二十八話
「「ジャバウォック!!」」
レリアナとメルディックは書物や演劇というフィクションでしか聞かない伝説の魔獣の名前に二人は驚いた。
「ああ。任せた。奴の動向はこの国の騎士が監視している。何時でも案内出来る。用意を整えて行く事だ」
「いや、今から行きます」
「行けるのか?」
「ええ。常在戦場を心掛けています。装備も充実している。武器の調整も完璧です」
「そうか。では、奴の居る場所は国境の砦に居る騎士に聞いてくれ」
「はい」
「ちょっ!ちょっとお待ち下さい!!」
レリアナはあまりにも話が着々と進み、ジャバウォックの話で動揺した心では余裕は無く、二人の会話は知らない事ばかりで要領を得ない事ばかりだが、一つだけは分かった。
「ジャバウォック…っ!あの伝説魔獣ですよね!!聞き間違いではありませんよね!!?」
「「ああ」」
「何でお二人共平然とされているのですか!!?ジャバウォックですよ!!?私でも知っております!!?一度だけ見た劇の情報ですが……その身体は山の如しの巨躯、鋼鉄を易々と弾く金剛の皮膚、大地さえ飲み込む大口、鎧さえふかした芋のように噛み砕く歯牙、大きな獣さえ一撃で両断する爪、傷付けても即座に回復する自己治癒力、そして自身の肉体から生み出す百を超える眷属を従える化け物…それら全てが事実なら到底人類が勝てるよう存在ではありません!!?ジャバウォックと戦うなんて無茶です、危険ですよ!!!」
「大丈夫です。俺は強いんで」
そう言って玄関扉へと向かおうとするリーグストをレリアナが両腕を伸ばして立ち塞がる。
「行かせません!!?そんな危険だと分かってる所に行かせる事なんて出来ません!!!」
「フワリ、彼女を浮かして」
必死な形相で引き留めとするレリアナを浮かし、その脇を通り抜ける。
「……悪いけど、レリアナ様。俺はそういうのを乗り越えて今ここに居る。それに、俺が倒さないと沢山の被害が出る」
「ライト!」
レリアナがそういうと彼女の意を汲み、ライトはフワリの風を打ち消し、レリアナは振り向いてリーグストに抱き着いて止める。
「他のS級に倒して貰えば良いではないですか!!?この国にはもう一人S級が居られたでしょう!!?」
「あの人は別の国で依頼を遂行中です」
「でしたらもう一人!!この大陸に居られた筈です!!その方にお願いをされれば…」
「その人も同じく既に依頼を受けています。他のS級も同じくね」
「え…?そんな事が…あるの…?」
S級冒険者は他の冒険者達の手に負えない魔獣、国や大陸、又は世界の危機に対して動く。そのような機会は少ない為、S級全員が依頼で動いているなんて滅多にない。
「そんな……何で全てのS級が依頼の真っ最中だなんて…」
「今、S級やS級に近いA級は魔王軍と戦っているんです」
「魔王!」
魔王と聞いて身体が硬直する。魔王は噴火や地震、津波に匹敵する災害と数えられており、何度も封印と復活を繰り返している。魔王軍は魔王復活の度に知恵のある魔獣達が結束して結成される。魔王軍の誕生は魔王の復活と同義。
「復活したなんて聞いておりませんよ!?」
レリアナは何で教えてくれなかったという抗議の意味を込めてリーグストに問うた。
「ああ。まだ復活していません。だが、魔王が復活する予兆を感じて動き出してるようです。俺は魔王の復活時期と邪気の濃度の変化、それと凶悪な魔獣の発生をグエイン様の依頼で調べていたのです。度々依頼の進行状況を伝えにグエイン様を訪ねていたのはそういう理由があったからなんです」
「魔王が…復活………」
「詳しい時期はグエイン様や国が調べるでしょうが、仲間の冒険者達によると…あと一年で復活するらしい。勿論、多少は前後するでしょうが間違いないと」
「そんな………。そうなれば冒険者や騎士が戦に駆り出されて…。その場合は御父様もリーグスト様も…」
レリアナは二人のもしもの事を想像し、二人を喪う恐怖に震える。
「ええ。戦う事は避けられません。冒険者は魔獣の被害から人々を守る為に居ますから」
グッとリーグストを抱き締めるレリアナの力が強まる。戦う事、守る事が彼の仕事なのは理解している。でも、彼を抱き止めるこの腕を放したくない。
「……分かりました。…本当は私もリーグスト様に付いて行きたいのですが、足手纏いになるのは分かってます。だから…」
レリアナはリーグストを解放すると彼の左肩に両手を置き、背伸びしてリーグストの頰に口吻した。リーグストは彼女の柔らかな唇が触れた場所を左手に触れ、レリアナの方へと振り返り、彼女の顔を見ると頰をやんわりと桃色に色付け、ニコッ…と悲しさを感情の奥へと押し込めて笑う。
「御守りです。ですから……無事、帰ってきて下さいね」
彼女の顔を見て、リーグストは我慢が出来ずにレリアナを抱き締めた。
「ああ。無事に帰って、必ず君を迎えに行くよ」
「はい…!お待ちしております……!」
レリアナは沢山の感情が涙となって溢れ出すが、彼女は嬉しいさいっぱいの笑顔で抱き締め返した。