四十四話
「貴様!王命を断ると言うのかっ!」
剣を抜いた騎士がレリアナへと切っ先を向ける。
「落ち着け」
「しかし陛下!」
騎士は国王の言葉に食ってかかり、国王は目を細めて振り返り、騎士を見やる。
「落ち着けと言っておる。それに私は言ったぞ。この場で聞いた事は全て不問にすると。君は私を詐欺師にしたいのか?」
国王の鋭い視線に射抜かれた騎士は慌てて剣を納刀し、敬礼する。
「し、失礼しました!」
そう言う騎士の顔からは大量の冷や汗が流れ出ていた。国王は顔の位置を戻し、頭を下げる。
「済まない。私の護衛が失礼した」
「いえ、構いませんよ。不敬なのは理解してますから」
「いや…私も相当無茶な命令をしているのは自覚している。君達には私を責め立てる権利がある」
「責め立てる気はありませんが……言いたい事は言わせて貰います」
「ああ、構わぬ」
「…私は戦う事は怖いです。死ぬのが怖いです。魔王と戦いが恐ろしいのです。でも、私が最も恐れてるのが…」
レリアナはリーグストを見て、彼の手を握って指を絡め、国王へと向き直る。
「リーグストを失うのが何より怖いのです。私は戦う必要がないのなら戦いたく、戦わせたくありません。もし魔王との戦いで死にそうになった時はこの国を捨てて逃げると思います。これを聞いても陛下は私達に魔王討伐を任命されますか?」
「ああ。承知の上だ」
「…っ!?」
悩むと思っていた為、躊躇いの無い即答にレリアナは面を喰らった。それはリーグストと騎士も同様だった。
「へ、陛下!夜明の聖杖と救世の剣は我が国の国宝です!それを持ち逃げると言ってるのですよ!」
「…口が過ぎるぞ。私はお前の意見は聞いていない」
「へ、陛下!?」
「…負けて魔王に奪われるよりマシだ。逃げて別の国、別の大陸で聖女と勇者の事を教え繋ぎ、そして魔王を倒してくれた方が良い。例えこの国が滅ぼされようとな」
国王から発せられる剣呑とした雰囲気にレリアナとリーグストは息を呑む。
「…本気…なのですか、陛下」
「こんな嘘は言わん」
レリアナは天を仰いだ。本心では拒絶して貰いたかったから。しかし、それは叶わなかった。国王に其処まで言われて魔王討伐に赴かぬのは忠臣ではない。
「分かりました。私達二人…魔王討伐へと向かいましょう」
「ああ。宜しく頼む。…今日はこれで終わりだ。詳しい日時や作戦はまた後日、使いをやって伝える。それではな」
国王陛下は立ち上がり、三人も立ち上がり、騎士と共に退出する国王に頭を下げ、その場には宰相閣下、レリアナとリーグストの三人が残った。ガチャンと扉が閉まった音が聞こえ、全員が頭を上げると宰相は二人へと向く。
「少し、私とも話をして欲しいのだが、良いか?」
「はい」
宰相が座り、座るようにジェスチャーされて二人もソファへと座る。
「私も先ずは謝罪をさせてくれ。うちの馬鹿息子が済まなかった」
「あ、いえ…その…もう終わった事なので…」
「…あれから時間が経ち過ぎたものな。謝罪をするのに時間が掛かってしまった事を謝罪する」
「あ…あの…別に皮肉を言った訳では無かったのですが…」
レリアナは困ってリーグストに助けを求めて見やると彼は頷き、仕方ないかと項垂れ、顔を上げる。
「宰相閣下、貴方の謝罪を受け入れます。ですからこの話はもう止めにしましょう。私はそれより御兄様の御話が聞きたいです!」
「…そうだな。私も彼の事を話そうと思っていたのだ。彼は本当に優秀で助かってるよ」
「具体的には?」
「例えば…」
メルディックの事で宰相とレリアナは話が弾み、気付けばお昼は過ぎ、くぅ~~という腹の虫が鳴った事で話は中断された。
「…そう言えば昼食を食べてなかったな。今日はこれで失礼するとしよう」
宰相はスッと立ち上がり、二人も続いて立ち上がる。
「それではな二人共。今度はリーグスト殿の話を聞かせてくれ」
宰相はそう言うと扉まで歩き、手を掛けた所で振り返る。
「昼食は使用人達に用意させる。それまでこの部屋で待ってくれ。食べ終わったら直ぐに帰ると良い。それではな」
「「有難う御座います」」
宰相が退出する時に二人は揃えて頭を下げ、扉が閉められると再び腹の虫が鳴る、レリアナの腹から。レリアナは一気に顔を真っ赤に変えて、お腹を両腕で抑える。
「御厚意に甘えようか」
レリアナはコクンと頷いた。
それから魔王の位置、動かす軍の数、作戦の詳細等の情報を纏め、二ヶ月という短い時間で魔王討伐へとレリアナとリーグストは向かう事となった。
崖の上に聳え立つ魔城は雷雲により陰っており、雷鳴と共に堕ちる光が歪で崩れている魔王城が確認出来た。
「あれが魔王城…」
レリアナは遠くから魔王城を見ていると近付いて来る足音が聞こえて、足音で誰か分かっている為、わざわざ振り返る事なんて事はしない。
「いよいよだな」
リーグストは魔王城を認めながら彼女の隣へと立ち止まる。
「うん…」
「…緊張してる?」
「…うん。やっぱり…怖い…」
「大丈夫だよ。俺達なら」
「そう…だね……」
レリアナはリーグストへと身を寄せて、頭に肩を載せようとした時、別の聞き知った足音が聞こえて、シャンッ!と姿勢を正し、レリアナとリーグストは振り返って足音の人物へと体を向ける。
「レリアナ。リーグスト殿」
「お、御父様。お久しぶりで御座います」
「グエイン様。お久しぶりです」
「二人共、久方振りだな」
「はい。御父様も魔王討伐に参戦されるのですね」
「ああ。私達が相手が弓矢や魔法を二人に放す事を許さないからな」
「頼りにしてます」
「任せておけ。…と、無駄話をしている暇はない。そろそろ進軍の時だ。天幕へと戻るぞ」
「「はい!」」
そして、魔王討伐が始まる。