二十七話
意外過ぎる言葉にリーグストは混乱した。何故彼女がそのような事を言い出したのか全く分からないからだ。そもそもレリアナは貴族、リーグストは平民。釣り合いが取れない。だから、彼女と恋仲になろうなどと考えもしなかった。それが今、プロポーズと同義である言葉を受けて冷静ではいられなかった。
「ど、ど、どうしたんですか…急に…?」
「急ではありません!?…あ、いや…確かにリーグスト様からしたら急でしょうが……急ではないんです。貴方と会う度に心の中の影が晴れ、気付けば貴方の存在は私の中で大きくなりました。ここ最近は婚約話が来るようになりましたが、貴方の事ばかり考えてしまいます!…それに貴方と会えない日々はとても辛いのです!私の気持ちを貴方に分かって欲しいのです!私は貴方が好きなのだと!」
情熱的な想いにリーグストはたじろぐ。ここまで真っ直ぐで熱い想いは初めてだった。しかし、受け入れられる筈がない。彼女とリーグストとでは住む世界が違うのだから。
「レリアナ様。貴方の気持ちは嬉しい。だけど…」
「リーグスト殿」
断ろうとする前に彼を呼ぶ声が二階から聞こえ、其方へと向くとグエインが居り、背後に居た事に気付かなかったメルディックは驚いてグエインから距離を取る。
「グエイン様」
「それに御兄様も…」
メルディックは気付かれてしまい、気まずさで所作なさげにし、移動するのも変だと思い、逆に父親のように堂々と胸を張った。
「…リーグスト殿、問おう。娘の事をどう思う?」
距離が離れていてもグエインの眼圧には目の前に居るかのような圧迫感がリーグストを襲い、冷や汗が流れる。
「どう…と言われましても…」
「自分に相応しくないという言葉は吐くなよ。私はレリアナに対する想いを聞きたいのだ。率直な貴方の想いを」
「俺は…」
リーグストのレリアナに対する想いは簡単に思い浮かんだ。だが、言葉にする事が憚れた。それはきっと言ってはいけないものだから。言ってしまえばもう後戻りは出来ない。
「さぁ!レリアナの事をどう思うか答えよ!リーグスト殿!!」
「あ~~もうっ!分かりました!!言いますよ!!俺はレリアナ様に対して好意はあります!!一目見た時から綺麗な人だと思ってましたよ!!」
顔を逸らし、耳を真っ赤にさせてレリアナに対する印象を答え、レリアナは歓喜のあまり声にもならない悲鳴を上げ、その顔は真っ赤だが恥ずかしさではなく嬉しい気持ちで胸の中がいっぱいになったからだった。
「けれど、この想いを伝えたとて俺とレリアナ様は結ばれない!彼女と俺では身分が違い過ぎます!想いを述べた所でこの恋は成就する事はありません!」
「…そうだな。だが、君がS級冒険者となればどうだ?」
「S級に…?」
実質、A級冒険者が最高ランクと言われるくらいにS級となるのは難しく。S級へと到るには国を救う、又は世界を救うに値する依頼を達成した時に得られる称号。その為、S級冒険者の数は世界中に五人しかいない。S級冒険者は一国の王にも匹敵する存在で、唯一国王と対等に話せる。実質的に国王と同じ地位といっても差し支えないほどS級冒険者は異端なのだ。
S級について考えるとリーグストはレリアナの婚約者の事を思い出し、グエインとの会話で一つの可能性に考えついた。
「まさかっ!今までの依頼の目的は!?」
「ああ。君をS級冒険者とさせ、レリアナと婚約させる事だ。家庭教師の依頼の時から私の目的はこれ一つだ」
「何故そんな事を……」
「レリアナとこの家の為だ」
「家と…私の、ですか?」
「ああ。公爵家であるが故に常に危機と隣り合わせだ。暗殺、暗躍なんてのは日常茶飯事だ。私はね、レリアナを守れような奴と婚約して貰いたかった。だから、私は王子と婚約させた。権力と金があれば大抵のものから守れた。だが、婚約は破棄された。また婚約を結んだ所で大した家へと嫁がせる事は出来ないだろう。なら、全てを持つ男を貰えば良いと思ったのだ。国家一人分の戦力と同等の力。名声によって得る人との伝という権力。そして、動く度に大きな金を動かせる資金力。その全てを持っているS級冒険者を婿に欲しかった。これほどの圧倒的な力があればレリアナを守れるだろうとな」
「え?婿って…どういう…」
リーグストが婿入りについて尋ねるとグエインは隣のメルディックを一目見て、フンッと鼻を鳴らして問いに答えた。
「…最近どこぞの馬鹿者が婚約者が居るにも関わらず他の女にうつつを抜かす奴が居たからな。もしもに備えてだ」
グサリとメルディックにグエインの言葉が突き刺さり、苦しげな痛みに悶えた声が漏れる。
「まぁ、単なる娘を思う親心だ。この依頼を熟し、S級冒険者の称号を勝ち取ってこい」
グエインは懐から取り出した紙をリーグストへと放り、リーグストは落ちてきた紙を拾う。
「既に冒険者ギルドにも発注し、王城にも伝えてある。この依頼が達成されれば君はS級冒険者だ。受けてくれるか」
(…この依頼を達成するのは難しいだろう。散々調査をしてきた俺だからこの依頼の難易度は分かる。けど……)
リーグストはレリアナを見て失いたくないと気持ちが芽生え、彼女を守ろうと心に決める。
「分かりました。この依頼を受けます。伝説の魔獣ジャバウォックの討伐、必ず成功させます」