3話「青髪の少女シャルロッテ」
覚悟って言葉が好きです。漫画好きなら皆同じかな?
「でも、俺には関係ないな」
「ええ、そうですね。ランサーさんには【瞬間移動】があるから」
「ああ。それに、この街に『天国の門』は無いんよな? じゃあこれ以上この街におる理由もない」
「……その魔法で東の国まで帰るのですか?」
「そうや。ただ、そうする前にハンナ以外の人にも聞いてからやな」
せっかくここまで来たのだ。それならこの街を少し観光して帰ろう。
帰る前にたくさんお土産を持って帰らないとな。荷物が多いとめんどうだから、思い出話とこの街の実態だけだが。
帰ったら皆驚くぞ。
『地獄を抜けた先の天国』とは生還者のいないこの街が原因でついた名前だ。そしてこの街の真実は恐ろしいものだった。これ以上の被害者を増やさないためにもこの街の実態を持ち帰ってやらないと。
あと、知り合いや友人にこのまま帰らずに死んだと勘違いされるのも癪だ。
今後の方針を固めていると、「ねぇ」と震える声が聞こえた。
「なんや?」
「……その魔法でもう一人、一緒に連れていくことはできますか?」
目線を外したまま聞く彼女に、色々と教えてくれた礼も込めて答えることにする。
「それは無理や。この魔法を使ったあと、ハンナがどうなるかわからん。最悪ゲル状になって死ぬかも」
「ゲル状になって……、それは嫌です。でも! じゃあなんでランサーさんは大丈夫なんですか?」
実は大丈夫ではないのだが、これ以上自分の魔法について教えるのはよくないと――、
「いやこれ結構きついねんで? 身体の疲労はすごいしな。今とか頭ぼーっとするし」
あれ?
どうしてかスラスラと手の内を話していた。こういう時は万が一を備えて隠しておいた方がいいってことは知っているのに。なぜだろう。これ以上考えようとすると頭がぼーっとする。
「そう、なの? なら私で試してみる価値はある、かも……」
「――ちょっと! ハンナ! 約束の時間が過ぎてるのに何をここで油売ってるわけ!? 私との関係はその程度だっていうのかしら!?」
怖いことを言いかけていたハンナにヒステリックな勢いで話す青髪の少女が近づいてきた。
ハンナのことを知っている様子の少女は、友達だろうか。丸顔で可愛らしいハンナと対称的に、シャープな顔の彼女は少し涼し気な印象を受ける。
「あ、シャルロッテ。ごめんね、時間過ぎちゃってたの気付いてなかったの」
「まだ眠っているのかと思って来てみれば、『選別』は明日だっていうのに問題事? ――で、あなたは誰? 変態?」
「ちゃうわ。俺はランサー。旅人で今日この街に来た。なあ、あんた、この街に『天国の門』ってのはあるか?」
初対面の相手にいきなり失礼な口を開く少女の名は、シャルロッテというらしい。ハンナとどうやら約束があったみたいだが、今は自分の目的のために質問を優先する。質問する俺を見ながら「旅人……? やけに軽装ね」と言ってから答えてくれた。
「天国の門? 聞いたこともないわね。場所違いじゃないかしら?」
「……そうか。答えてくれてありがとよ」
「ええ、じゃあこれでよろしくて?」
「あぁ、もう用は済んだ。でもそうだな、最後に一つ聞かせてくれ」
「ええ、いいわよ。答えられることなら。……下着の色とかは教えないわよ変態」
「いや興味もないわ。で、『選別』の日は明日ってホンマなんか?」
シャルロッテがさらっと言っていたことを決して聞き逃さずに、今度はハンナの方に向き直って質問した。
「『ホンマ』……? ええ、そうです。明日は『選別』の日……です」
先ほどまでと違って、彼女の表情に影が差したように感じる。同時に最悪の想像をしてしまった。
「もしかして両親が出場する、とかか?」
答えにくそうにハンナは両手を突き合わせる。少女の哀愁漂う仕草にしまったと思ったが後の祭り。
「両親は、その……」
「ハンナの両親はもう亡くなったわ」
答えにくい質問をしてしまったが、シャルロッテがハンナの代わりにあっさりと答えてしまう。
