない。どこから仕掛けるつもりかはわからないが、どうやら三人を囲ったときと同じで俺一人を今度は囲むつもりらしい。逃げ場を失ってピンチだが、俺には効かない。
完全に囲んだあとも、大人四人は中々動きを見せない。剣一つ持っていない俺を警戒しているのだろう。
丸坊主の口の悪い大人が、二人の死体を横目で確認する。
「おいガキ、あれはどういう手品だ? あぁ? 説明しろやコラ」
「俺はなんも。勢いが良すぎて熱い熱い抱擁をしただけちゃうん? 知らんけど」
「なッ! このガキぃ!」
「ま、待て! 落ち着け! ヤるなら同時だ」
「あ、ああ。んなことわかってらぁ。ガキの次はお前だからな」
大人たちは剣を握る力を強めるように握りなおした。
さっきまで同じ状況に陥っていた三人は、その場から動かずに俺の心配をしている。今の間に、二人の死体から剣を奪い取ればいいのに、考える余裕もないようだ。
「死ねぇ!」
「悪いなガキぃ!」
「すまん!」
「ヒャッハァ!!」
四人が同時に一人の少年目掛けて飛び込んできた。
ギリギリまで動こうとしない俺に、死ぬことを受け入れたと捉えた観客の一同は息を飲み、または目を瞑った。
一人の赤毛の少女は最後まで目を見開き、拳にギュッと力をこめて見届けていた。
一人の青毛の少女は最後まで目を瞑って、両手を耳に当てながら少年の死を拒んだ。
少年に剣が届くかと思われた瞬間、またその場を見届けていた者にとって不可解な現象が起こっていた。
少年は、剣を握る大人の外側にいたためだ。いつの間にか立ちすくんでいたはずの黒髪の少年は大人の間をすり抜けて、死を回避したのだった。
剣を向けていた相手が突然消えた場合に起こる事態、それが意味することとは。
「ぐっ……っぶフぅおおおおお」
「ごふぁ……っっうおおお、コヒュっ、……」
「ぐはっ、なっ!? なん、……なんで? ぶふぁっ……ごふっ」
「ど、どどっ、どうなっていやがんだァ!?」
四人の男が一人の少年を囲うようにしてまっすぐに向かってきた。そしてなぜか中心にいた少年の姿が消えた結果、二人の向い合う剣がお互いを攻撃し、奇跡的に大怪我を済まずにすんだ残りの二人はかすり傷と脇腹を切り裂く適度で済んでいた。
「おっと、マジか。今ので四人全員イッてもらうつもりやってんけど」
大怪我の二人は放置で大丈夫だろうと、残る二人に向き直る。後残る二人でこの戦いも終わりだ。
「こ、このガキぃ!! いい一体どんな魔法を使えばそんな芸当ができんだコラぁ!」
「ま、まずいぞ! おいっ! いつの間にか闘技場が霧で視界が悪くなってやがる!?」
「な、なにぃ!? おいっ、くそ! これもガキ!! お前の仕業か?!」
戦いの合図とともに、場面が整うまで行っていた【瞬間移動】と【白煙】。そして、白煙は競技場の端で行っていた。その結果、競技場の中心では目立っていなかった白煙は、端の方からどんどんと立ち上った。結果、観客席からはっきりとは見えないレベルの靄が立ち込めることとなった。
「これで俺の手品もバレにくいってわけや。さあ、俺の身体ももうそろそろ厳しくなってきたから、ここらで終幕とさせてもらうで」
「あ、ああ、! ま! 待ってくれぇ!」
両手を上にあげて、降参のポーズを取る坊主の大人。ずっと許しをこうているが、俺も殺したくてやっているわけではない。今この場で守ることを約束した人がいる。この人にもきっと帰るところがあるのを想像そると胸が痛むが、帰るところが無い人の方が珍しいのだ。だから、仕方ない。
落ちた剣を一度見て、うなずいた。
「うん、ごめん」
次の瞬間、場面が移動した。目に映るのは坊主の背中だ。その背中からは剣の柄が飛び出ていておかしな光景が広がっている。男が着ていたボロい布にゆっくりと赤い染みが広がっていくのがわかった。
「……ゴフッ……!! ガ、ガき……ぃ……! が……。……。」
「……ごめん」
男は正面から倒れる。身体を貫いた剣が地面にも刺さってしまったようで、抜き取るのに一苦労する。
もう一人を探そうと見渡すも、周りは白煙によって視認性が下がっている。よく見てみると、俺が坊主を仕留めている間に逃げいるみたいだった。白煙によって最初ほど【瞬間移動】の飛距離が落ちているため、走っておいかける。
「クソっ! このバケモンがッ!!」
俺のことをずっと『お前』と呼ぶ特徴のない中年の男が、シャルロッテの元まで走っていくのが見えた。中年の男の片手には剣がある。シャルロッテは放心していて、中年の男がしようとしていることに気付いていなかった。
瞬時にやばいと思った。
「おいお前! それ以上近――」
「死ね! この外道がッ!」
中年の男がシャルロッテの綺麗な青髪を乱暴に掴んで、残る手に握る剣を首筋に当てようとした直前で事切れる。
心臓に、剣を一刺しだった。
シャルロッテを人質にしようとしたみたいだが、この男がシャルロッテを殺して『選別』を終わらせようとする可能性があった。
中年の男はそのままバタリと倒れ、頭を掴まれかけていたシャルロッテをギリギリのところで支える。
「おい! おいシャルロッテ!? 大丈夫か?」
「え? え、ええ。大丈……夫……」
俺よりも少し背が高い女の子の背中に腕をまわして支えると、腕にゴツゴツとした硬い感触が伝わる。これで背中を守っていたのだろうか。
水色の瞳をのぞき込むも、焦点が定まっておらず、放心しているようだった。
事態を飲み込めていないようだから、『選別』が終わったことも理解できていないかもしれない。
「安心しろ、シャルロッテ。これで終わりや。お前は無事に乗り切った。このあとにでも、ハンナとゆっくり話したらええ」
「あり……が、とう。……でも、なんで、?」
シャルロッテが『なんで』と言ったことにオウム返しに「なんで……?」と呟く。しかし何に対してか文脈を読めないのも仕方がないだろう。
「なんで、見ず知らずの私のことを、助けてくれるの?」
「確かに。知ってると思ってたシャルロッテの意外な一面があったわけやしな。でも、今は知ったわけやから、果たして見ず知らずの関係ともいえるんかな?」
「……どういう意味?」
弱々しい姿の彼女を見て、一息ついた。
思い出すのは昨日の記憶。ハンナの柔らかい雰囲気と違って、冷たい空気を纏う女の子のシャルロッテ。言葉使いも強めの口調だったが、今はその欠片も感じない。
「助けるのに、知ってるとか知らんとか関係ないってことや。……知らんけど」
少し頭を悩ませてから、腕の中で力なくこちらを見上げる彼女をみて言った。
すると、ずっと困り顔だったシャルロッテの表情に綻びを見せる。
「……なにそれ」
わけがわからないと言ったニュアンスを含む言い方に思わず、俺も笑ってしまっていただろう。