三十二話
そこで映像は途切れ、鏡面となり、只の水へと戻り、空間へと消える。
「ね?強いでしょ。リーグスト」
ウンディーネが気兼ねなく軽いテンションで聞かれたが、あまりの衝撃に固まって言葉を返せなかった。
「何よ…!?リーグストが大したこと無いと言いたいの…!?」
ウンディーネにギロッ!と睨まれ、狼狽えて言葉をつっかえながらレリアナは返そうと口を開く。
「あ。い、いえ…そういう事ではなく…あまりにも強すぎると言いますか…。凄く呆気なく終わったなと思いまして…」
「な~んだ!そう言う事!それなら仕方ないわね!フフン!凄いでしょ!」
「しかし…S級冒険者が国一つの戦力と同等、その言葉の意味が良く分かりますね」
「ティエラさんの言う事は分かります。でも、もっと大事な事があります!」
「大事な事?ミアリ、それは…」
神妙な雰囲気なミアリが何を思ったのか気になり、レリアナが尋ねる。ミアリはフルフルと身体を震わせ、溜めた力を解き放つように立ち上がって天に拳を突き上げる。
「あの水の魔法!!そしてナマチュウケイ!!これは新しい商売になりますよ!!」
ふぉーー!!と興奮した様子のミアリはウンディーネはドン引く。
「え、ええ…。何…この人間…」
「彼女の家は商いによって栄え、かなり昔に飢饉に瀕した街や村を救った功績で伯爵家まで上りつめまして、現在も領地運営しながら商いを続けている根っからの商人家系なんです」
「へぇ~…凄いのね」
興味なさげに相打ちを打つとミアリがググッとウンディーネへとキスでもするのかというほど近付いた。
「ウンディーネ様!!今の魔法!!妖精様にも使えますか!!どうですか!!?ねぇ!!?ねぇ!!?」
「あ、私、リーグストの元に戻らないと!じゃっ!!」
執拗に迫るミアリに対して危機感を覚えたウンディーネは逃げた。
「あ~…。逃げられちゃった…。残念…」
「詳しい話はリーグスト様が帰ってからにされたらどうですか?」
「では帰って来たら教えて下さいね!お願いします!」
「は、はい」
彼女の熱量がリーグストへ向く事にレリアナはなんとなく申し訳ない気持ちとなり、苦笑した。
「でも、今のを見て気分が晴れましたわ。作品の後味が綺麗さっぱり消え、きっと眠る時はこの時の事を思い出して眠れなくなるに違いありませんわ」
安心し、穏やかな表情でリリスは胸をなで下ろす。
「にしても…今の戦いが凄すぎてもう物語に集中出来る気がしません。もし宜しければあの戦いの感想を話合いませんか?」
「確かに、ティエラの提案は面白いですわね。話す事で興奮も収まるでしょうし…」
「提案……なら、私も一つあるのですが良いでしょうか?」
「はい。何でしょうか?」
ティエラに聞かれ、レリアナはいざ言うとなると恥ずかしくなり、照れながらモジモジと言い渋る。けれど、自分で言い出した事。言わなければ引っ込みがつかない。
「…わ、私も敬称なしで呼んで頂けませんか!!?」
恥ずかしさを大声で誤魔化すように聞いた。想像だにしない提案に三人は目が点となる。
「て、提案…ってそれ…ですか?」
「は、はい…。駄目…でした?」
「駄目…と言いますか…レリアナ様は公爵令嬢ですし…憧れの御方ですから呼び捨ては…憚れると言いますか…」
「前々から二人が互いを呼び捨てにしてるのが羨ましく思っておりまして…。それにミアリさんの事をもう呼び捨てにされていたので……。何で私にしてくれないのかと……ミアリさんに嫉妬してました」
頰を赤らめ切なそうにしてるレリアナがとても愛らしく、三人はキューンッ!とときめきで胸に撃たれる。
「でしたら!!私からも提案があります!!レリアナ様も呼び捨てにして下さい!!手始めに私をミアリと呼んで下さい!!」
「え…?」
「コラッ!ミアリ!貴方はいつも急過ぎるのよ!レリアナ様が困って…」
「ミアリ……」
「フムッ!」
「リリス」
「ふぁっ…!」
「…ティエラ」
「はわ…」
「で、良いんですよね?」
レリアナは正解が分からずに照れながら解答を待つが、三人は胸を抑えたまま動かないなと思って声を掛けようとした所、三人はバタンと倒れた。
「え?え?何で倒れて?と、取り敢えずお医者様~~!!」
三人は直ぐに起き上がり、大丈夫だと慌てて止めるが、レリアナに何故倒れたのかと聞かれた三人は困り果てる事となり、誤魔化す為にレリアナの名前を呼びまくり、嬉しそうに照れるレリアナを見て三人は再び倒れた。
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ジャバウォックを倒した事でリーグストはS級冒険者となり、レリアナとの婚約がグエイン経由で国中に知れ渡った。国中の女性達や貴族男子達は悲しみに暮れる事とはなったが、二人の婚約は大勢に祝福され、S級冒険者を射止めたレリアナの評価は跳ね上がる事となった。しかし、それを面白くない者が居た。
「何よこれ!!シナリオと違うじゃない!!」
そう言った少女は手に持った新聞を壁へと投げ付ける。
「そもそもリーグストって誰よ!!?そんな奴出てなかった!!何処で沸いたの!!?巫山戯んじゃないわよ!!折角逆ハールートに入ってたのにレリアナのせいで滅茶苦茶よ!!最近メルディックとの仲の進展はないし!!特にイジメもないまま皆に嫌われていってるだけ!!このままじゃあ可哀想な女の子にもなれず、王妃にもなれない!!」
ヒステリックに一通り叫ぶと少女の表情は一変し、薄暗いものと変わる。
「……だったら私がシナリオを戻すしかない。いや、戻せる。私は知っている。例え性格が変わろうと時間と日にちが同じタイミングで同じ場所に居るだけでイベントが起こる事を。私はアルマリア=リリアルカ。この世界の主人公なのだから」