三十八話
ラインハルトは後ろへと下がり、柄を頭の横にまで上げて切っ先をメルディックへと向ける霞の構えをして腰を落とす。その構えを見たメルディックは中段に構える。
「行くぞ!」
「来い!」
ラインハルトは右足で踏み込み、同時に鋭い突きを放つ。メルディックは木剣を使って逸らし、勢いが収まると木剣を木剣で上から押さえ付け、肩でタックルしてラインハルトの体勢を崩して首へ木剣を振るう。
「【火鞭】」
火の鞭がメルディックを襲い、木剣で受けるのは不味いと判断して咄嗟に右へと跳びながらラインハルトの足を引っ掛けて転ばせる。そして、元の位置へと戻る。
「私をそう簡単に避けて行けるとは思わない事だ。上げて落とせ」
メルディックがそう言うとラインハルトの身体が浮き、落とされる。
「なっ!」
ラインハルトは動揺しながら受け身を取り、転がりながら立ち上がる。
「メルディック。お前も居るかどうか分からない妖精なんて怪しいものに手を染めたのか」
「妖精は居るよ。殿下が認識しようとしないだけだ」
「私達人間は自分だけの力で立ち上がれる。強くなれる。妖精なんてものの力なんぞ要らない【火矢】」
ビュンッ!と火矢はメルディックへと飛び、ラインハルトは火矢へと続く。
「落として、痺れさせろ」
火矢がギュンッ!と方向を真下へと変えて落ち、電気がラインハルトへと走り、咄嗟に彼は左腕を盾にして受ける。
「グッ!」
左腕全体が痺れ、筋肉が複雑に動かされて力んで動かなくなる。これでは威力が足りないと、回転斬りをメルディックへと御見舞いするがやはり威力が足りず容易に受け止められる。
「くっ!」
ラインハルトは分が悪いと下がる。左腕は今もなお痺れで全く動かせる気がせず、だらん…と左腕を落としている。
(このままではジリ貧だ。このまま追い詰められて負ける。…負けられない。マリアを守る為に絶対!!)
ラインハルトの気持ちに呼応したのか彼の身体から赤色のオーラが滲み出し、全身に纏わり付く。
「な、何だ…これは……。…!?左腕が動く!?……これならっ!?」
グッ!と踏み込むといつもより遥かに素早い速度でメルディックへと迫り、歩幅が合わなくなって躓いて頭からメルディックの鳩尾へと頭突きして倒れた。
「ガハッ!」
予想の範疇を超えた一撃がクリーンヒットし、蹌踉けて倒れそうになる所を何とか堪える。だが、息は詰まり呼吸が出来ない。
「…何が何だか分からないが隙が出来た!」
ラインハルトが今すぐ立ち上がり、首を狙おうとする姿が見え、早く呼吸を整えければ思った時に口の中に風が吹き、肺まで届いて吐き出される。それだけで簡単に呼吸が整った。
(今のは……)
フッと微笑み、ラインハルトに合わせて木剣を振るう。
「今日はたんまり魔力を食べさせるよ!」
笑顔となった事で身体に程良く力が抜けた一撃は強化されたであろうラインハルトの一撃を完璧に相殺する。
「まだまだこっからだ!」
「私も負けない!」
二人の剣戟は激しさを徐々に増していき、鋭く重い音が響き、振るわれる剣は軌跡を幾重にも重なるよう描いて、残像となって観客席の者達を驚かせ、彼等の攻撃毎に観客席は盛り上がっていく。どちらが勝つのかと皆が胸躍らせる中、メルディックは冷や汗を流していた。
(このままでは不味い…!剣が重なる度、重く素早い剣筋が的確に襲って来る!こんなの長く受け止められない!手が痺れてきてるうえ、何より…!神経が削られる……!)
そして、メルディックの手に限界が迎え、ガッ!と木剣が弾き飛ばされる。
「貰った!!」
(負けるっ…)
「負けないでっ!!メルディック様!!」
盛り上がった観客席の中からそんな声が粒立ててよく聞こえ、世界がスローモーションに動く。声が聞こえた人、その人物は直ぐ目に付いた。
(ファルナ…なのか…)
それは自分の婚約者であるファルナ・オストマーシュだった。
(あの肩より長い茶髪。緑色の瞳。それに彼女が好きな黄色のドレス。間違いない…ファルナだ。…貴方はこの浮気者の私を応援してくれるのか…。なら、頑張るしか……勝つしかない!でないと私は貴方に顔向け出来ないっ!!)
メルディックは諦めかけ、緩んでいた拳を強く握り、振り下ろされる木剣を回し蹴りで放ち、左踵で木剣を砕き折った。
「剣をくれ!」
跳ね上がった筈のメルディックの木剣が彼の手元へと戻り、木剣を折られて呆気に取られていたラインハルトの首に木剣を当てた。
「私の…勝ちだ…」
その瞬間、ラインハルトは膝から崩れ落ち、観客席は皆立ち上がってメルディックの勝利に大勢が沸いた。
「勝者!レリアナ陣営!!」
そして、一瞬の間が空いて立会人からレリアナ達の勝利宣言がなされた。