三十一話
「そう言えば何故ここにウンディーネ様が?リーグスト様の元に居る筈では?まさか、わざわざ今のを言う為に此処へ?」
「ううん。違う。用事はこっち」
パチンッ!と指を鳴らすと水の鏡が精製され、水の鏡の鏡面が波のよう揺らめき、平面へと戻ると鏡面には森の中を歩くリーグストと先行して彼を案内する騎士の姿が映る。
「リーグスト様!」
「…リーグストの事を心配してるかなって…見せに来たのよ。リーグストの戦いを」
「リーグスト様の戦うお姿を見せにわざわざ…」
「しかも、生中継よ!生中継!」
「「「「ナマ…チュウケイ?」」」」
聞いた事も無い言葉に四人は反芻する。ウンディーネは自然と出た言葉だった為、疑問に思われた事を疑問に思ったが皆が知らない言葉であった事を思い出す。
「ああ、この言葉はあんた達には分からないか。今起こってる事を映し出しているのよ」
「今…起こってる事を…という事は今から戦われるのですか!?」
「そう!魔獣をフルボッコにしてる姿を見れば安心するでしょ!」
名案とばかりにウンディーネは胸を張るがレリアナの表情は暗く、手先が冷える。リーグストが傷付く、最悪の場合死んでしまうのを観てしまうかも知れない。それは想像するだけで恐ろしい。
鏡面がリーグストから動き、ジャバウォックを映す。その姿は月のない闇夜より黒い漆黒、肌は常に沸騰しているお湯のようにボコボコと泡立つ疣々、四足歩行で山の如き巨体を前へと進め、首は長く伸び、顔はドラゴンではあるが瞳孔は青白く生気を感じられない。
「な、なんと悍ましい…」
ティエラはこの世には似つかわしくない、冥府の世界から顕れたような異形の怪物の姿に魂まで凍ったと錯覚し、身体が自然と震える。
「ほら、始まるよ。ついでに音も付けてあげる」
水鏡の飾り部分が波立ち、鏡面に映る景色の音を再現し、リーグストに気付いたジャバウォックが発した威嚇の咆哮は飾り部分から発せられ、あまりの臨場感に全員の全身から鳥肌が立ち、思わず身を竦め、四人共寄り添ってこれから始まる戦いを見守る。
「ここまでありがとう。貴方は下がってくれ」
「了解した。武運を祈る」
騎士はその場から直ぐさま去り、残るはジャバウォックとリーグストのみとなった。
「タイタン!ゴーレム!フワリ!ウンディーネ!」
リーグストが呼ぶと赤土のような肌色で炎の服を着た少年、やや黄色掛かった肌でイージーパンツを穿いた上半身裸の大男、やや透けている肌で薄緑の装束衣装で羽衣を浮かし纏っている少女、そしてレリアナ達の目の前に居る筈の美女が居た。
「え?…え?何でウンディーネ様が?」
「此処に居る私は魔法で作った分身よ。まぁ、大人しく見てなさい」
鏡面へと視線を戻すとリーグストとジャバウォックの戦いが始まった。
リーグストはジャバウォックへと接近しながら背中の大剣を引き抜き、脇構えする。
「ゴーレム!足止めしろ!!」
リーグストの指示でゴーレムはジャバウォックの四本の足を地面から土が迫り上がって固める。
「フワリ!俺を浮かせろ!ウンディーネは氷の足場を作ってくれ!」
リーグストの周りに風が纏わり付き、目の前には大きな氷の結晶が階段のようにジャバウォックへと連なり、リーグストは高速で迫る。
ジャバウォックには勿論相手の攻撃を受ける趣味はなく、ジャバウォックの泡立つ疣々から顔が管みたいな細長い顔、大男ほどの体格で背中からは蝙蝠の羽を生やした悪魔が何百と生み出されてリーグストに狙いを付ける。
「タイタン!ゴーレム!爆発魔法だ!」
少年と大男が両方の掌をジャバウォックへと向ける。するとジャバウォックと悪魔の周囲に粉煙が舞い、炎が発生する。するとリーグスト諸共大爆発を起こした。
「キャア!」
レリアナは思わず手で顔を覆い俯き、恐る恐る顔を上げるとリーグストは無傷でジャバウォックへと肉薄しており、悪魔達を一掃し、鋼鉄の肉体も熱でドロドロと溶けるが直ぐに再生する。
「行くぞ!!タイタン!!ゴーレム!!魔法剣!!」
ジャバウォックへ向かって跳び、リーグストの持つ大剣の刀身が伸び赤く発熱し、巨大な炎の剣となる。
「喰らえ!!はぁぁぁ!!!」
巨大な炎の剣を普通の剣を振る速度で首へと一文字斬りに振り抜いた。
「ゴーレム!ウンディーネ!此奴の顔と胴体を殴り放せ!!」
するとジャバウォックの顔の横に冷気を漂わせる巨大な土拳が生み出され、ジャバウォックの顔を殴り飛ばして、再生しようとしていた首と胴体を千切る形で別れさせ、ジャバウォックの頭は地面へと落ちる。
「トドメだ。フワリ、頭を空へと放れ」
ジャバウォックの頭は尚首から無くなった胴体を再生しようとしてる所を空高く放り上げる。
「タイタン、ゴーレム、ウンディーネ、フワリ。木っ端微塵に灰すら残すな」
リーグストの言葉で始まり、ジャバウォックの周囲に風が舞い、土や砂に細かい金属が踊り、水は弾け、炎が吹き荒れ、全てが混ざる為に渦巻き、まるで世界を呑み込むのではないかと思うほど神々しくも恐ろしい光景に畏怖の念を抱かざるおえなかった。
「終わりだな」
渦巻きは黒い玉となり、ボンッと内側で爆発が起きたのか一瞬膨れ上がると萎んでいき、ジャバウォックの頭が何処へやら、あたかもなく消失し、切り離された胴体も生命活動を停止し、胴体も黒き霞となって消失した。