七話
いきなり真っ暗闇となりレリアナは灯りや見える所があるか探して周囲を見回す。すると、目の前に何か見える事に気が付き、其処に目を凝らして良く見ると意識が其方に引っ張られる。
(な、何これ…!こ、怖い!嫌だ!行きたくない…!!)
彼女の抗いも虚しくレリアナの意識は身体から抜き出され、死ぬかも知れないと恐怖に目を瞑った。だが、意識はあり肉体を操る感覚がある。不思議に思い瞼を開くと視界に飛び込んで来たのは婚約破棄された時の場面だった。
「こ、ここは…!」
レリアナは顔面蒼白させて後退る。
「レリアナ=サレスティア」
予想していたのにも関わらず声に反応してビクッ!と肩を跳ね上げる。
「今日を持って私は君との婚約を破棄させて貰う」
「っ!!?」
言われるのは分かっていた。だけど、再びこの言葉を聞くのは相当堪え、涙で視界が滲む。
「何故だと!!君は彼女にしたことを忘れたのか!!?」
「君は彼女…アルマに度重なるイジメを執拗にしてたらしいね。彼女からその事を聞いているし、その光景を目撃している人も沢山居る。言い逃れは出来ないぞ」
「いい加減にしろっ!!」
「貴族とかそういう下らない風習に囚われ、身分という立場に拘る。それは庶民や階級の低い貴族達を軽視する発言、実にプライドが高く傲慢だ。やはり君はこの国を支える王子の婚約者として相応しくない。それに君は忌むべき属性を持っている。そのような女を私の妻には出来ない。レリアナ=サレスティア、もう一度言う。今日を持って君との婚約関係は終わり、さようならだ」
再生された言葉がレリアナの心に刺さり、心臓が強く握り潰されるかのような痛みに襲われ、息苦しくて息が上がる。
『……せい?』
「っ!!?誰!!?」
突如何処からか声が降ってきたように聞こえ、振り返りながら問う。
『だ…の…い?』
だが、返答はなく無機質に同じ質問がされる。だが、何を質問しているのか聞き取れず耳を澄ます。
『誰のせい?』
「え…誰の…せい…?」
誰のせい…その言葉の意味をレリアナは考えた。
(誰のせいって…。私が婚約破棄された事…?でもそれは…私の誤った行動のせい。つまりは…私の…)
『違うでしょ?』
「え…?」
『あの女のせいでしょ?』
「……!」
『あの女さえ居なければラインハルト様の御側に居られた。あの女さえ居なければ…!』
「あの…女さえ…居なければ…」
『そう。妬ましいでしょう?恨めしいでしょう?辛いでしょう?』
「…」
『ねぇ!!貴方なら分かるでしょ!!?』
縋り付くように同意を求める声に聞き覚えがあった。
(ああ。これは…私だ)
レリアナが声の正体を認識すると周囲は真っ黒に染まり、彼女の目の前には膝から崩れ落ち、俯いている自身の姿が現れた。
(心の奥底にある私の本音。…確かにアルマリアを嫉妬する心も、恨む気持ちもある。それにもうラインハルト様の御側に居る事が許されないのは辛い)
『そう!!だからあの女を消してやりましょう!!学園から!!社会から!!この世から!!』
ヒステリックに叫ぶレリアナが立ち上がり、レリアナの服を掴んで、魔女のような悍ましくも恍惚とした笑顔でレリアナの顔へと近付ける。そんな自身にレリアナは真剣な顔で見詰め返した。
「そんな事をして……何になるの?」
『彼女が消えれば私がラインハルト様の御側に居られる!!それ以上何があるの!!?』
「そんな事をしても殿下の心は離れるだけ。何故そのような事を気付かないの?」
もう一人のレリアナはバンッ!とレリアナを突き飛ばす。その瞳は充血し、髪を荒々しく搔き乱す。
『うるさい!うるさい!うるさい!!あの女が居なければ全て上手くいく!!あの女さえ居なければ!!あの女が死ねば!!全部上手くいくのよ!!』
「……醜い…」
レリアナの口から無意識にそんな声が出る。目の前のレリアナは嫉妬に狂い、苦しみ、囚われて憎悪に満ちている。
「……けど、貴方は私。その醜さは私の中にあるもの」
レリアナはレリアナへと近付いて抱き締める。
「貴方は悪くない。だから、悪い事はしなくても良いの。嫉妬するのも普通の事。恨むのも仕方ない。好きな人に嫌われるのも奪われるのもとても辛い事よ。でも、悪いのは私。悪い行いをした者が悪い。思う事も想う事も悪くないわ。だから、貴方は悪くない」
「あっ……」
もう一人のレリアナは彼女の暖かい抱擁に涙を溢すと光の泡となってレリアナの中へと消える。
「辛かったよね。私はもう大丈夫。私の為に怒ってくれてありがとう。今度から自分の気持ちに向き合い素直に、でも感情的にならないよう努めるから」
キュッと胸に両手を重ねながら当て、心の中にある彼女を想う。すると、視界は急に晴れて元の寝室へと戻った。