「そう、か。なんかすまん」
「いえ、それは、……」
「旅人さんは気にしなくて結構よ。明日の『選抜』には私が出るってだけの話かしら」
「は?」
「シャル!? どうしてそんなッ!!」
肩にかかった長髪の青髪を手で払いのける仕草は様になっていた。
まるでなんてことのないように言い払った彼女に口がふさがらない。少しの静寂の後、ハンナが驚愕して出てきた愛称は昔の呼び名だろうかと場違いな思考が巡った。
「あらハンナ。懐かしい呼び名じゃない。あなたと会う前に、久々に聞くことができてよかったかしら」
「そんな、うそ。まさか本当に……? なんでそんなことを……っ!」
「別になんてことはないわ。予定メンバーの少女がお姉さんに変更しただけ。……ただそれだけのことよ」
「おいおいおい、ちょっと待ってくれ!」
自然と会話に置いてけぼりにされたことには何も思う余裕がない。
命を懸けて行われる戦いである『選抜』に、今目の前にいる俺と年の変わらない少女が参加するという話らしい。
「シャルロッテ。君が明日『選別』に出場する、んか?」
「ええ、そうよ。何度も言っているでしょう?」
「は、はぁ!? 君、まだ俺と変わらない子供だろう!?」
背丈は俺より少し高い彼女は、俺と同い年かそれより上だろう。そんな子供が命懸けの勝負に参加するのか!?
「子供って、失礼ね。私は今年で十五歳。立派な大人よ。ハンナは十三だから子供だけどね」
「いや十五歳って、俺の知っている世界ではまだガキやねん!」
「あなたの知っている世界は大変平和ボケした、都合のいい社会なのかしら? 羨ましい限りね」
「じゃ、じゃあシャルロッテ以外にも子供がでるんか?」
『選別』の話を聞いたとき、自然と大人の戦いを想像していた。でも事情がたった今変わった。大人の男女を問わない戦いは最悪の場合として想像できたが、まさか子供の、それも女の子が出場するなんて誰が想像できるのだろうか。
「失礼なガキですわね。……私と一番近い年齢の方で二十六と聞いていますわ」
「一回り以上も年上やんけ! おいおい、イカれてんのかこの街は!」
いくらなんでもこれでは不公平ではないか。圧倒的な負け戦。仕組まれた勝負。今、目の前で平然としている彼女が明日死ぬと言われているようで戸惑ってしまう。
「あ、そうか。実はシャルロッテがめちゃくちゃ強いとか!? そういう特殊な魔法とか技術があんのか!?」
「いいえ、ありません。ただ精一杯を尽くすだけかしら」
「特殊な魔法を使える方は世界でも稀です。それこそ、あなたのような……」
「……? それはどういうことかしら?」
この世界は残酷だ。それはなぜか生まれたときから残る前世の記憶と比較してしまうからだった。しかし、こんな街はあんまりだと絶望感に打ちひしがれる。
「そんな……。ほんまにどうかしてるやろ……ッ」
「それがこの街のルールですもの。何者にも変えることはできませんわ。それこそ、ここの街を治める伯爵を暗殺でもすることかしら? まあ無理ね」
なぜ、目の前に立つ彼女はこんなにも強いのだろう。俺と年の変わらないただの子供なのに。
人間が強がることのできる状況は余裕があるときだけという話は前世では有名だった。死ぬ直前、追い詰められた状況下でこそ人は本性を現すと聞く。ならば目の前で息巻く彼女はきっと死ぬ直前まで、この態度のままだろうと思った。
「なんで、なんでそんな強いんや……?」
この歳で覚悟の決まった目をする少女は、チグハグだ。まるで大人と会話をしているような錯覚に陥る。
「自分の信念や、選択に迷いも後悔もありませんわ」
「ああ? だからなんで」
「──ええ、だって。私が自ら代理を名乗ったのだから」
初めて出会った少女が見せた、初めての笑顔に胸が痛む。
笑っているはずの少女の目は笑っていない。
ああ、知っている。この醜い世界で見せる唯一の光。
──覚悟を宿した瞳だ。
横で同じ笑顔をみたハンナは「愛してる、シャル」と言って、目から伝った一筋の雫が顎先から一滴地に落ちるのを見た。