二十二話
コンコンコンとノックすると中から「どうぞ」と言う声が聞こえ、レリアナは入室する。シエラは上半身を起こしており、呼んでいたのか本がナイトテーブルの上に置いてあった。
「レリアナ様。わざわざ来て下さったのですね。ありがとうございます」
「わざわざなんて他人行儀な言い方ね。貴方と私の仲でしょ?」
「そう言って頂けると嬉しいです」
シエラは満面の笑みをレリアナへと向ける。レリアナもニコッと笑い、自身の身体で隠していたフルーツバスケットを彼女の前へと差し出す。
「御見舞い用の果物、持ってきたわ。早く食べてしまってね」
「そ、そのような御高い物を私に!!頂けませんよ!!」
「良いの。私がシエラに渡したかったから。良ければ仲の良い人と一緒に食べて」
「…レリアナ様がそう仰られるなら…」
おずおずとした態度でシエラはフルーツバスケットを受け取り、レリアナは近くにある椅子をベッドへと近付けて座ると真剣な表情で彼女の目を見て、言葉を詰まらせながらも質問した。
「…シエラ…御仕事…復帰出来そう?」
「したいです!」
レリアナの言葉に食い気味で答える。だが、直ぐ元気なさげに俯いた。
「…でも…お医者様は無理だろうと…」
「そう…。でも、大丈夫!シエラならきっと……大丈夫だから…」
レリアナは彼女に対して何かしてあげたかった。けれど、自分は医者でもないし、医者でも心の病を治すのは難しい。例え周りの支えがあったとしても心の病を治せるのは結局の所、自分自身が乗り越えなければ治らないのだから。レリアナに出来る事はこうやって見舞いに来て、励ますくらいしか出来ない。彼女の心の中は無力感でいっぱいだった。
レリアナはシエラの気を紛らそうと彼女のオススメの本の感想や学園で起きた事、ティエラ達の事を話した。
「…と、陽が傾き始めてきたわね。今日はここら辺でお暇するわ」
「はい。来て下さってありがとうございました」
「ええ。また見舞いに来るわ」
レリアナはドアノブを手に掛け、開くと目の前にはメルディックが居り、慌てて扉を閉める。
「レリアナ様…?どうかされましたか?」
「い、いえ、何でもないわ!それじゃあ!」
「は、はい…」
レリアナは少し扉を開けると小声でメルディックに話し掛ける。
「(ちょっと退いて下さい。貴方の姿がシエラに見られたどうするんですか?)」
メルディックは黙って頷いてシエラに自身の姿が見られないよう蝶番側の隣の部屋の前へと位置を変えさせてからレリアナは退室し、扉の隙間からバイバイとジェスチャーをして、シエラもジェスチャーを返したのを見て、それから扉を閉めた。
「(ここじゃ声が聞こえます。移動しましょう)」
小声でメルディックを誘い侍従達の宿舎から出て、隣の屋敷へと入ったやいなやレリアナはキッ!と鋭い視線を彼へと向けて睨む。
「一体なんのつもりですか?シエラを傷付けた本人が尋ねるなんて…」
「…シエラを傷付ける気はなかった。だから、謝罪の為に来た…」
「貴方っ!!シエラがどういう状態か聞いてないのですか!!?シエラは貴方を思い出す度に身を震わせ!!過呼吸になるのですよ!!?そんな状態の彼女が貴方に会えばどうなるか予想が出来るでしょう!!?」
レリアナは噛み殺そうかという勢いで詰め寄って怒鳴りつけ、メルディックは彼女の言葉で気付き、ハッとする。
「……そうだな。謝りたいという気持ちばかりが先行して彼女の気持ちを蔑ろにしてしまっていた」
「分かって頂けて嬉しいです。…今、貴方に彼女に対して出来る事は近付かない事です」
「分かった。…これを代わりに彼女へ渡してくれないか」
「御兄様…この花…」
メルディックが差し出したのはリンドウの花だった。この国では病人の回復を願い贈る花だ。レリアナは彼女の事を真に思っている事が表情には出さなかったが嬉しかった。
「…それはアストンに渡して下さい。彼はシエラと親しいですし……彼女の部屋の行き来が多いらしいですから」
「分かった。探して渡そう」
「…なら、もう私が言う事はこれ以上ありません。それでは」
「ああ…」
足早に去るレリアナを見てメルディックは一秒でも自分と居たくないほど嫌いなんだと改めて思う。
「私も嫌いな筈なのに……何故心が痛むのだろう。…奴は傲慢で高圧的…。それに闇属性という忌むべき属性を持った魔女だ。こんな痛み……今まで無かったのに…何故急に…」
「それは本当のレリアナ様を知ったからですよ」
隣から声が聞こえて振り向くとこれから探そうとしていたアストンが居た。
「アストン…。それはどういう意味だ…?」
「言葉通りの意味ですよ。レリアナ様は御自分を守る為に敢えて傲慢で高圧的に振る舞っていたんですよ」
「……何故そんな事を…?」
彼のすっとんきょんな質問にアストンはブチンと切れて、雇い主の息子であろうと関係なく掴み掛かった。
「あんたのせいだ!!メルディック!!」
「………え?」
執事からの思わぬ呼び捨てと自分のせいという言葉に衝撃を受け、目が点となった。