五話
レリアナは影の妖精と契約してから一つの問題に悩まされていた。それは……。
「ライト!!待ちなさい!!」
「キシシッ!」
ライトは意地の悪い笑い声を上げながら花瓶を落とし、レリアナは慌てて走って頭から飛び込み、花瓶が床へ激突する前に掴み取る。彼女はフラワースタンドの上へと花瓶を戻す。
「ふぅ…。危なかったわ」
「キシシッ!キシシシシシッ!」
「ライト!!笑ってないでもうこんな事は止めなさい!!」
「キシシシッ!!」
ライトはレリアナの怒鳴り声を聞いても尚も変わらず笑い続け、今度は額縁を落とす。
「もうっ!!またっ!!」
彼女は苛立ちの声を上げながら額縁へと駆け寄ってキャッチし、直ぐにライトの方へ睨むが既に其処には居らず、キョロキョロ周囲を見渡しても見付けられなかった。
「もぉぉぉーーーー限界!!何なの!!?アイツは!!!」
レリアナはリーグストの顔を険しい顔で訴えるように教卓をバンッッ!と叩く。
「ハハハハハッ!随分と困ってるみたいですね」
「笑い事じゃないですよ先生!ライトの悪戯は度が過ぎますよ!!」
「……そうだな。適性属性は知ってますよね?」
「はい。その程度は……ってそれとライトの悪戯と何ら関係ないでしょう!!」
リーグストの質問にレリアナは怪訝気な表情で答えるが直ぐに怒りは再熱する。そんな彼女に対してニヒルな表情でリーグストは笑う。
「あるんだな、これが」
「えっ?」
リーグストは立ち上がってチョークを手にし、黒板に文字を書き込んでいく。
「適性属性は一般的には発動出来る又は得意な魔法の属性の事を指すが、本当はその属性の妖精が好きな味なんですよ」
「味…ですか」
「ああ。人の魔力には其れ其れ味があり、適性属性は…例えばその魔力の味が火の妖精が好みの味であれば適性は火となります。上位属性の…炎とかの場合は妖精ではなく精霊に好かれなければいけないのだが、大抵の精霊は自然の味を好む。だから上位属性を操れる人達は少ないんです」
「……で、それが何でライトの悪戯癖に繋がるんですか?」
リーグストは振り返りながらレリアナが文字を見えるように左へと移動し、指差ししていく。
「妖精達には属性に準じた大まかな性格の分類が出来る。例えば火は陽気、水は冷静、土は忠誠心が高い、風は自由気儘となる。光は人懐っこい、影は人間嫌いという感じで」
「人間嫌い…だから…」
レリアナの中でライトの数々の行動が腑に落ちた。人間が嫌いだから、人間をおちょくり馬鹿にしているのだと。
「でもな、光と影の面白い所はその人物に近い感情を持つ者に近付くんです」
「近い感情?」
「そう。光はプラスの気持ちに惹かれ、例えば嬉しい気持ちが多い人は嬉しい気持ちを表現する妖精に好かれ易い。影はマイナスの気持ちに惹かれ、怒りやすい人の場合は常に怒っている妖精に好かれ易い。…ライトの場合は嫉妬でしょうね」
嫉妬という言葉を聞いてレリアナはチクリと胸が痛み、自分の中に強い嫉妬心はあるのは重々承知していたが、それを改めて指摘されると流石の彼女も傷付いた。
「知ってますか。ライトは貴方が居ない場所では悪戯してないんですよ」
「えっ!!嘘よっ!!」
信じられず即座に前のめりでレリアナは否定する。
「嘘ではありませんよ。ね、シエラさん」
「はい。レリアナ様が居ない所では悪戯する所は見掛けませんね」
「嘘…」
「ライトはレリアナ様に注目して貰う為、他の人ではなく自分を見て貰う為に悪戯をしたんだ。…という事は、だ。逆説的に君も同じように嫉妬すると悪戯をして好きな人の注目を集めるタイプなんではないか?」
「うっ…!」
心当たりしかなかった。正しくレリアナがアルマリアにした事は嫉妬心からであり、ラインハルトを取られないように、自分だけを見て欲しくてアルマリアを排除しようとして彼女に悪戯していた。
「私は…彼女に対してあのような事をしていたのね。いえ、私の場合はもっと酷かった。心優しいラインハルト様に嫌われるのは当たり前ですよね…」
レリアナは自虐的に笑い、自分の愚かさを心から恥じ、このような自分ではラインハルトの隣は相応しくないと諦めがついた。
「お嬢様…」
「大丈夫よ。もうそう簡単には泣かないわ」
「キシシッ…」
何処から現れたのか分からないが何時の間にかレリアナの手の甲の上で心配そうに彼女の顔を見詰めていた。
「ライト…。ごめんね。貴方の気持ち…。キチンと理解して上げれば良かった。私も貴方と同じ想いをしていたのに、早く気付いて上げられなくて本当にごめんね」
ライトは彼女の目の前まで上昇すると自身の頰をレリアナの頰へと擦り付ける。
「…貴方…結構可愛いのね。ふふっ♪」
自分の内側を受け容れた彼女の笑顔は穏やかでまるで母のように暖かなものだった。